20世紀初頭のパリで多才な芸術活動を行なった
ジャン・コクトー(1889~1963) が
1930年に初めて撮った実験的映画
「詩人の血」 は、まるでコクトーの頭の中を覗いている
かのごとくで、そのイメージの世界について行くのがやっとであった。鏡に向かって飛び込んだ
ら、水しぶきが上がってプールになっていたシーンが鮮烈な印象を与えた。
コクトーは詩人であり、作家であり、画家であり、映画監督であり、演劇やバレエにも関わり
評論やデッサンも手がけと、ひとり芸術百貨店のような八面六臂の活躍だった。
「恐るべき子供たち」 のコクトーで、
「美女と野獣」 のコクトーである。
そして何よりも、
サティ や
ピカソ と組んでスキャンダルを巻き起こしたバレエ
「パラード」
のコクトーだ。これには、
ディアギレフ の
ロシアバレエ団 が参加している。
ストラビンスキー ココ・シャネル モディリアーニ ガートルド・スタイン ドビュッシー
エディット・ピアフ ジャン・ジュネ 等々、コクトーの周りには、色んな芸術家が集まった。
「オルフェ」(1949年)に出演していた
ジャン・マレー は、男色家コクトーの愛人であった。
ジェラール・フィリップ もそうだったらしい。
《ベル・エポック》 《エコール・ド・パリ》など時代によって様々な呼び方がされるパリが華々しく
輝いていた時期、世界中の芸術家たちが吸い寄せられるようにパリで活動を始めた。
そのころの資料を読んでいると、あらゆる場所でコクトーの名前を目にする。よくもまぁマメに
いろんなシーンに顔を出しているものだと感心する。そして、やがて大家となっていくのだ。
彼が同性愛者であり、美少年として登場し、二枚目で苦みばしったいい男になって、多くの女
を夢中にさせ、美しい男に夢中になり、いつでもどこでも目一杯やっていたからなのだろう。