一所不住



カテゴリ:言葉・本( 88 )


1円で逮捕やてか

パソコンを立ち上げてyahooのトピックスを見ていたら、「民家の電気1円分使う 男逮捕」の文字が目に飛び込んできた。
なんやて?!と開いてみると、高知県仁淀川町で民家のコンセントから電気を窃取した疑いで農林業の男性(55)が逮捕されたとのこと。洗濯機をわざわざ持ち込んで自分の衣服を洗濯していたらしい。きれい好きなんやね。

たった1円で逮捕されるとはえらい理不尽なことやと同情していたら、過去に同じように枚方駅前にある自販機の電源でラジカセを使いストリートダンスをした大学生(22)や、名古屋駅構内で清掃用コンセントを利用してパソコンメールを送った会社員(25)などが検挙されているという。どっちも約1円の電気代を窃盗した疑い。

架空の請求書で裏金を作り、それで飲み食いのドンチャン騒ぎをしているポリ公が1円の窃盗犯を逮捕やなんて悪い冗談みたいや。突っ込みをいれたら、役人や政治家はもっとえげつないことやってるで、と開き直るかもしれんが。

この週末に、森絵都『この女』を読んだ。釜ヶ崎で死を目前にした野宿者を自分のアパートへ連れ帰り、最期を看取ることを何年も続けている「松ちゃん」が出てくる。次の病人の介護に使うため遺品を売り捌いている彼は「追いはぎみたいなもんや」と自嘲する。

「次のおっちゃんのためならしゃあないわ」と言われた松ちゃんは「そやない、死んでいく人間自身のためや」「おのれの遺品が誰かのためになる思うたら、人間、なんぼか安心して死んでいける。どないな人生送ってきたかて、最後は人の役に立てた思うて、大手振ってあの世へ行けるんや」。

こんな物買う人いるんか、と思うようなものを路上に並べて売っていた釜ヶ崎の光景を思い出した。
主人公の結子と礼司は、そこから成り上がった女とそこへ居ついてしまった男だ。
神戸淡路大震災と地下鉄サリン事件があった1995年が明けたところで小説は終わる。
当時の世相を背景にした読み応えのある内容で、小生にしては珍しく一気に読んでしまった。
by rurou-no | 2011-11-28 12:53 | 言葉・本

奢侈禁止令

古今東西問わず為政者たるもの、民衆を管理支配する方途として巧妙に繰り出したのが贅沢を戒める教え、いわゆる「奢侈禁止令」である。
これは道徳教育とセットになっており、身分制度の維持と階級格差を固定化する側面もあった。

近いところでは、戦時中の「ぜいたくは敵だ!」キャンペーン。
この宣伝惹句に「素」の一字を書き加えて「ぜいたくは素敵だ!」に変えてしまったセンスは大拍手を贈りたい。

藤沢周平の『木綿触れ』は、倹約令下の足軽夫婦の思いやりが仇となった悲劇を描いた短編だ。身分制度の最上位にあった武士にもその地位によって厳格な決まり事があり、がんじがらめになっていた。ささやかな背伸びすら咎められる息苦しい時代だった。武士として妻の仇を討ち切腹する結末は、なんともやりきれない読後感が残った。

敗戦後、この国は占領国アメリカの尻を追いかけた。
経済至上主義に則り、「奢侈禁止」とは逆の「消費、使い捨て」を奨励した。そして人びとの欲望は留まるところを知らず、傲岸不遜と厚顔無恥が大手を振って歩き出した。

どこまでいっても満たされぬ欲望を満足させようと突き進んできた結果が、今ある。
自然への畏敬を忘れてしまった。もう、手遅れかもしれない。地球環境がおかしくなってきているのを肌で感じる。私たちは自然からの警鐘を真摯に受け止めなければならない。

人間の手に負えないエネルギーを作り出し、取り返しのつかない原発事故を起こしてしまった事実に、正面から向き合おうとしないで他人事にしてしまっている為政者や企業、その周辺に巣食うゴキブリどもの立ち回り方は、信じられぬ思いだ。ちっとはまともになれよ、と言いたい。

