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一所不住



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「離見の見」の教え

「離見の見」のことは前にも書いたと思うが、身近に置いてあることばは何度引用してもよかろう。
能楽師・世阿弥の教えは、舞台へ上るときだけでなく日常でも常に意識するべく心がけている。
自分の姿を離れたところから客観的に見る目を持ちなさい、というのが「離見の見」の教えだと理解している。弟子たちへは、見所(客席)から舞台上の己の姿を見なさい、と。

舞の師からも同じことを習った。基本である立ち方を教わっていたときのことを思い出した。「目線はどこにおけばいいのでしょうか?」と問うと、師は「ずーっと遠くを見なさい」「壁があるんですけど」と小生、「壁を突き抜けてはるかかなたを見るのです」。「地球を一周して自分の後頭部を見なさい」との教えは忘れない。

これは「目前心後」。目は前を見ていても心は後においておくように。自分の後ろ姿を見なさい、常に後ろ姿を見ていないと卑しさが出たときに気付かない、というのとも重なる部分がある。

重松清『きみ去りしのち』の中で、ハワイ島のヒロで海にかかるいくつもの虹を見た旅行者は、次の日はヴォルケーノへ行くとホテルのフロントの男に話すと「うまくすれば、ムーンボウ(夜の虹)が見えるかもしれない」と教えてもらう。<そしてかれは、自分の目の前の空気を両手ですくうしぐさをして、「ここにだって虹はあるんだ」と笑った。「わかるかな、虹の色はどこにだってあるんだよ」>

とかく私たちは即物的なものに支配されることに慣れてしまって、目の前のにあるものしか見なくなってはいまいか。さらに見えているはずのものですら見えなくなっているのではないのか。つまるところ視野が狭くなり近視眼的にしか物事を考えられなくなってしまった。

今日は、欲に目が眩んで現実が見えなくなり思考停止状態となっているみっともない連中のことを、つらつらとしつこく書くつもりだったが、小説の引用をしているうちにアホらしなってきた。
後ろ姿どころか顔に卑しさが滲み出ている連中どもは、自省することも知らないまま世の中にのさばっていくのだろうなぁ、と考えるとやりきれない。

小説とはいえ、ホテルのフロントマンの見識に学ばねば。爪の垢を煎じて飲ませたい。
by rurou-no | 2012-06-29 14:25 | 言葉・本

公方通り

この町の商店街、といっても繁華だったのはひと昔前のことで、今はご多分に漏れずシャッターと空き地ばかりが目立つ通りになってしまった。そこはかつて「東海岸通り」として、文字通り波が打ち寄せ潮風が当たる海沿いの道だった。その後、海岸が埋め立てられ海が遠くなってからは「商栄会通り」と名前を変えて、長く住民の消費生活を支えてきた。
その商栄会通りの中ほどで、十字に交差するのが「公方通り」である。

「公方」という由緒正しき名の由来を述べるには、歴男君になって歴史書をひもとく必要がある。
ここは古文書の勉強をしている小生の出番、なんて大層に構えなくても『串本町史・通史編』という強い味方があった。調べてみると、ふむふむ、なるほど、そういうことか、連れ合いから聞いていたとおりのことが書いてある。

  「徳川十四代将軍家茂は三度上洛して天皇に拝謁しているが、二度目の上洛の折
  海路をとり、将軍搭乗の軍艦が大島港へ投錨している。」
  「歴史書によると家茂が二度目の京都入りをしたのは、元治元年(1864)1月15日。
  家茂の乗った軍艦が大島に寄航したのは1月5日、入洛の10日前であった。」

一行は約500人。300人を見越して受け入れの準備していたところ500人もの人数に、あわてて追加するなど大変な騒ぎだったらしい。宿は59軒に分宿したそうだ。
将軍家茂は大島の蓮生寺で休息し、その夜は串本の無量寺に宿泊した。このとき家茂が通ったことから「公方通り」と呼ばれるようになった。

家茂に大島と串本の視察を薦めたのは、時の軍艦奉行・勝海舟だった。海舟は前年の文久3年1月と6月の2度、串本の神田佐七家へ宿泊していることが、同家の古文書に残されている。
このころ坂本竜馬が海舟に弟子入りし、行動を共にしていた。とすると竜馬も串本へ来ていたかもしれないが、もちろん下っ端の名前は記録にない。

家茂は13歳で将軍となり21歳で病死した。そして跡を継いだ慶喜の代で徳川幕府は終焉する。
こういう風に違った角度から歴史を眺めるのもまた趣向である。
by rurou-no | 2012-06-25 14:00 | 地域

