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一所不住



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井関サテライトは「和」となって

おととい、連れ合いが「なごみが載っているよ」と地域新聞を持ち帰ってきた。
掲載された集合写真には懐かしい(というほど日は経っていないが)面々が顔を揃えていた。

古座川町のボランティアから何度も同じ現場で活動した新潟のIくん、那智勝浦町に入った初日に一緒になって以来、たびたび現場が一緒だった地元のNさん、何度か同じ現場になったのにもかかわらず話す機会もなかった女性のNさんやHさん、早くから現場のリーダーだったMくん、親子で来ていたTくんら、馴染みの顔ぶれが相変わらず頑張っている様子がうかがえる。

昨年9月に紀伊半島を襲い大きな災厄をもたらした台風12号の被災者支援を、4ヵ月が過ぎた今も続けるボランティアの拠点「那智勝浦ボランティアベース和(なごみ)」を紹介した記事だった。
ここは災害前は「井関保育所」で、災害後「那智勝浦町災害ボランティアセンター井関サテライト」として全国から駆けつけたボランティアの前線基地になっていた。

小生も、口色川や川関へはボランティアセンターから、井関や市野々へはこの井関サテライトからボランティアに出ていた。
被支援のニーズが一段落した11月初旬から、名前を「ボランティアベース和」と変えてボランティアらで運営し、対応を一括してやるようになっている。

那智勝浦町へは、ボランティアセンタースタッフから「そろそろニーズがなくなってきた」と聞いたのと時を同じうして、体がギブアップを訴えたので足が遠のいたが、実際はまだまだ支援を求めている被災者はいるのだし、復興は端緒に着いたばかりだ。
ともに汗を流した彼らにいつでも合流したい気持ちはあれど、「今やっている仕事の休みが月2日しかとれないから」と言い訳を用意して逃げている。

余計なお世話かもしれないけど、からだは大丈夫やろか、生活費はあるのやろか、などとボランティア仲間を心配しつつ、陰ながら(遠くから)応援することしか、今のところできない。
by rurou-no | 2012-01-30 14:38 | 地域

二の句が継げない

「二の句が継げない」とは、呆れて物が言えない、絶句してしまうような事態になったとき出てくる言葉であるが、今日の内容に使用するのは相応しいのかどうか、まぁどっちでもいいのだが。

あまりの臆面のなさに、びっくりするやら呆れるやらで、どうしたもんかと考えてしまった。
こういう下品な行いにかかわりたくないから無視しておこうと思っていたが、やっぱり一言書いておくべきかなぁと気が進まないまま、投稿ページを開いた。

yahoo! トピックスの地域情報欄によると、この町の町長が、1890年に樫野沖で遭難したオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号乗組員殉難慰霊碑に献花し、周辺の清掃をしたことがユーチューブの映像によってトルコ国内で紹介されてアクセスが殺到している、というのが地方紙に載った(当の町長がパソコンを見ているやらせの写真付き)とのこと。

遭難時には樫野の村人が総出で救助に駆けつけ、怪我人を手当てするなどして69人の命が助かった。その献身的な行為は、帰国した乗組員によってかの国で語り伝えられたそうだ。
世界一の親日国トルコと日本友好の礎となった出来事である。

おかげで大統領が訪ねてくるなど、小さな田舎町としては破格の扱いをトルコという国から受けている。「2010年トルコにおける日本年」をきっかけに、マスコミでも大きく取り上げられるようになった。そしてそれを利用しようとする卑劣な連中も増えてきた。今回の件はその延長にある。

長年に亘って慰霊碑を守ってきたのは地域の人たちで、樫野小学校の子どもたちが清掃を続けてきた(今は「追悼歌」とともに、大島小学校へ引き継がれている)。

偶然居合わせたカメラを持ったトルコ人が撮影し、偶然来ていた町に馴染みのあるトルコ人が引き合わせたなんて、ありえない偶然を装ったパフォーマンスをして手柄を独り占めしようとする、この町長は恥ずかしくないのか。もっとも恥を知る人間であれば、こんなことはできるはずがない。
そこまでするか、と開いた口が塞がらない。一町民として情けない限りだ。
by rurou-no | 2012-01-21 16:20

かにかくに

          かにかくに渋民村は恋しかり
            おもいでの山おもいでの川

          石をもて追はるるごとくふるさとを
            出でしかなしみ消ゆる時なし

          ふるさとの訛りなつかし停車場の
            人ごみの中にそを聴きにゆく


今年の初投稿は「か」から始まる、石川啄木の歌となった。
年末は山頭火の俳句で終わり、正月は短歌からというのもいいではないか、とあまり関係ないのに、今思いついたいささか強引なこじつけである。

ともあれ、連れ合いが出かけて留守番の夜、久しぶりに書いてみようとブログを開いて、たまたま「か」で頭に浮かんだのが「かにかくに」だった。

啄木は「石もて追わるるごとく」逃げ出したふるさと渋民村を「かにかくに 恋しかり」と歌い、上野駅までふるさとの訛りを聴きに行った。その心情は、いかばかりか。

一方で、室生犀星の詩には「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて 遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや」とある。

田舎の中学生には「ふるさと」の概念すらよくわからないまま、言葉の美しさやリズムの良さに惹かれて繰り返し声に出して覚えた。

その「ふるさと」を離れ、30数年ぶりに「ふるさと」で暮らす今も「ふるさと」は曖昧なままだ。
ただ、距離や時間が離れるほど「ふるさと」への想いは強くなるという法則(連れ合いの理論)だけは、実感としてなんとなくわかるような気がする。
by rurou-no | 2012-01-15 19:51 | 言葉・本

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