一所不住



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節知るや冷え性の足鰯雲

ここにきて、足元の冷えが瘦身を苛めるようになってきた。
体感が「涼しい」から「寒い」へ変化し、空は高く秋の雲がたなびいて、夕焼けは一層鮮やかな色彩を帯びてきた。
どんなに異常気象が続いても季節は正直なもので、時季がくれば秋の役割を果たそうと、移ろいを止めない。

台風25号による被害は「秋の長雨」が去った後、顕著に現れてきた。いつも車で通り抜けるだけで気が付かなかったが、屋根や壁が飛ばされた家が思いのほか多く、小さな山崩れがあちこちで起こっていた。
本土側から島を見ると山が土色に変色しているのは、決して紅葉などではない。これは強風と塩害によるものらしい。わが家の庭木もやられたのと同様に、山の木々は見るも無残な姿に変容している。

インドネシア・スラウェシ島の地震は、公式発表で死者2073人、行方不明者680人とされているものの、まだ5000人の行方不明者がいるとの情報もあるそうだ。
地震と津波の怖ろしさは、日本でも鮮烈な記憶が新しい。そして、また次の惨禍が起こる可能性が大きいのだ。

大いなる自然の前で、厄災に脅えながらも単調な生活を繰り返すだけの、小さな存在であることを再認識する。決めたわけでもない時間割に支配されているみたいに、毎日同じ時間に同じことをして一日をやり過ごす。先の見通しもない、今の暮らしがいつまでできるのやら。とりあえず、今日を生きる。それだけだ。

小杉さんが亡くなった。13日付新聞の訃報欄【小杉武久さん(こすぎ・たけひさ=音楽家)12日、食道がんで死去、80歳。葬儀は近親者で営む。東京芸大在学中に即興演奏グループを結成し、60年代、米ニューヨークの前衛芸術家集団「フルクサス」によって作品が紹介される。77年から米のマース・カニングハム舞踊団の専属音楽家を務めた】

彼の即興演奏を何度か身近で聴いた至福の時間は、何物にも代えがたい宝物であった。人柄も素晴らしく、無知な若造にも優しく接してくれた。
音楽の幅広さを知るよすがとなった音は、まだ仕事をしていた耳がしっかり受け止め、からだの中に記憶している。

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by rurou-no | 2018-10-18 11:04

奪われた島の宝を取り戻せ

30日に投開票した翁長知事急逝による沖縄県知事選は、「オール沖縄」の玉城デニー氏が、日本の政府が総力を挙げて支援した候補を破って当選した。沖縄県民の矜持を示した結果に拍手を送りたい。

経済支援をちらつかせて県民に分断を持ち込み、米軍の植民地としての位置付けを強制する日本政府の姿勢は許されるものではない。
とうに返還されているはずの普天間飛行場の危険性を辺野古基地の問題とすり替えて、辺野古の海の埋め立てを急ぐ理由にするのは詭弁である。
「唯一の選択肢」でなく、選択肢は他にもあるのだ。思考停止もいい加減にしろ!

首相のアメリカへの卑屈さと、沖縄県民への強圧的態度は露骨で見苦しい。
県民の意思ははっきりしている。政府はこれまでの姿勢を反省すべきだ。

「沖縄の経済は基地で成り立っている」というのも真っ赤な嘘で、神話が独り歩きしているに過ぎない。基地がなければ、もっと経済が潤っていただろうことは容易に想像できる。金をばら撒くのではなく、基地を無くしていくことこそが経済発展につながると知っている人が、玉城氏に投票したのだと思う。

同じ30日、台風24号が田辺市付近に上陸した。潮岬で最大瞬間風速43㍍を記録した。
停電は14時間余。実家の方は24時間以上の停電が続いたそうだ。
猛烈な暴風雨の爪痕は街を車で走っているだけでも、屋根や壁が剥がれた家々やシャッターや看板が壊れた店などが目につく。
わが家も駐車場の屋根のアクリル板(約70㎝×3m)が飛ばされた。

実家へ向かう県道は大きな木が倒れ道路を塞いでいたり、電線へ倒れかかったりしていた。実家の裏山も崩れてきている。
近年では最強の台風だった。台風一過、電気工事業者や修理業者が忙しい。
週末には25号が、って、週末ごとに天気が荒れているではないか。

28日、インドネシア中部スラウェシ島でM7.5の地震が発生し、津波は最大6㍍の高さに達したとみられている。800人を超える死者が出ているそうだ。
インドネシアも地震が多い国だ。他人事ではない。

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by rurou-no | 2018-10-04 10:28


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