乱読

19日付新聞の訃報欄より<赤江 瀑さん(あかえ・ばく=作家、本名長谷川敬(はせがわ・たかし)8日、心不全で死去、79歳。遺志により葬儀やお別れの会は行なわない。喪主は弟友紀(とものり)さん。山口県下関市生まれ。放送作家を経て、1970年、小説現代新人賞を受けた「ニジンスキーの手」で作家デビュー。「オイディプスの刃」で角川小説賞、「海峡」「八雲が殺した」で泉鏡花文学賞を受賞。>

廉価で携行に便利だから文庫本が好きだ。気に入った作家の文庫が出れば必ず購入していた時期もあった。本屋に入ると真っ先に文庫コーナーへ向かい、作家別の「あ」から探すのが習慣になっていた。たいがいは「赤川次郎」がずらっと並んでいたりするものだが、たまに「赤江瀑」の名前を見つけると迷うことなく手に取った。

耽美派と称される赤江瀑さんは、好きな作家の一人というより一番好きな作家といったほうがいいかもしれない。最近は歌舞伎の批評などで名前を見かけていたが、新刊は出ていなかったように思う。せめて手元にある文庫本をいつかゆっくり読み返してみたい。

思いがけず、純粋に本と向き合っていたころを思い出した。と同時に、いささか乱読気味な現状には面映さを感ず。大手書店系列の本屋が1軒きりのこの町では、あまり本屋へ行かなくなった。品揃えが単調で本を探す楽しみを見出せない。とりあえず目に止まった本を読むしかないのだ。

ちなみに今月読んだ本をざっと挙げてみると・・・伊坂幸太郎「PK」、原田マハ「旅屋おかえり」、井上由季子「老いのくらしを考えるたのしい切り紙」、沖浦和光「幻の漂泊民・サンカ」、辻内智貴「セイジ」、中山千夏「ひらりひらりと」、東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」、高田宏「木のことば森のことば」、田中慎弥「切れた鎖」、冲方丁「天地明察」、津原泰水「たまさか人形堂物語」、宮下奈都「スコール№4」、井上靖「わが母の記」などなど。

ほとんどは連れ合いが図書館から借りてきた本だ。おススメは、自分で文庫を購入した「天地明察」。あとは本屋大賞候補になりそうな感動物「ナミヤ雑貨店の奇蹟」「旅屋おかえり」あたりか。
今読んでいるのは、半藤末利子「漱石の長襦袢」。夏目漱石の孫による随筆で、漱石一家の裏話がなかなか興味深い。
by rurou-no | 2012-06-22 14:36 | 言葉・本

罪深き者ら

唖然としてしまった。いったいどういう神経をしているのか、その無責任さには言葉もない。
国の役人とはどういう種類の人種で、どの程度のレベルである、というのを端的に証明している出来事といえよう。すべてではないにしても、「一事が万事」という言葉は外れてはいまい。

昨年3月の福島第一原発事故直後に、アメリカのエネルギー省が米軍機で空からの放射線測定を行い、詳細な「汚染地図」を提供してくれていた(3月17日~19日に測定、18日と20日に結果を提供)ことが、今ごろになって判明した。

これを受け取った経済産業省と文部科学省の役人は、住民を被曝から守る貴重な情報を黙殺し放置した。「提供されたデータを住民避難にいかすという発想がなかった」だと、よくも言えたものだ。
米軍機がどうして危険な原発事故現場上空を飛んでモニタリングを行なったのか、そして米エネ省がすぐにそのデータを提供してくれたのか、考えるまでもなくわかりきったことである。

この役人どもは事故後、放射能汚染の広がりを予測するシステムの存在と試算結果も隠して公表しなかった。米軍機による実測結果からみる汚染地域は、似たような傾向を示している。
おかげで原発周辺に住む住民たちは何も知らされないまま、汚染が広がる方向へ避難して被曝を重ねてしまった。これは明らかに犯罪である。ある意味で確信犯だ。

国家は国民の命を守らない。国の役人は仕事として国民を見殺しにする。政治家も同様だ。
だから事故の原因究明すらしないまま、平気で原発を稼動させようとする。だれも責任をとらない。

このたびの大飯原発再稼動へ向けての手続きと称する大仰な儀式は、茶番劇、猿芝居そのもの。原子力ムラ総出のムラ芝居で、仰々しく立ち回る欲深き面々には反吐が出そうだ。
もっともらしいこととほざくが大局観などなく、既得権益を守りたいという欲だけが透けて見える。

