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一所不住



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しびんの花活け

15日に映画監督の大島渚(80)、19日に元横綱の大鵬(72)と年頭から有名人の訃報が続いた。
子どものころは「柏鵬時代」と重なるし、映画館通いの日々にあっては大島監督の作品が公開されると必ず出かけていた。こうして身近に感じていた人の死に接すると、ついつい禿頭と皺ばかりが目立つわが身を振り返ってしまう。そして功成り名遂げ、確かな足跡を残した人たちと比ぶべくもない現実を目の当たりにして、少しばかり情けなく立ちすくんでしまう。

昨夜、久しぶりに寄席へ行ってきた夢を見たのでタイトルに借りた。はじめは『死人茶屋』にしていたが、アルジェリアで人質にされ戦闘で犠牲になった10人と助かった7人の企業社員が帰国したばかりで不謹慎か、と思いこちらに変えた。どちらにしてもあまり変わりないか。

上方落語『しびんの花活け』は、尿瓶のことを知らない武士が古道具屋の庭の奥で見つけた尿瓶を、珍しい花活けだと思い込み大枚五両で購入した。さっそく花を活けていたところ、出入りの本屋がそれは小便を入れるものだと教えてくれた。立腹した武士は血相を変えて古道具屋へ。あわてた古道具屋は咄嗟に母親が病気で薬代が五両いるからと嘘をついた。話を信じた武士は親孝行に免じて、と許してくれた。サゲは少々難しくて、「五両の五の字も言わずに帰ってしもた。偉い侍やなぁ」「そらそうや、しょんべんはでけん。尿瓶は向こうにあるねん」。
ひやかすだけで買わずに帰ることを「しょんべん」という道具屋の符丁がわからないと笑えない。

物の価値というのは主観的なもので、人それぞれ違って当たり前である。まぁ、気に入ったからと金に糸目をつけないのは懐の温かい人だけで、ビンボー人はコストパフォーマンスの損得と値段を頭の中で電卓を叩いて、さらに明日のごはんの心配にまで考えを巡らせ安心を得たのち、やっと財布を取り出すことになる。ケチと始末の違いははどこらへんにあるのやら。

それに、歳をとると欲しいものがあまりない。物欲がなくなるのか、ビンボーが物欲を押さえつけているのか、どっちなんやろ。
経済的に余裕がないと、なかなか好きなことも出来ないのはそのとおりだ。だけど経済力は生活の豊かさと比例するものでは決してないと思う。
今は映画は見に行けるけど、相撲見物には行けない。せめて相撲見物ができるようになればなぁ。
by rurou-no | 2013-01-26 15:38 |

野放し

事故を起こした原発周辺の放射性物質を除去する作業の中で、手抜きが横行していることが明るみになっている。案の定である。やるせない思いだ。
前にここで書いたとおり、小生はそもそも除染には懐疑的だった。どう考えても現実的でないのは自明である。半減期が数十年から数万年といわれる放射性物質を取り除くなんてできるはずもなく、「除染」といっても「場所を移す」作業に過ぎないからだ。

元の土地へ帰りたい、という避難者の気持ちに何とか応えたい「情」が「理」より優先された結果が「除染」作業なのか。はて、これまでお上が民心に寄り添ったことなんてなかったぞ。
とどのつまり、これは原発事故の責任をうやむやにし、事故の影響を曖昧にしようとする「ムラ」の都合でしかない。事故を起こした東電は賠償金すらまともに払おうとしていないではないか。

国は「除染」のために莫大な予算を計上し、ゼネコンに発注する。作業工程は現場を知らない役人が作るものだから、実際の作業に即しないこと甚だしい。何層にも重なる下請け構造の中で、危険手当をも受け取れない安い日当で働く現場の作業員は、それでもなんとか工夫をして作業する。ところが会社は納期とそろばん勘定しか頭にないから、丁寧な作業を嫌い手抜きを指示する。こうしたやり方は今回に限らず長年に亘ってさまざまな現場で行なわれ、野放し状態のままなのである。

いつもどおり環境省はおざなりな調査結果と再発防止策でお茶を濁して、こんな重大な問題に正面から向き合おうとしていない。はなから本気で除染をやるつもりがないのは明白だ。あらかじめ決めておいた測定地点周辺の放射性物質を他へ移して、数値が下がったから大丈夫とする出鱈目を目論んでいるのだ。真に犯罪的である。

たとえば、6500億円あれば6万5千人の避難者へ1人1千万円ずつ生活再建資金として渡せた。新しい地で再出発するもよし、元の土地を自分たちで除染するもよし、少なくともゼネコンを儲けさすだけで効果のない「除染」よりは、まっとうなお金の使い方となったに違いない。

政権交代で「コンクリートから人へ」「最小不幸社会」と国のかたちを変える試みは失敗し、また「人間を幸福にしないシステム」へと戻ってしまった。あくどいやり方が野放しとなって蔓延っている。
by rurou-no | 2013-01-19 11:00

