一所不住



過ぎし日を超えて

昨日(19日)の新聞のトップは「米・キューバ国交交渉」の見出しが躍っていた。
1962年10月、核戦争と第3次世界大戦の寸前まで緊張関係が危険な状況に陥っていた「キューバ危機」は、その後たびたび引用されるほど歴史に深く刻まれる出来事だった。
フィデル・カストロとチェ・ゲバラが率いる革命軍が親米バティスタ政権を倒し、61年に国交断絶してから53年ぶり、オバマ大統領とラウル・カストロ議長が関係改善へ一歩を踏み出した。

「キューバ危機」は、その頃はまだ小学生だったから詳細を知ったのは後のことだと思う。おそらくチェ・ゲバラが死んだ中学生のときではないか。
それでも、この年に若きケネディが大統領になったのは覚えている。ケネディはベルリンでフルシチョフと対立した「ベルリン危機」は回避したが、ベトナム政策では失敗し泥沼化したベトナム戦争でアメリカは敗北する。

当時、政治や社会問題に関心のある若者にとって、革命に身を捧げたチェ・ゲバラはアイドルであり、燦然と輝くスターであった。誰もが部屋の壁にゲバラのポスターを貼っていた。
キューバは、神格化されていたゲバラが、同志カストロとともに革命を成し遂げた国であった。
20代のはじめごろ、キューバへ行ってきたという同世代の者に何人か会ったことがある。たしかサトウキビを刈りに行ったとか聞いた。共通言語としてキューバは、革命を成功させた憧れの国になっていた。

そんなキューバと再会?したのは、CDショップで偶然見つけた『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のCDである。ソン、ダンソン、ボレロといった形式のファンキーな音楽を奏でるのは60代、70代、80代(中には90代も)の老ミュージシャンたち。
後に同タイトルの映画(ヴィム・ヴェンダース監督)も観たのは言うまでもない。映像になると音楽の良さもさることながら、演奏する姿が最高に恰好いい、じいさんばあさんたちであった。
逃げ出す国民がいるほど経済的に貧しい国ではあるけれど、魂の豊かさを失っていない人たちがそこにいた。「美しい」と形容したくなるひとが。

アメリカとキューバ、双方の利害が一致した。互いに反目しあうより仲良くしたほうが利益を生むのは当たり前のこと。考える力のある指導者同士だから為し得たのだろう。
翻って、アホな2代目、3代目が権力を握り、無知を丸出しで罵り合うことしか知らない東アジアの国々は、あまりにもお粗末過ぎる。なんとかならないものかと嘆息が辺りを包んでいく。
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by rurou-no | 2014-12-20 14:00
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