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一所不住



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新年は迎えられそうかい

「どこまでも向かうあてなき冬野かな」
新聞の企画記事に載っていた22歳の若者の俳句が目に留まった。
彼はうつ病と診断され生活保護を受けて、1日1食で生をつなぎ「生活保護がなければ路上生活か自殺しか」ともらす。

最後に働いたのは、巨大な冷蔵庫の中で冷凍弁当の食材を仕分けする仕事だったという。何をしても人より遅く、ミスが多いので解雇された。どうやら小学生のころから仲間はずれにされていた。
それでも人とつながりたいと、俳句雑誌の投稿とブログの更新は続けているようだ。
過去にいい思い出はなく、未来に希望が持てない彼の人生も自己責任だろうか。

新しい年を目前に世の中が浮き足立ち騒がしくなるにつれ、孤独の底に沈んでいく若者が少なからず存在する現実に胸が痛みこそすれ、何もできない。
彼らは誰かとつながりたい誰かに役立ちたいという思いと裏腹に、それができなくて苦しんでいる。
寒くなると心まで冷え切ってしまうからしんどいやろな。

この時季になると、釜ヶ崎の炊き出しを思い出す。寒い冬には温かい食事がなによりのご馳走だ。
夜中のパトロールも始まっているだろう。路上での凍死者を出さないようにとボランティアが声をかけ、毛布を配って歩く。
それぞれ事情があって釜ヶ崎へ流れ着いた人らも、高齢者となり体力が落ちてきている。仕事ができなくなればドヤ代が払えず、外で寝るしかない。
社会の役に立ちたいと仕事を続けてきたのに、その社会から捨てられていく。

新年といっても別に何かが変わるわけでもなく、いつものように寝ていつものように目覚めるだけ。
その当たり前のことを繰り返すのが危うくなってきているから、「新年は迎えられそうかい?」と訊ねたくなる。ちなみに、わが家のスリリングな年越しはなんとかなりそうでやれやれだ。
by rurou-no | 2010-12-30 11:40

無名者の生活史

最近読んだ本に、佐野眞一「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」がある。
徹底したフィールドワークで日本の民俗学に大きな足跡を残した宮本常一と、生涯彼を支え続けた渋沢敬三の評伝である。

個人的には柳田国男よりも評価をし共感を抱いてきた宮本常一の仕事は、歩いて、見て、聞いて、記録する愚直な作業を積み重ねるところにある。
日本列島が切り刻まれ、土地も暮らしも形を変える高度経済成長の影で、失われてしまった農村、漁村、山村の倹しい営みを聞き取り調査した「忘れられた日本人」は、まさに無名者の生活史を集成したもので、語り口調をそのまま再現した内容からは話者の個人史のみならず、土地の歴史がありありと甦る。

渋沢敬三は自邸に私設の「アチックミューゼアム(屋根裏博物館)」を開設し、動植物の標本や化石など収集するとともに、多くの研究者をパトロンとして支援した。また銀行家の傍ら、自ら民俗調査に各地を訪ねている。「旅する巨人」は彼の功績を称える内容になっていることを差し引いても、その人間的魅力に感嘆させられることしきりだった。

アチックミューゼアム(戦時中、常民文化研究所へ改称)は、大阪にいたころ頻繁に出かけ友の会の会員にもなっている民族学博物館の礎となった。
またアチックに出入りしていたという今和次郎は「考現学」を提唱、後に赤瀬川原平や藤森照信らの路上観察学会へとつながっていく。路上観察学会は発想の面白さにリアルタイムでその動きを注目していたグループだ。

権力者の欺瞞に満ちた言葉より、無名者の言葉にこそ真実があることを知っていた宮本常一の辿った道は、列島の隅から隅までどこまでも続く。
彼こそは「歩く巨人」だった。その業績は計り知れないものがある。
振り返って無名者の一人である自分には、語るべきものを大して持ち合わせていないのが恥ずかしいやら情けないやら。
by rurou-no | 2010-12-29 11:50 | 言葉・本

瓶詰めジャム

昨日は古座川町にあるカフェ「ダーチャやまんば」で開かれていた歳末市をひやかしに行ってきた。
年に1度恒例の手作り市で、いつもは閑散とした店の周辺は出店が並び、少しばかりのにぎわいを見せていた。おみやげは、やまんば特製のいちじくジャム。

さっそく朝食のトーストにのせて味見をしたろころ、これがなんとも美味で思わず顔がほころんだ。
市販の数倍高い値段はうなずける。美味しいものを食べたければたくさんお金を出せば手に入るという、資本主義の正しいあり方を再認識したひとときであった。