初もの

年が改まると、どうでもいいことだけど何にでも「初」の字を付けたがるのは、ほとんど言葉遊びみたいなものだ。新年を迎えたから「初春」ってもう2週間過ぎてるで。
例年なら「初日の出」を拝みに樫野崎へ出かけるところ、今年は早起きが面倒やからとパス。「初詣」も去年の秋に従姉が亡くなったので、神社へは行けない。

「初夢」は、何だったか忘れてしまった。連れ合いは元旦に三味線の「初弾き」をして、その後休みなく稽古に励んでいる。この日は「初歩き」もした。冬の定番「初鍋」は何日だったのか。何かするたび、「初〇〇」と口にするものの、少しも有難がっていないのがみえみえ。

ともかく「初物を食べると75日寿命が延びる」といわれるように、「初」は縁起がよい。
といっても暦なんてええかげんなもので、今の暦になってから僅か141年。旧暦では2月10日にやっと新年の元旦となる。だから嬉しがって「初〇〇」と「初」を並べてみても、旧暦ならまだ師走に入ったばかり、年内に支払いしなけりゃならない借金からどうやって逃げようかと算段に悩むころだ。

歳時記カレンダーを使用するわが家にとっては、月の満ち欠けと二十四節気・七十二候を教えてもらい重宝しているが、これらは旧暦に基づいているからそれに当てはめたほうが季節に合致する。歳時記に合わない新暦はややこしくてかなわん。

とまあアホな御託はさておき、昨日から大相撲「初場所」が始まった。
今場所は贔屓の豊真将は左肩の腱板断裂で休場。応援する力士がいないと取り組みの面白味が半減する。ここはその名前にあやかりたい魂胆で勢くんに肩入れしよう。あとは碧山や魁聖、若手の舛ノ山に注目したい。それから把瑠都は大関に復帰して横綱を目指してもらわないと。

心配なのは十両の高見盛。今場所負け越すと引退して東関部屋を継承するそうだが、まだ若い現親方(元潮丸)はどうするのか、他人事ながら親方の縁戚の人を知っているだけに他人事でないような心持ちで、星が気になるところ。意外と気難しい人らしいが、大真面目な仕草がユーモラスで個性的な力士だから、見ているだけでも愉快な気分にさせてくれる。初日は黒星スタートだった。
by rurou-no | 2013-01-14 11:37

抵抗の詩人 金芝河(キム・ジハ)

ソーシャル・ネットワーク全盛の世にあって、どこにいても情報は容易に手に入るようになった。
その点では田舎暮らしでも不自由しないはずだが、小生の場合はいささか事情が異なって、情報入手はほとんど新聞に限られる。こんなところで駄文を書き散らしながらいうのもなんだが、この電脳空間にあまり馴染めないため、パソコンを開くことは少ない。

その新聞の国際面(5日付)で「韓国の詩人金芝河氏39年ぶり無罪判決」という記事を見つけた。
<韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)政権下で、多くの民主化運動家らが連行され、8人が死刑になった「民青学連事件」で、死刑判決を受けた詩人、金芝河(キム・ジハ)さん(71)に対する再審が4日、ソウル中央地裁であり、39年ぶりに無罪が言い渡された。金さんは1970年、財閥や国会議員を痛烈に批判した風刺詩「五賊」を発表して投獄され、74年には死刑判決を受けた。日本でも救援活動が起き、評論家の鶴見俊輔さんや作家の大江健三郎さんらがハンストで朴政権に抗議。金さんは減刑されたが、約7年間投獄された。(ソウル)>

「灼けつく渇きで」
夜明けの裏通りにて/お前の名を書く 民主主義よ/わが念頭からお前が去ってすでに久しい/わが足がお前を訪なうことを忘れて あまりにも久しい/ただ一筋の/灼けつく胸の渇きの記憶が/お前の名をひそかに書かせる 民主主義よ   明けやらぬ裏通りのどこか/足音、呼子の音、扉を叩く音/一声長いだれかの悲鳴/うめき声、哭き声、ため息、そのなかに、わが胸に/深く深く刻まれるお前の名の上に/お前の名の孤独な輝きの上に/よみがえる生の痛み/よみがえる青あおとした自由の想い出/よみがえりくる 捕らわれて行った友らの血まみれの顔   震える手 震える胸/震え こみ上げる怒りをこめて板ぎれに/白墨で、ぎこちない手つきで/書く   息をこらしむせび泣きつつ/お前の名をひそかに書く/灼けつく渇きで/灼けつく渇きで/民主主義よ 万歳


京都在住のころ、金芝河氏らの救援運動をしていた人たちと交流があり、その名前を目にして懐かしさすら覚えた。当時の韓国は朴正熙の軍事独裁政権で、72年には全国に非常戒厳令を発した(維新体制)。民主化運動をしていた人らは次々と冤罪で逮捕され死刑判決を受けた(人民革命党事件)。日本でも同じような「大逆事件」がある。民主化した儒教の国でその娘が大統領になった。