「奢侈禁止」にしろ「奢侈奨励」にしろ、お上が押し付けるものにろくなものはない。それらは極めて戦略的であるからだ。つまり、その反対側に立てば間違いないというこっちゃやな。
by rurou-no | 2011-11-24 14:36 | 言葉・本

たなごころ

少し前に読んだ本に、堀江敏幸さんの『なずな』がある。
例によって連れ合いが図書館から借りてきたのを拝借した。
フランス文学者の著者が育児小説を書いている意外性に驚いたが、何よりも440ページという本の分量に圧倒された。

個人的に文庫本好きなのは、安い、軽い、小さい、の手軽さを支持しているわけで、こんな分厚い単行本は敬遠したかったが、連れ合いが「面白いよ」と勧めてくれたのと、仏文学者による育児小説のミスマッチに惹かれて読み出した。

地域新聞の独身記者が突然、弟夫婦の2ヶ月になる赤ん坊を預かるはめになったことから、周りの人に助けてもらいながら不慣れな育児に追われる日々を丹念に記録している。赤ん坊の成長を、記者らしい観察眼を駆使して克明に書いていたのがことのほか面白かった。

本の中で、赤ん坊のからだをきれいに拭いてやるとき、「ひかがみ」(膝の裏)、「おとがい」(顎の下)などの表現があった。
今日のタイトル「たなごころ」(掌、手のひら)もそうだが、日常的に使うことが少なくなった言葉を大事にしているところは、外国語を専門にしている学者だからか。

言葉は時代とともに変わっていくものであるという考えは否定しないが、今風の若者語で眉をひそめたくなる言葉があるのも事実だ。
昔ながらのたおやかな表現を、次世代へ教え伝えていくことを忘れてはならないと思う。

そして方言も。田舎では山を一つ越せば言葉が違ってくる。
その表現の多様性こそが豊かな文化を生み出す基になっているから、だんだん失われていくのはしのびない。
by rurou-no | 2011-11-11 13:46 | 言葉・本

頭陀(ずだ)

「頭陀」はサンスクリットの「ズーダ」からきている。
新明解さんによると・・・(払い除く意の梵語の音訳)仏道修行(のための行脚)。 と出ていた。
ここで払い除くのは、あらゆる欲望や煩悩である。「捨て去る」とした方がより厳しそうだ。

ひと月ほど前、村上春樹の「約束された場所で アンダーグラウンド2」を読んだ。
1995年に起こった「地下鉄サリン事件」の加害者であるオウム真理教信者と元信者へインタビューしたノンフィクションである。

本の中で村上さんは、心理学者の河合隼雄さんと対談して、「人間というのは自分というシステムの中に常に悪の部分みたいなのを抱えて生きているわけですよね」と問いかけていた。
話の内容は詳しく覚えていないが、この言葉だけがストンとからだの中へ入ってきた。

確かにそやな、そのとおりや、と同意する。
自分の中にある悪の部分をギリギリのところでコントロールして、なんとか犯罪者にならないでやってこれたんだと、改めて思った。

20代から30代にかけて、テキスト片手にヨガをやっていた。無農薬有機野菜を買い求め玄米菜食も実践していた。「からだ」と「こころ」、そして社会との関係に強い関心を持っていた。
インタビューに答えるオウム信者は、そんな自分とそう変わらない人たちだった。違ったのは彼らより少しだけ早く始めたから、麻原のペテンを見抜いていただけのことである。

彼らは「出家」し、ひたすら修行に明け暮れる。それなりに充実した日々を過ごしたであろう。帰依したのがペテン師だったことを除いて。懲りない連中は名前を変え、相変わらず続けているようだ。小さな箱の中には、わかりやすい答えがあるから、楽でいいらしい。

ここにいる自分は、ストイックな人格の中にワルが潜んでいる。そのことをまず自覚して、手が後ろに回らぬよう世渡りをしていきたいものだ、なんてちょっとかっこつけすぎやね。
by rurou-no | 2011-08-29 14:06 | 言葉・本

