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一所不住



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夜行さんのひと盛り

大阪の友人から「キールティムカの吐息」と題したダンス公演への案内が届いた。
30年来変わらず続く洗練されたセンスとユーモア精神に富んだデザインのチラシには、幻獣キールティムカのほか妖怪たちの姿が散りばめられ8月29日真夏の夜、可笑しみに包まれた百鬼夜行が蠢く京の宴へ期待に胸が躍る。

今朝テレビをつけたら偶然、連れ合いの友だちの古里が「妖怪伝説の地」として紹介されていた。
徳島県三好市(以前は三好郡)の大歩危峡や祖谷渓で知られる山深いところである。
いきなり児啼爺の石像が出てきて思わず見入ってしまった。
25年ほど前に訪ねたことがあるが、当時はまだ道の駅もなく勿論「妖怪屋敷」もない山また山の秘境だった。

昭和59年とあるから、ちょうどその頃に買った「水木しげるの妖怪文庫」が手元にある。
4冊一組でブックカバーに「児啼爺」「夜行さん」「百目」「海坊主」などが描かれ1冊につき48、全部で192の妖怪が登場して解説と絵が2ページずつという編集。

ちなみに「夜行さん」の項には<徳島県に、節分の夜現れる、髭の生えた一つ目の鬼である。古来「百鬼夜行日」というものがあって、この日が妖怪変化の活動の日となっていた。だからあらゆる妖怪、万鬼が出現するとされ、「夜行さん」はこの時、首なし馬に乗って道路を徘徊したといわれる。(中略)夜行というのは、もとは神祭りに際して普通の人々には見せない、深夜の神幸を指すものであったらしく>と続く。

そして最後に<『拾芥抄』によると、正月、二月は子の日、三、四月は午の日、五、六月は巳の日、七、八月は戌の日、九、十月は未の日、十一、十二月は辰の日が、妖怪の活動日となっている。「夜行さん」は、妖怪というより神様に近いものであろう。>とまとめている。

8月29日は戌の日の翌日だが友引に当たり、宴を催すに相応しい日だ。
万難を排して京都は黒谷・永運院へ集うべし。
by rurou-no | 2010-07-24 14:23

ニセ物にどんだけの値打ちありや

数日前、義父の100か日法要が串本町の無量寺であった。
ここには江戸中期に活躍した画家、円山応挙と長澤芦雪の作品を収蔵・展示する「串本応挙芦雪館」があり、とりわけ芦雪のコレクションは国内でも有数の美術館だと言われている。

昨年10月、寺の本堂に応挙と芦雪の障壁画55面がデジタル再製され、もともとあった形で本堂内に再現された。複製画とはいえ、最新の技術によるスキャナーと印刷機で製作された襖絵は、並べて見比べない限り本物と見まがうばかりの完成度で、一方だけを見せられたら素人にはその違いは分からないだろう。

この再製障壁画は重要文化財の影武者のようなもの。贋物といってもこれだけの絵をいつでも目にすることができるようになるのは、檀家や一般町民にとって思わぬ贈り物になると喜んでいたが寺は公開するどころか逆に門を閉じてしまった。どうやら応挙芦雪館の券を購入した人だけが見学可能らしい。

おかしいやないか、寺は檀家が支えているのであっていつでも自由に出入りできる場所のはずである。と住職や総代の狭小な度量と手前勝手な振る舞いに、檀家でないにしてもいささか納得のいかない思いがあった。

葬式も寺でやらなくなったと聞いていたのに、法事をしてもらえるとは意外だった。
芦雪の「虎図」と「龍図」に囲まれた祭壇の前で住職が経を読み、私たち親族は一段下がった廊下に椅子を置いて控えた。
どういう形にしろ、少なくとも再製障壁画が檀家の目に触れる機会を設けるのは当然だ。

この複製画にどれほどの値打ちがあるのか、それは見る人それぞれが判断すればいい。
西洋画で古い歴史のある贋作は、一見見分けがつかないほど精巧な作品にはそれなりの価値を与えるべきだと考える。コレクターでも騙される物は、それはそれで立派な作品と認めてもいいではないかと。

無量寺の障壁画については本物を何度も見ているせいか、あまり有難みを感じないのは贅沢な悩みで勿体ない。ここらへんが贋物の限界というところか。
by rurou-no | 2010-07-19 15:05

すべてはパウルの意のままに

FIFAワールドカップ南アフリカ大会はスペインの初優勝で幕を閉じた。
ファイナルのスペイン対オランダは決勝戦に相応しい攻防でお互いに譲らず、延長戦となった。
普段なら寝ているはずの時間にテレビの小さな画面に目を凝らしていた者としては、PK戦は見たくないなぁと思っていた終了間際、1人少ないオランダの守備陣を抜け出したイニエスタ選手が均衡を破るゴールを決めた。

終わってみればドイツのオーバーハウゼン水族館でご神託を下す、タコのパウル様のお告げ通り。結果的にドイツの試合と決勝戦全8試合の結果を的中させた。あれだけ盛り上がったワールドカップではあるが、勝敗はタコの意のままあらかじめ決められていたってホンマか?