金さえあればこれが、とジャムの瓶を手にしたときに今日のタイトルを思いついた。
わざわざ「瓶詰め」としたのは、先日ペットボトル入りワインのことを耳にしたばかりだったから。
下戸の小生はワインまでペットボトルで売られていたのを知らなかった。
もっとも紙パック入りの清酒があるくらいだから、ペットボトルワインがあっても不思議でない。

ワインは瓶に入っているもの、という常識が通じなくなってきている。
容器を軽くして運搬コストを下げると同時に、リサイクルで「エコ」ということらしい。
余計なお世話だがワインの酸化など品質の劣化の方は大丈夫なのか。
確か、瓶をリサイクルするといろんな瓶が混ざることで瓶の品質が劣化すると聞いた。

さてどちらが「地球にやさしい」のか、商業資本の思惑で「正しい」情報はどうにでも操作できるからやっかいだ。

いちじくジャムはいちじくと砂糖だけで作られていた。市販のジャムはさまざまな添加物が入っているおかげで大量生産→安価、そして近くの店で買える。
一方、高いジャムは車を1時間走らせてやっと手に入れた。このジャムは、作る方も買う方もコスト計算をしていたらアホらしくてやってられない。「地球にやさしい」やり方ではないな、これは。
by rurou-no | 2010-12-27 16:07

聖人の誕生日

いつからなんやろ、日本で「クリスマス」という名のイベントが流行りだしたのは。
これは「土用の丑」みたいなもので、商売熱心な人が考えた成功例といえよう。
いつものことながら12月になると(近ごろは11月から)とたんにやかましくなる。やれケーキを食べなあかん、パーティーをせなあかん、若者はカップルでホテルへ泊まらなあかん、等々と押し付けがましくてうるさいのがかなわん。

随分前、この時季に西欧を旅行したことがあった。どこの町へ行っても通りは華やかな電飾で輝いており、東洋の果てにある島国からやってきたしがねえ旅烏には明るすぎて近寄りがたく、なるたけ暗がりを探して歩いた。何しろ出稼ぎ労働者と間違えられ手配師から声をかけられるくらいみすぼらしい恰好だったもんで、腰が引けるほど眩しかった。
彼の地では年に一度の祝祭日を盛り上げるに相応しい、光による演出だった。

ちょうど1週間前、熊野川町小口自然の家にある高さ25メートルのヒマラヤスギに施した電飾を見に行ってきた。現場に着いて見上げたジャンボツリーは、なんだかよそよそしくて何か違うなぁと冷めた気持ちで見ていた。
夜道を1時間半もドライブして辿り着いた山の中だから、気分は感動の準備万端整えていたのに肩透かしをくった感じだった。

その電飾はLED(発光ダイオード)で青色に光っていた。ヒマラヤスギ君はよそ行きの服を着て気取っているようだった。白熱灯のオレンジ色の電飾は「まぁこっち来て温もって行かんし」という風に歓迎してくれる温かさがあったのに、LEDの距離の置き方は、実際に触れ合うコミュニケーションを避ける時代を象徴する姿に重なってしまう。
ヒマラヤスギ君も心なしか寒そうに見えたのは気のせいか。

時代の流れとして受け入れなあかんのやろけど、お上がキャンペーンしだすと胡散臭くなる。
エコロジーは大切なことやが、いわゆる「エコ」は別のものやからうっとうしい。
by rurou-no | 2010-12-25 14:35

年の瀬

新明解さんで「瀬」を調べると、①水が浅く、歩いて渡れる所。浅瀬。⇔ふち ②流れが急で、なかなか渡れない所。〔なんとかその事が出来る場合にたとえられる。逢うー・浮かぶー〕(後略) となっていた。
①と②では違う場所を指している。どちらも「瀬」で、ようするに流れがあるところか。

この時期になると、その言葉を使う人の懐具合で「年の瀬」の意味が①だったり②だったりしてくるのは、笑えない現実である。
①ボーナスが出て懐中もほっかほっか。クリスマスはどうしよう、年末年始の休みはどこへ出かけよう、なんて暖房が効いた部屋の中でお気楽に過ごせる人がいれば、②年末の支払いに追われ、年越しの米代にも事欠く人がいる。冷え切った体を暖かくする術すら奪われた人もいる。