何びとであっても悼む、唯一の存在として

天童荒太『悼む人』は亡くなった無名の人を忘れないために、悼む旅を続ける青年の話だった。
単行本が発売された折に書店の棚で見かけてから、その内容も知らずに文庫本になったら購入しようと待っていた。
彫刻家、船越桂さんの作品を撮影した写真と本のタイトルがデザインされた装丁に魅かれたのだ。

本を選ぶとき装丁の美しさに惹かれて、ということがある。「ジャケットデザインが気に入ったからLPを買いました」と同じようなものか。(これは50歳以上の人でないと通じないたとえやね)
ともかく、文庫になったのを知ってさっそく書店へ出かけたのだが、平積みの新刊コーナーでなかなか見つけられなかった。それもそのはず、船越桂さんの彫刻写真を探していたからだ。つまり装丁が変わっていた。思い込みというのは目の前の物をも見えなくさせる。

やっとこさ手に入れた本は、著者が7年がかりで書き上げただけあって綴られる文字の密度が濃く、まっすぐにに立っている。深い読後感の余韻に浸った。「亡くなった人を、ほかの人と代えられない唯一の存在として覚えておきたい」がために悼みの放浪を続ける主人公。会ったこともない人が亡くなった場所へ赴き、「誰に愛されたか、誰を愛したか、どんなことをして人に感謝されていたのか」を訊ねて、その場で悼む。「あなたのことは忘れないで覚えています」と。

人が簡単に殺され、誰が殺したのか、どんなトリックを使ったのか、という謎解きが主要なテーマとなる大部分の小説とは明らかに違う異色の作品だ。
ここではすべての死を等価値としてみている。また事故か殺人かにも興味を示さず、亡くなった人へ同情することもない。愛し、愛され、感謝された、たったひとりの人を記憶し悼むだけである。

東北地方大震災で亡くなったと確認された人は15,217人、行方不明が8,666人(いずれも25日現在)。大勢の人が亡くなったときはとかく数字として記号化されがちだが、もちろんその一人ひとりに名前があり、誰かに愛され、誰かを愛し、人から感謝されたことがあったはずだ。

小説の中で主人公は石巻市も訪れていた。彼ならまた東北へ向かい、そして亡くなったほかの誰とも代えられない唯一の人として、ひとりずつを悼むだろう。多くの坂築静人がいてほしいと願う。
by rurou-no | 2011-05-26 14:36 | 言葉・本

気宇壮大なる愚直

明治のはじめ来日した紀行作家、イザベラ・バードも、その地図を頼りに旅行したはずだ。
維新前、幕府の要請で地図作成にあたっていたイギリスの測量技師は、自分たちより正確な忠敬の地図を見て帰ってしまったらしい。

井上ひさし「四千万歩の男 忠敬の生き方」を読んだとき、頭に浮かんだのが「気宇壮大なる愚直」という言葉だった。
「気宇壮大」と「愚直」は、並べると意味がおかしくなるかもしれないが、伊能忠敬という人のイメージはこんな感じだ。
江戸時代に日本地図を完成させた、あの人である。

年表によると忠敬は49才で家督を息子に譲り隠居、50歳で江戸へ出て高橋至時の弟子となって天文学の勉強を始めた。
1800(寛政12)年、55歳のときに蝦夷地(北海道)を測量してから、71歳まで17年間路上の人だった。毎年のように各地へ測量にでかけ、詳細な全国地図を作成した。

その方法は「2歩で1間」の歩幅で海岸線を歩く、どこまでも歩いていく途方もない事業だった。歩いた距離は約3万5千キロ、歩数にすると4千万歩にもなるというから凄い。
一歩一歩積み重ねていくしかない作業は、「愚直」としか言いようがなく、米の仲買いなどで大儲けする商魂のたくましさは、「気宇壮大」とは言い難いところもあるが、成した事業の大きさは計り知れない。