ちなみに前回投稿した阪本順治監督の『KT』は、大統領候補の金大中が日本滞在中にKCIA(韓国中央情報部)に拉致された事件(73年)をテーマにしたものである。
by rurou-no | 2013-01-12 11:56

瞼を濡らして

こんな映画で泣くなんて。感動させようとする魂胆が見え見えの製作者の企みにまんまと乗せられてしまい、瞼どころか頬まで濡らす羽目となった。
正月の3日、2ヶ月遅れで『北のカナリアたち』を観た。やっぱり大スター吉永小百合のための映画だった。驚いたのは回想シーン(40歳)を演じても違和感なく若々しかったこと。
ほんま化け物(いい意味で)や。

原案となった湊かなえの短編はそれほどの作品ではなかったが、舞台を北海道の離島に設定して脚本の那須真知子が大胆に書き換えた。そして花々が一斉に咲き乱れる初夏と、猛吹雪に凍てつく真冬の風景を撮影の木村大作が写し撮った。あとは阪本順治監督の腕の見せ所だったが。

阪本監督作品は『どついたるねん』をはじめとする初期の勢い、『KT』の鋭い切れ味などいい線をいっていたのに、『大鹿村騒動記』では病身の原田芳雄に遠慮していたのか、未消化な印象が拭えなかった。今回にしても、これぞ阪本映画と思わせるところをあまり感じられず、スクリーンでは木村カメラマンの「絵」がドラマを際立たせていたように思う。

さて、どこで泣いたかというと、始まって間もなく子どもたちが『カリンカ』を歌うシーン。その歌声に思わず落涙してしまった。あとはもう何度ウルウルしたことか。子どもたちが良かった。大人になった元子どもたちも良かった。はる先生のシーン(旦那や恋人)をカットして、もっと6人の子どもたちをじっくり描いて欲しかった。タイトルどおり、北のカナリアたち6人の映画にするべきだった。

そうすれば、若手俳優たちの代表作になったかもしれない。それほど、それぞれがしっかりと芝居をしていた。特に、森山未来と満島ひかり、初見の2人に目を奪われた。

と、ここまで書いて、この映画は「吉永小百合の映画」を撮るために作られた映画だったことを思い出した。そういう意味では過不足なく、カナリアたちのおかげでいい作品に仕上がっていた。
年齢とともに涙腺が緩くなってきているとはいえ、こんなに泣かせられるとは想定外だった。
by rurou-no | 2013-01-07 13:00 | 映画

月神の化身ガマ

年末に読んだ『松原右樹遺稿 熊野の神々の風景』で今さら気が付くなんて、と突っ込まれそうな無知というか、忘れ早い自分を思い知らされた。
ゴトビキ岩(神倉神社)へ何度か上っていたにも関わらず、だ。
たぶん新宮の人には常識だと思うが、そのことを特に意識していなかった。

太陽神の化身であるヤタガラスは、日本サッカー協会のマークに採用されていることもあって、熊野との結びつきはよく知られている。ヤタガラスまたはワタリガラスは神の使いとして神格化されるのは、世界各地で共通して見られる伝承である。

そして月神の使いがガマ(ヒキガエル)。この地方ではヒキガエルをダンビキ、あるいはゴトビキと呼ぶ。熊野には古代中国から伝わる日月神のシンボル、カラスとカエルがともにあるのだ。
このことは、本の中でたびたび引用されている、澤村経夫著『熊野の謎と伝説』でも触れていた。実は30年前に読んでいるのに、すっかり忘れていた。

ここで改めて強調しておきたいのは、熊野の神は「浄不浄を問わず」、ケガレを排除する伊勢神宮と違ってケガレを受け入れてくれる。ケガレこそが聖なる力となる、というのだ。ライ病に冒された小栗判官は熊野で再生する。不治の病であれ、たとえ死人であれ受け入れる。もちろん女性のケガレもない。だからこそ「蟻の熊野詣」といわれるほど参詣者が列を成した。

身内に不幸があると新年の挨拶を控え、初詣も出来ない。それほど信心深いわけじゃないけど。
前に同級会を社務所の広間で開いた時、鳥居をくぐれないからと参加しなかった同級生がいた。
祭りにさえ出られないなど、地元の神社でもケガレに対して強い抵抗がある。なんとなく村の掟のようになってしまっているが、熊野の神々にはケガレなんて何ら問題はないのである。

だからといってまったく気にしなくていいほど、田舎暮らしは簡単ではない。正しいかどうかで割り切れない部分があるから、うまく折り合いをつけながらやっていくしかないのだ。
暮れに読んだ本のせいで、正月早々ややこしくて面白くもなんともない投稿になって面目ない。
by rurou-no | 2013-01-04 13:52 | 言葉・本

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