先日、連れ合いに何気なく「生活費は大丈夫?」と聞いたら、いつもならすぐに「まだ大丈夫よ」と返ってくるのに、その日は黙って俯いてしまった。うすうす感じていたが、わが家の家計は限りなく②に近い状態になっているようだ。
働きの悪いろくでなし野郎がいるから、当たり前といえば当たり前なのだが。

潮岬へ引っ越して3ヶ月、年を越せるかどうかの正念場である。
菅首相は「1に雇用、2に雇用」なんて大見得を切ったが、仕事がない状態は変わらない。あったとしても期間限定や生活できないほど安い賃金など、雇う側に有利な条件ばかり。
さて、無事に正月が迎えられるのか。スリリングな1週間となりそうだ。

話の続きは、「いよいよダンボールハウスとブルーシート生活やなぁ」「橋の下は風が抜けて寒いよ」「海のそばだったら飛ばされるかもしれん」「公園も寒いやろな」「近くにいいキャンプ場があるやないか」というわけで、次の引っ越し先は望楼の芝キャンプ場になる公算が大。
この期に及んで他人事みたいな能天気ぶりは、かなり重症かも知れぬ。
by rurou-no | 2010-12-24 13:57

風の音

潮岬は地図を開くと一目瞭然、太平洋に突き出た半島の先っぽに位置する。
もともと島だったところが地続きとなったため、わずかにつながっているところ以外は海に囲まれている。こうした地形のせいか常に風が吹く。
穏やかな日は爽快で心地よい風も、時には牙を剥き出しにして凶暴な姿を現すことがある。そういえばここは竜巻の通り道でもある。

人びとはそんな風とうまく折り合いをつけながら暮らしてきた。
昔ながらの家は敷地の周りに石垣を築き、屋根瓦は漆喰で固めて防風対策をしている。
転居前に住んでいた樫野も同じように石垣が家を取り囲んでいた。島に吹く風は尋常ではなく、朝起きたら屋根が飛ばされて空が見えていたらどうしよう、と何度思ったことか知れない。
それでも風の音より海鳴りの音の方が耳に残っている。

一方で、どうやらこの地の主役は風になりそうだ。
轟々と通りを抜ける音、ヒュンヒュンと電線を揺らす音、ざわざわと木々のざわめき。
わが家は東側と北側に藪があって風は主にその藪から聞こえてくる。
中途半端な仕事しかできない小生の耳は、それが雨の音か風の音か聞き分けられない。
ザーザーと吹く音はたいがい夜中の風で、突然雨が降り出したのかとびっくりする。

潮岬は風の岬だ。人並みの機能を持たなくても長く住めば、さまざまな風の音を聞き分けられるようになれるやろか、そうなれたら面白いのにと思う。
<「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」 僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそう言った。> 村上春樹「風の歌を聴け」の冒頭より引用。
by rurou-no | 2010-12-22 15:32 | 地域

モカ

この町に古くからあった本屋さん「神林書店」が今年の夏に閉店したため、残るはTUTAYA系列の1軒だけとなってしまった。品揃えは心を躍らせる内容とはほど遠く、店内に入っても何を買っていいか分からず立ち竦んでしまう。関心を引く本があまりにも少ない。

一方、町立図書館という名の町が運営する図書室は借りたい本がほとんどなく、本の貸し出し以外のことを含めて機能しているとはとてもいえないのが実態だ。
田舎で暮らす本好きは、信じがたい現実に直面して飢餓感をあおられる。「晴耕雨読」なんて簡単にはいかない。それに耕していない。

本屋も図書館もダメならと、近ごろは連れ合いから本を借りて読むことが多くなった。
おかげで伊坂幸太郎や万城目学、森見登美彦ら若手作家、それに自分では手にしなかっただろう女性作家の作品など読む機会が増えて、例えば三浦しをん「神去なあなあ日常」のような作品に出会うと得した気分になる。

小路幸也「DOWN TOWN」も彼女から借り手読んだ本。高校2年の主人公が卒業するまで、1977年4月から79年3月にかけての出来事が綴られている。小説の中の時間に自分の時間を重ねると、当時の状況や人の付き合い方、高揚していた街の空気がまざまざと甦った。あの時代を過ごした者なら、誰もが「ぶろっく」の常連の1人だったと思うだろう。主人公は毎日通うことになる喫茶店「ぶろっく」でいつもモカを注文していた。

コーヒー好きの小生は行きつけの「ぶろっく」のような店でなく、たまに珈琲専門店へ入るとモカを飲んでいた。小説の高校生と同じようにマンデリンをたのむこともあったが、やっぱりモカにもどった。

