一所不住



知行合一

たしか高校2年の夏休みの宿題だった。担任はまだ20代の熱血教師で、生徒たちは「S平さん」と親しみを込めて下の名前で呼んでいた。「何でもええから本を読んで、感想文をレポート用紙3枚にまとめて提出」と一方的に通告された。
「社会科の先生やのに、なんで国語の宿題やねん」とクラス中から一斉に非難の声が上がったが、「文句ゆうてんと本1冊くらい読んでこい」と一蹴されて、読書感想文の課題が決まった。

ないはずの宿題を出された悔しさから、そのころすでにへそが曲がりだしていた小生は、「S平め、受けて立とうやないか」と図書館であえて難しそうな本を借りた。
それが岩波新書の『朱子学と陽明学』。

江戸時代天保年間、「大塩平八郎の乱」を起こした大塩平八郎は陽明学をやっていたと知り、この機会に陽明学の勉強をしてみようと色気もあった。他に吉田松陰、佐久間象山、高杉晋作ら江戸後期の気になる人物はおしなべて陽明学を学び、幕末の志士にも影響を与えたという。
一方で、朱子学は支配者のイデオロギーとして利用されていた。

今から思えば随分背伸びしていたと思う。難しい内容をどんな風にまとめたのか、まったく覚えていない。あまりにも稚拙な理解でS平さんも困ったであろう。熱血教師には褒め言葉をかけられたはずだが、はて何を褒めてもらったのか。真面目にレポートを出した生徒は少なかったので、そっちの方だったのかもしれない。

とにかく、この『朱子学と陽明学』という本の中で、ただ一つ40年経った今も忘れないでいるのが「知行合一」という中国明代の儒学者で思想家の王陽明による陽明学の命題だ。
「知ることと行なうことは一体であり、分けられない。知って行なわないのは、知らないことと同じである。本当の知識は実践を伴わなければならない」。

20年ぶりに中上健次の『千年の愉楽』を再読していたら、時代をどんどん遡って、(若いころ座右に置いていた)今回の「ち」から始まるタイトルが、ふっとおりてきた。
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by rurou-no | 2013-02-12 16:01 | 言葉・本
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