原発事故という緊急時とはいえ米軍機(これは横田基地から)が日本の上空を自由に飛べるのは、戦後67年にわたって米軍基地のほとんどを引き受けてきた沖縄の現実があったからこそだ。ウチナーンチュの犠牲の延長にある、モニタリングとデータ提供を生かすことができなかった。
by rurou-no | 2012-06-20 15:49

黄色いシャツ

「黄色いシャツ」という歌があった。浜村美智子という歌手が歌っていたのを覚えている(こんな人知っていると年齢がバレそうやね)。
歌詞の中に「オッチョンジー」と、訳の分からない言葉があってずっと気になっていたので調べてみると韓国語だった。原曲は韓国の歌謡曲らしい。

田舎の小学生のガキは、歌の内容も知らずにメロディが気に入って口ずさんでいたとさ。という昔ばなしで、今日の書き込みは終わり。というわけにはいかないので、黄色いシャツについて。

去年の6月から、よっぽどの用事がない限り雨の日以外は毎日歩いている。
健康のためなど積極的な理由はなく、せいぜい足腰が弱らないようにしたいと消極的な動機がきっかけだったと思うが実際はどうだったか、忘れてしまった。

1年以上続いているが、からだの調子がどうとか特に変わったところもなく、何か効果を期待していたらアホらしくなってくるかもしれない。
ただ、一緒に歩いている連れ合いには明らかに変化が表れている。初めのうちはゆっくりしたペースでもなかなかついてこれなかったのに、今では速めに歩いてもしっかいついてくるようになった。

平日は夜に歩いているから、できるだけ明るい服装で目立つようにしている。そこで活躍したのが友人から貰った黄色いポロシャツ。小生はふだん地味めの色しか着ないので、黄色なんて初めてで恥ずかしさもあったが、夜やからええやないか誰も見てないし、ということで。

田舎で超ビンボー生活をしててもなんとか生きていられるのは、周りからのいただき物が結構あって喰うに困らな事情は、この場で何度も書いてきた。
色違いで5着のポロシャツが友人から届いた時は、とうとう衣類まで施しを受けるようになったかと感慨深いものがあった。どうやら本格派ビンボーへの道は、間違いなく着々と進んでいるようだ。
by rurou-no | 2012-06-18 13:03

テキ

ビーフ・ステーキを略してビフテキ、それをさらに略したのがテキ、って今日のタイトルとは関係なし。
方言続きになるが、「て」でふと思いついた「テキ」。30数年ぶりにUターンして、耳に入ってくる懐かしい言葉の中で、とりわけ印象的だったのが「てきゃよぅ」だった。「彼は」という意味である。

その場にいない共通の知人のことを「テキ」という言い方がユニークだ。そういえばむかし、おいさんらがそんな風に言ってたなぁ、と思い出した。語源はどこにあるのか判らないけど、「てき」と聞けば「敵」という漢字を連想してしまうから、子ども心に言葉の奇妙さ、不思議さを面白がっていた。

方言は食卓でもよく話題に上る。連れ合いは地元のおばさんや、ばあさんを相手に商売してるから、喋る言葉はバリバリのネイティブ串本弁。一方、小生はフランス生まれの京都育ち(ウソ)なので、雅でイケズな京ことばに気さくで抜け目ない大阪弁をブレンドした言葉を使う。よって会話不能になることがしばしばある(というのもウソ)。

前にここで、大島にある3つの集落ごと話し言葉が違っていることを書いたが、対岸の串本との違いを比較してみると、以下のような具合だ。

「何してるの」 → 「何しやるんど」(串本)、「何しやるんない」(大島)、「何しやるんね」(樫野・目上に対して)、「何しやるんな」(樫野・目下に対して)
「~しようか」 → 「~するこ」(串本)、「~するかい」(大島)、「~するけ」(樫野・目上に)、「~するか」(樫野・目下に)

樫野では敬語が健在だ。語尾の「ぇ」と「ぁ」で使い分けているのかと思うと、そうでもなさそうだ。たとえば、「早くして」と急かす場合に、串本は「はよせんこ」となるが、樫野は「はよしやんし」(目上に)、「はよせぇ」(目下に)という。

だいたい分かってもらったと思うが、漁師ことばがベースにあって荒っぽい串本弁を駆使する連れ合いと、上品さが身上である小生の会話は、なかなかスリリングで愉快なものである。
こういうときは「あがばっかしや」と突っ込みが入ることになっている。
by rurou-no | 2012-06-13 13:44 | 地域