今でもコーヒーはインスタントや自販機の缶コーヒーはだめで、一応レギュラーコーヒーを自分で入れて飲む。といっても以前はフィルターペーパーで丁寧に入れていたが、今は量も適当にコーヒーメーカースイッチオンで出来上がる。こんなんじゃコーヒー好きなんて、恥ずかしくて口にできない。

ふと、あのころすでに友人のS君はイタリア製のエスプレッソマシーン一式を持っていたことを思い出した。20年ほど前、インドネシアの喫茶店では「ネスカフェ」というメニュー(レギュラーより値段が高い)があったし。インスタントといえども侮れない。
by rurou-no | 2010-12-17 14:24

師走の空に黒い雲

静かな師走を迎えた本州最南端の地でも、天変地異の前触れかと思う現象を目撃する機会が増えたように思うのは気のせいか。
この数日間もそうだった。

1日のうちで一番美しいと言われる黄昏時、その黒雲はやってきた。
1日目ははるか南方の海上に現れた。

2日目は南端の地の上空に覆いかぶさるように高くなっていた。
自宅へ帰る方向の空に黒い雲が盛り上がって、車を走らせながら雲に飲み込まれるのではないかと気味悪くなった。
前方が真っ暗で、いつもの風景と違って見える。大きなトンネルの中へ突っ込んでいくような錯覚を起こした。このまま光のない空間へ吸い込まれて2度と太陽を見られないかもしれない、なんて考えをめぐらす。

3日目、黒い雲は空全体に蓋をしてしまった。
いつもなら日が沈んだ後、夜の闇が支配するまでの薄暗い「誰そ彼れ」の時間だ。
まだ夕方の6時前だというのに、すべての光が奪われて漆黒の闇に包まれている。
とうとう、来るべき時が来たか! と車のライトが届く範囲のほかは何も見えなくなった道を帰った。
もう明日の朝は日が昇らないに違いない。そんなことを思いながら、というよりもそうなったらそれでまた面白い、と想像の世界を遊ぶ。

そして4日目の今日、夕方散歩に出かけたら件の雲は灰色になって海上の空にあった。
海の色は雲の真下が黒くて、その向こうは白っぽい色にきっちりと塗り分けられている。
穏やかな日曜日が暮れていく。海を見ながら、いつまでこんな日曜日を過ごせるのだろうかと感傷的に、なるはずもない。
もっとももし何かが起きても、自分では何もできなくて日曜日の気分のままやろね、きっと。
by rurou-no | 2010-12-12 19:43 | 地域

市川さん家の御曹司

20~30代のころ暮らした京都の師走は、大歌舞伎の顔見世興行で華やかに彩られる。
今年は特に歌舞伎座休場のため、例年以上に豪華な顔ぶれが揃った。
さらに初日直前の配役交代があったおかげで、ファンの間では後世まで語り継がれるだろう舞台になる、と言ったら大袈裟か。

事の発端は江戸歌舞伎の宗家成田屋、市川団十郎家御曹司である海老蔵の降板である。
梨園の名門、成田屋のぼっちゃんとして生を受けたときから歌舞伎の将来を担うべく大切に育てられ、期待どおりの花形役者と自他ともに認める存在となった。

カブキ者のやんちゃは避けて通れないとしても、昼間の記者会見をサボったあげく深夜の泥酔はいけなかった。商売道具の顔を殴られ、大事な舞台に穴を開けてしまった。

一度ならず二度までも、おぼっちゃまの代役を務めるのは松嶋屋の片岡仁左衛門と片岡愛之助。
仁左衛門の代役はお客さんはむしろ得をしたと歓迎していると思う。相手役が玉三郎だし。

注目すべきは「外郎売」の曽我五郎役を愛之助がやることである。これはある意味で事件と言っていい。
成田屋のお家芸を上方歌舞伎の役者、それも一般の家庭から芸養子という形で入門し、生来の筋の良さと熱心な稽古で芸を磨き、着実に人気と実力を手にしてきた期待の星だ。
誰も文句のつけようがない抜擢に、愛之助は最初から自分の役だったかのように淡々とこなす姿が目に浮かぶ。

贔屓にして応援していた若者が、一歩ずつ階段を上るように成長していくのを見ているのは、こちらも嬉しくなる。
何につけ、生まれたときに差がついてしまうのは良くない。
地道に精進する人が正等に評価される世の中であってほしい。
by rurou-no | 2010-12-04 18:00 |

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