一所不住



暮れなずむ

季節外れで申し訳ない。「暮れ泥む」は春の空。秋は「釣瓶落とし」となる。
連れ合いのブログ4日付タイトルの「わびしき思い」を見たときに浮かんだ言葉だからいいのだ。

昨日、干刈あがた『しずかにわたすこがねのゆびわ』を読んだ(これも連れ合いが例によって県立図書館で借りた本)。60年代後半から70年代にかけて、当時の社会状況(変わらぬものと変わったものがある)と関わりを余儀なくされて20歳代前半から30歳代を生きた女性たちの物語である。

小生より少し上の「全共闘世代」になる。おっとり刀で駆けつけたはいいが、すっかり遅れてしまった体のある「谷間の世代」からすると、いつまでも追いつけない鬱陶しい人たちやね。
読みながら、小説の内容から離れて自分の20代前半のころを思い出していた。

暮れなずむ古都の川べりを、ベルボトムのジーンズに下駄履きで川の流れとは逆の北へ向かってとぼとぼ歩く長髪の後ろ姿がある。
過剰な自意識と劣等感で潰れてしまいそうになる気持ちを奮い立たせて、諦観の境地を装いながらも何事であれ貪欲に吸収しようともがいていた、ややこしい若造だ。

振り返ってみると未熟で恥ずかしいことばかり。できることならその時代へ行って、さまざまな局面に立つ自分へアドバイスしたい。こうした思いはこの先もずっと続いていくやろな。
「老成」なんて縁がなく、いつまでもあかんたれでどうしようもない自分はどうにもならない。
過ぎた日を思うと赤面することばかり。もっとちゃんとできなかったのかとぐずぐず考えてしまう。

時代と切り結ぶ作家の本は、あの時代は何だったのかと客観的に考える材料を与えてくれる。
数十年を経た今、「心の豊かさ」という面で怖ろしいほど後退しているのを実感する。いったい私たちは何を目指して社会を作ってきたのか、その一員としての責任を問われている気がする。
干刈さんの本、もう一冊『ウォーク in チャコールグレイ』が手元にあるので、今日読んでみよう。
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by rurou-no | 2012-10-06 10:40 | 言葉・本
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一瞬を、永遠に
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