いくらゆうたて

ここら辺の方言で「そら、あんまりや」とか「無茶苦茶やないか」とか、素直に受け入れ難い言動に対して「いくらゆうたて」という言い方がある。

8日の夕方、野田首相が記者会見を開いて「国民生活を守るため、(原発を)再稼動すべきだ」と表明した。思わず口をついて出たのが「いくらゆうたて」。
首相の説明は矛盾して変だ。「生活を守るため」だったら「原発を廃炉にすべきだ」と続くのが当たり前で、「再稼動すべきだ」の前には「企業をはじめとする原子力ムラを守るため」が付くはず。

事故を起こした原発が放射性物質を排出し続ける現状を前にして、原発の再稼動などよもやできまい、と思っていた。稼動原発ゼロのまま夏を乗り切って、電力不足キャンペーンのデタラメを明らかにし、原発がなくてもやっていけることを皆が知るきっかけになると期待してもいた。何より事故の原因究明すら、まだできていないのだから。どないなってんねんや、ほんま。

いったい、どういう了見なのか。原発事故から避難したまま帰れない人びと、被曝して病気の不安に怯える人びとなどの気持ちを慮る想像力はないのか。政府は再稼動によって、関西圏に暮らす人びとを危険に陥れようとしているのを自覚してるのか。人の命より優先すべきものって何なのか。

今や原発はこの小さな国だけの問題では済まなくなっている。放射能汚染の拡散は地球全体に関わることだ。再稼動以前に、なぜ事故が起こったのかを詳らかにし、停止中の原発の危険を少しでも減らすことが先である。そして脱原発への道筋を示すべきだ。放射性廃棄物の処理すらできないで放置したままなのに、危険な廃棄物をこれ以上増やしてどうするつもりなのか。

私たちは冷静で賢い選択を求められている。
原子力発電は自民党時代の間違った政策だった。湯水のごとく税金を注ぎ込んだ挙句、その恩恵を受けたのは「原子力ムラ」を構成する一部の産官学政の連中に過ぎず、血眼になってその利権構造守ろうとしている様はみっともなくて笑える。その執念は怖ろしいくらいだ。

とにかく私たちには賢明さが必要だ。目先の欲に惑わされることなく、未来を見据えて次の世代へ何をバトンタッチできるかを考えるべきである。
by rurou-no | 2012-06-11 14:42

地球の電気が危ない

別に驚かそうと思って今日のタイトルになったわけではない。
「ち」は地球の「ち」、地球環境について演説をぶるのもいいが、いかんせん小生の浅薄な知識では中身が伴わないのは目に見えているからして、却下。
そこで、いつも読んでいるナショジオに助けてもらおうという魂胆である。

今月号の『ナショナルジオグラフィック』の表紙は、紫外線で捉えた太陽での巨大爆発の写真。キャプションは「迫り来る巨大な太陽嵐 その時、地球はー」となっていた。
目次に 《太陽嵐の衝撃 太陽から爆発的に放出された電磁波や粒子が地球を襲う「太陽嵐」。太陽活動が極大期を迎える2013年、巨大な嵐が地球を襲うことになるのだろうか?》

特集ページと開くと 《太陽嵐の衝撃 太陽活動を観測する研究者たちによると今後数年間で、地球規模の大停電を起こす太陽嵐が襲ってくる可能性があるという。そんな事態が現実となったとき私たちは対処できるだろううか?》 と16ページにわたって、写真と記事が掲載されていた。サイエンスライター、ティモシー・フェリス氏のレポートだ。

引用だけで1日分の文字数を埋められそうだが、要するに今年から太陽の活動が活発な極大期に入っているため「太陽から放出されている荷電粒子の流れ(太陽風)が爆発的になる」「これが地球に降り注いで地球磁場が乱れる(磁気嵐)」
大規模な磁気嵐は送電線に強力な誘導電流を流すそうだ。

「地上の電力網は強力な磁気嵐に対する防御システムを備えていない。大型変圧器は地面に接しているため、磁気嵐の誘導電流によって加熱され、発火や爆発を起こしかねない」
「太陽嵐は、電力会社が保有する全ての変圧器を容易に破壊するほどの威力がある」ことから、復旧するまで数ヶ月間電気が使えなくなる、と警告を発している。

