映画監督の
黒木和雄 さんが昨年4月12日に脳梗塞で亡くなってから、ほぼ1年になる。
最後まで映画への情熱は失せず、遺作となった「紙屋悦子の青春」はその死後に公開された。
黒木和雄の作品は、良質のアート系映画を製作・配給していた
ATG(アート・シアター・ギルド)
の系列映画館で上映されていたから、その殆どを見ている。
「美しい夏キリシマ」(2002年)は
「TOMORROW 明日」「父と暮らせば」 とで三部作と
されている。「TOMORROW 明日」(1988年)は1945年8月8日、原爆を落とされる前日の
長崎市内で暮らす人々の日常風景が描かれている。結婚式があり、赤ん坊が生まれ、恋人
同士の逢引、捕虜の死、新郎新婦の初夜、そして夜が明けて8月9日午前11時2分になる。
「美しい夏キリシマ」は、黒木監督自身が実際に体験したことが基になっているそうだ。空襲で
目の前にて同級生を失ったショックで体調を崩した少年が、霧島山を仰ぎ見る南九州の静かな
農村へ療養に行く。1945年8月、戦時下での日々の営み。多感で無垢な少年の目に映った
敗戦前夜の光景。そして敗戦。全編に亘って蝶が舞っていたのが印象的であった。
「父と暮らせば」(2004年)は、広島が舞台になる。原爆投下後3年、ひとり生き残ったことに
負い目を感じながら生きる娘の前に、幽霊となって父が現れる。
井上ひさし の戯曲が原作。
「紙屋悦子の青春」はまだ見る機会がない。原作は
松田正隆の戯曲。彼自身が主宰していた
〔時空劇場〕の舞台を観たことがある。この作品は松田の母親の実話に基づいたものらしい。
卓袱台と水屋が置かれた簡素な装置。静かな会話が交わされるだけの感動的な芝居だった。
長引く戦争中、兄夫婦と暮らす悦子に縁談が持ち上がる。その相手は、お互いに密かに心を
寄せていた特攻隊員、の親友であった。真っ直ぐな思いやりの気持ちが、切なくて美しい。