子どものころから地図を見るのが好きだった。今でもよく見る方だと思う。
地図上の記号や文字を読み取ることで風景が立ち上がる瞬間のなんともいえない爽快感は、地図好きならではの特権だろう。
地図の上だけでも旅を楽しめるし、地図があれば実際にどんなところへだって行ける。
知らない町へ行くと、わざと地図を見ないで迷子になる遊びをよくやった。
それもこれも忠敬先生という先人がいたればこそ、と感謝せなあかんな。
by rurou-no | 2011-02-28 14:25 | 言葉・本

英国女性の旅行記

明治時代のはじめ、イギリスの紀行作家が日本を訪れて東北地方から北海道を旅行した。
鎖国が長かったせいもあり、開国間もない神秘の国へやってきた外国人は多かったはずだ。
そのうちの一人がイザベラ・バードという女性だった。彼女は帰国後、「日本奥地紀行」を著した。
来日したのは1878(明治11)年。6月から9月にかけて東北・北海道をめぐり、10月には関西方面へも足を延ばしている。

彼女のことを知ったのはいつだったか思い出せないが、ひとりで日本にやってきて北海道まで行った行動力に驚き、この勇敢な女性に興味を抱いたのを覚えている。
と同時に彼女を案内した日本人通訳にも関心を持った。いったい何者なのか、どういう気持ちで外国人女性を連れて歩いたのか、調べてみたいものだと思っていたが「奥地紀行」すら読まないまま、うっちゃっていた。

中島京子「イトウの恋」は、青年ガイド伊藤鶴吉(小説では亀吉)が残した手記という形をとって、英国女性(小説では「I・B」)と2人きりの旅行を振り返っている。
面白いのはお互いに相手を「表情に乏しい」と思っている異文化への誤解(解説で鴻巣友季子さんも触れている)。そして秘境を見て回るつもりだった旅行者は、どこへ行っても初めて見る外国人として珍しがられ、見られる立場にあったことだ。

手記を発見した中学校の新米教師と生徒、イトウの孫の娘にあたる劇画原作者の3人が迷探偵ぶりを発揮して「イトウ探し」へ、最後まで退屈させない。母親ほど年の離れた女性に惹かれていくイトウの心情、小説ならではの設定(実際はどうだったのか)が読み物として効果的である。

この小説が成功したのは、「奥地紀行」をイザベラ・バードの視点ではなく、伊藤鶴吉の視点で再現したことにある。
鴻巣さんも「人物の数だけ視点がある。『人の数だけ物語がある』というのは、そういう意味だ」と書いていた。まったく同感だ。
とかくへそ曲がりの小生は昔から物事を素直に見ないで、斜に構えて見る癖がある。正面からだけでなく、横から、斜めから、後ろから、上から、下から、陰から覗き見、といろんな角度から見たら、同じものでも違って見えるからね。
by rurou-no | 2011-02-25 13:52 | 言葉・本

いつか、だから

「いつか、絶対、みんな、死ぬんだ」
「だから、生きてるんじゃないか」
朝倉かすみ 『田村はまだか』 で小学6年生の中村理香と田村久志が交わした言葉。

この本はタイトルと構成で成功したと思う。ただ、この設定だともっともっと内容を面白くできたはず、と期待が大きすぎた分だけ新人の筆力が少し残念だった。決してつまらんという意味ではない。

タイトルの「田村はまだか」で連想したのは、切腹を前にした塩冶判官の科白(仮名手本忠臣蔵四段目)「由良助はまだか」。そしてベケットの『ゴドーを待ちながら』的な小説かも、ということ。
編集者の腕だろう、キャッチコピーとしての仕掛けはうまい。

小学校の同窓会の3次会、スナックで酔っ払った同級生5人がまだ現れない田村を待つ。
小学生にしてすでに大人びていた田村を語りながら、それぞれの人生が明らかになっていく。

『ゴドーを待ちながら』は2人の男が、会ったこともなく何者かもわからない、ゴドーを待ち続ける不条理劇で、演劇史に残る作品として多くの演劇人に影響を与えてきた。
小劇場では『ゴクドーを待ちながら』『ゴドーは待たれながら』など、それぞれの解釈でパロディー劇が生み出されている。