確かにスペインの優勝は順当なところで意外性はない。そもそも決勝はブラジル対スペインになると見ていた。そして今回は南米の番だからブラジルが優勝すると。
振り返るとドイツの躍進やオランダの圧倒的な強さ、ウルグアイの健闘などゲームを楽しむには申し分なかった。最後に頂点に立ったスペインは1次リーグ初戦こそ落としたものの、パスをつないで攻撃する「美しいサッカー」を存分に見せてくれた。

勝つためのサッカーは個人技を中心とした南米スタイルから、組織的にプレーするヨーロッパスタイルへと移行していることを印象付けた大会だった。また守備に重きを置いたチームが増えていることも目立った。日本代表チームも守備陣の大活躍があればこそ、の決勝トーナメント進出だった。
だけど、サッカーは点を取り合うゲームである。見る方の立場としたら、リスクを覚悟で攻めあう試合の方が面白い。

ともあれ、無事に終わって良かった。4年に一度の楽しみはバカ騒ぎするほどのものではないが、じっくりと一流選手のプレーに触れられるいい機会である。
すべてはパウル様が操っていたとしてもいいではないか。所詮、人間なんてタコより劣る存在かも知れぬから。
by rurou-no | 2010-07-12 17:17

ツバルで暮らす

たった一度会っただけなのに何かの折にふと思い出して、いつまでも忘れられない人がいる。
「ナツ」と呼ばれる彼女もそうした一人だ。
当時まだ大学生だったのに、今や40才を過ぎているらしいから20年以上も前に会ったきりである。

ひょんなことでその消息が分かった。数日前、ふと目に留まった出版社の新聞広告に懐かしい名前を見つけたのだ。1歳の赤ん坊を連れて南の島、サモアで暮らした滞在記が本になっていた。たまたま同じ名前の人、ではなくて間違いなくあの時の彼女だと思う。

イギリスの劇団の東京公演を終えた打ち上げの席に、シェークスピアの翻訳で知られる小田島雄志さんに連れられて来ていた。小田島さんは劇団の関係者と英語で話し始めたので、教え子?の方は私が引き受けて話をした。向かい合ったときの真剣な眼差しがとても印象的だった。あんなに真っ直ぐな目をした人は、まだ数人しか知らない。

彼女は大学を出てから一旦実家へ戻った。その後、旅先から何度か手紙をくれた。一般的な旅の便りではなくて哲学的な悩みが綴られていたのを覚えている。そんな彼女に私は何の力にもなれなかった。ただ、いつも気にかけていただけ。そのうちに手紙も途絶え、消息不明になった。

20年の間に彼女はしっかりと自分の進むべき道を見つけ、地に足を付けた暮らしを営んでいる。
島の人々と交わり、昔ながらの生活がある反面、文明化が避けられない現実を直視し、私たちにとって本当に大切なものは何か、と常に問いかけを忘れない。元気で頼もしい姿に嬉しくなってきた。

2001年のサモア滞在から、04年以降はツバルと京都を行ったり来たりしているという。そして今年も7月に「目の前にあるのは、潮と土と花と森の強烈な匂い。がさがさの手触りにあふれた、すべてがナマの世界」のツバルへ戻るそうだ。もう、出発しただろか。
by rurou-no | 2010-07-10 14:12

ルーツ

アレックス・ヘイリーの小説「ルーツ」は、彼自身の来歴を記したものだ。事実を下敷きに創作しベストセラーとなった。西アフリカのガンビアで生まれた少年、クンタ・キンテが、奴隷としてアメリカへ売られるところから始まる主人公とその子孫の物語で、テレビドラマ化されて社会現象ともいえる反響を巻き起こした。

クンタ・キンテ一族3代に亘る軌跡は、すべてのアフリカ系アメリカ人にとって自身の物語であり、紛れもなくルーツであった。そして大国アメリカは移住者のヨーロッパ人が先住民を追い出し、アフリカ大陸から連れて来た黒人奴隷によって築いた国だということを改めて思い起こさせた。
アフリカは全人類のルーツでもある。
ガンビアは8世紀から13世紀、西アフリカの貿易中継地として繁栄したガーナ王国に属していた。

1957年、イギリス領ゴールドコーストからサハラ以南のアフリカ諸国で初の独立国となったガーナは、このガーナ王国から名前を採ったといわれている。
この地もまた17世紀には奴隷貿易が盛んに行なわれていた。

アフリカで最初の黒人国家として独立したガーナは、ワールドカップでアフリカから初めてベスト4進出、の夢をかけてウルグアイと対戦したが引き分けPK戦の末、敗れた。
開催国南アフリカが1次リーグで敗退し、アフリカ大陸から唯一決勝トーナメントへ勝ち残ったガーナを応援していたのだが、早々と姿を消すことになり残念だ。

優勝に一番近いと思っていたブラジルもオランダに負けた。試合の前半はブラジルの楽勝ペースだったが、後半に同点となってから形勢は逆転してなす術もなかった。このレベルになると、ちょっとしたことで流れが変わり試合を決定付けてしまう。

「守るが勝ち」の闘将ドゥンガは「攻めないのはブラジルのサッカーじゃない」との批判に「優勝」という結果で応えるはずだったのに。16強の岡田監督は褒められ、8強のドゥンガ監督は貶されて評価に大きな差が表れる。サポーターの知ったかぶりと欲深さは怖ろしい。
by rurou-no | 2010-07-03 15:50

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