呑気に「金環日食」や「金星の太陽面通過」と浮かれている場合やないで、といわれているみたいやけど、まぁ、それはそれ、これはこれ。宇宙空間では何が起こっても不思議ではない。その時はその時で、なんとかなるか、なんともならんか、どっちかやからそれでええ。
by rurou-no | 2012-06-08 13:43

杜撰な住所番地

こんなええかげんなことでええんやろか、と、呆れるとともに配達人は大変やろな、と同情する。
今の住まいへ引っ越してから判明したことだが、ここら辺一帯数軒の住所番地が同じである。字名が同じなのは解る。それに続く番号まで同じだからややこしい。

なんでこんなことになってんねん!と地図で調べてみると、あるわあるわ、ひとつのブロックが全部同じところや、道路をまたいでまで番地が同じになっているところが何箇所もあった。
その上、番号が連続していない。たとえば、500番台の隣が3000番台になっていたりする。

想像するに、もともと山林だったところを切り開いて畑地にしたところで土地を登記→届けの順番に番号が割り当てられた→畑地を造成して住宅が何軒か建ったが、一軒ずつに番号が割り振られることなく畑の番号がそのまま住所番地となったーということか。

それにしてもだ、昔は小さな集落ごとに上野や平松、本坊地など字名があって、名前が判れば家の特定は容易だった。ところが、それらがまとめて潮岬となってからも番地はそのままだから、こんなことになってしまったと考えられる。誰も整理しようとは思わなんだんやろね。

歌人の佐佐木幸綱さんがフランスのリヨンで、祖母が128年前に住んでいた場所を探した経緯を『欧羅巴日記』に書いていた。
「フランスは通りの名前や番地を変えない。建物がなくなれば欠番にし、増えれば小番号を加えるだけ。100年ぐらい経っても、昔の住所はそのままである」「現在は両隣が銀行、九番地には六階建ての古い石造りのビルがそのままにある。一階は美容院が営業していた」

もちろん番地は地形に沿って順番になっているから、外国人でフランス語が喋れない小生でも、迷うことなく目的の場所へ行けたのである。
ここ潮岬では住所番地を片手に家を探すなんてことは、ほとんど期待できない。
近ごろは表札のない家が多くなっているから、せめて番地の次に一軒づつ小番号が付いていれば助かるのになぁと、改めて配達人を労わりたい気持ちで一杯になる。
by rurou-no | 2012-06-04 16:51 | 地域

快適快感のジャズ

今年の春先ごろから、車を運転中に聴く音楽がジャズ一辺倒になってきた。
少し前までなら PARIS MUSETTE に GIPSY KINGS 、Taraf de Haidouks それから deep forest や Secret Garden 、元ちとせ、笠置シヅ子、などなどがドライブの友であり、そのまま今も KING SUNNY ADE と ZAZが乗っている。

無節操でバラバラやないか、と突っ込まれてもしょうがない。ええ音楽ならなんでも好きやから。
現在、愛車ジムニーに乗っているCDを調べたら、BENNY GOODMAN 、THELONIOUS MONK 、BUD POWELL 、そして CHARLIE PARKER が3枚。古いのばっかりやないか、と再度突っ込まれそうやけど。車でジャズばかり聴くようになってから3度入れ替えした結果だ。

ジャズは音に集中してしまいそうだから、運転中に聴くには向かないと思い違いしていた。
ある日何となく ERROLL GARNER をかけたら、実に気分良く運転できた。なんや、ええやないか、とそれからジャズ三昧で快適快調。時どきジャズ喫茶通いの日々を思い出したりして、なんてね。

と、長い前置きはほどほどにして、今日の本題。
昨夜、古座川町にあるカフェ「ダーチャやまんば」でジャズライブを堪能した。
出演はニューヨーク在住のピアニスト、クニ三上と池田聡(b)、橋本学(ds)のトリオ。

DUKE ELLINGTON で始まり、SCOTT JOPLIN 、GEORGE GERSHWIN と続けて、あとはシャンソンやらポップスやら織り交ぜながら(童謡もジャズ風にアレンジして)たっぷり2時間のステージは、長年本場ニューヨークで演っているのは伊達じゃない、といわんばかりの軽快なピアノプレイ。

やっぱりジャズってええなぁ、とからだが喜んで勝手に動き出した。橋本くん、ええ感じやでぇ。
田舎でジャズのライブなんてめったにない希少な一夜、ジャズに包まれる快感を存分に楽しんだ。
主催した「やまんば」さんと、遠いところを来てくれた三上さんらに、おおきによぅ。
by rurou-no | 2012-06-01 11:29 | 音楽

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