『田村はまだか』を読んだその日、かつての芝居仲間が昨年11月下旬に亡くなったことを知らせる手紙が共通の友人から届いたので、冒頭のやりとりが胸を打った。
彼は劇団を解散してからも、自ら経営する店でさまざまなライブをプロデュース、演出家そしてプロデューサーとしての人生を存分に生きた。生き急いだ。
その日からずっと、浅川マキとトム・ウェイツの音楽が頭の中でリフレインして離れない。

最後に会ったのはいつだったか、「『銀河鉄道の夜』やりたいねん。また一緒にやろ。頼むで」と話していた。
「ええなぁ、賢治はオレも好きやし。どこにいても駆けつけるから、決まったら連絡して」。
約束はまだ果たせていない。
いつかきっとやで。そやから。
by rurou-no | 2011-01-26 10:44 | 言葉・本

無名者の生活史

最近読んだ本に、佐野眞一「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」がある。
徹底したフィールドワークで日本の民俗学に大きな足跡を残した宮本常一と、生涯彼を支え続けた渋沢敬三の評伝である。

個人的には柳田国男よりも評価をし共感を抱いてきた宮本常一の仕事は、歩いて、見て、聞いて、記録する愚直な作業を積み重ねるところにある。
日本列島が切り刻まれ、土地も暮らしも形を変える高度経済成長の影で、失われてしまった農村、漁村、山村の倹しい営みを聞き取り調査した「忘れられた日本人」は、まさに無名者の生活史を集成したもので、語り口調をそのまま再現した内容からは話者の個人史のみならず、土地の歴史がありありと甦る。

渋沢敬三は自邸に私設の「アチックミューゼアム(屋根裏博物館)」を開設し、動植物の標本や化石など収集するとともに、多くの研究者をパトロンとして支援した。また銀行家の傍ら、自ら民俗調査に各地を訪ねている。「旅する巨人」は彼の功績を称える内容になっていることを差し引いても、その人間的魅力に感嘆させられることしきりだった。

アチックミューゼアム(戦時中、常民文化研究所へ改称)は、大阪にいたころ頻繁に出かけ友の会の会員にもなっている民族学博物館の礎となった。
またアチックに出入りしていたという今和次郎は「考現学」を提唱、後に赤瀬川原平や藤森照信らの路上観察学会へとつながっていく。路上観察学会は発想の面白さにリアルタイムでその動きを注目していたグループだ。

権力者の欺瞞に満ちた言葉より、無名者の言葉にこそ真実があることを知っていた宮本常一の辿った道は、列島の隅から隅までどこまでも続く。
彼こそは「歩く巨人」だった。その業績は計り知れないものがある。
振り返って無名者の一人である自分には、語るべきものを大して持ち合わせていないのが恥ずかしいやら情けないやら。
by rurou-no | 2010-12-29 11:50 | 言葉・本

ケセラセラ

スペイン語で「なるようになる」という意味の「ケセラセラ」。
アルフレッド・ヒッチコック監督「知りすぎていた男」でドリス・デイが歌った。

何事もなんとかなる。なるようになるのだとのんびり構える性質だ。
能天気と言われれば見も蓋もないが。

「人間万事塞翁が馬」人間の幸、不幸は後から振り返って初めて分かるもの。
その只中にいても果たして良いことなのか、悪いことなのか、客観的には判断がつきかねる。都合のいいように思い込むしかないのだ。
いや、少し違う。ここで言いたいのはそうではなく、周りの者から見て幸せそうに見えようが不幸に見えようが、当人の思いとは全く関係ないことの方が多いということだ。現に我が家は世間的には超貧乏で気の毒な家庭と見られても仕方のない経済状態だが、私も連れ合いもお金には無頓着なところがあって「まぁ、なんとかなるやろ」とあせりはない。
流れに身を任せていればなんとかなるもので、結果が良かろうが悪かろうがそれはその時そう思うだけで、長い目で見ればどうか分からない。

「人間みなちょぼちょぼや」と小田実がよく言っていた。

これまで散々いい思いをしてきたが、もしかしたら今が一番幸せな時かも知れないと思える限り、これでいい。
「なんくるないさぁ」
by rurou-no | 2010-03-30 14:17 | 言葉・本

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