一所不住



歌声につつまれて

わが家の年中行事となっている8月の京都行き、今年も先週の土曜日(25日)に敢行した。
決して自虐的性格でも我慢大会参加でもないのに、わざわざ海辺の田舎町から暑い、熱い、どうしようもなくアツクルシイてヤカマシイ都会へ出かけるなんぞ、正気の沙汰やない。

前後の見境なくそうした行動に走らす麻薬の誘いが、この夏にも届いたから仕方がない。それでも小生は多少なりとも冷静さを保っていられたものの、魔物に取り憑かれた連れ合いはうわごとを繰り返すようになり、気持ちは早々と魔の街京都へ飛んでしまった。

「唖撫駆版洛中洛外図五の段『月下のカンナ』」
今回の会場は、重要文化財1906年竣工の旧日銀京都支店(現京都文化博物館別館)。
圧倒的な空間が持つ力に後押しされて、身体面のトラブル続きで開催が危ぶまれたことなど微塵も感じさせない、アイデアにあふれたパワフルなステージだった。

打ち上げで「音楽が良かった」という感想が大半を占めたと聞くまでもなく、音楽が饒舌だった。特に女性の歌声が踊り手を包み込むように何度も流れた。

感想に「良かったのは音楽だけかい」とボヤいたというU氏は、ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』のブルーノ・ガンツと同じように背中へ天使の羽を付けていた。本人には『愛の嵐』がイメージにあったと又聞きした。こちらはリリアーナ・カヴァーニ監督の作品で戦中、戦後のウィーンが舞台。シャーロット・ランプリングが裸の上半身にサスペンダーだけを身に付け、ナチスの帽子を被って踊るシーンを思い出す。

音楽の構成の中心に置かれていたのは、小生も大好きなマドレデウス。20年ほど前、どこのCDショップのどの棚で見つけたのか、歌姫テレーザ・サルケイロとの出会いを鮮明に覚えているほどだ。彼らはヴィム・ヴェンダースの『リスボン物語』にも出演して清冽な演奏を聞かせてくれた。

1週間前のことを記録しておこうと、とりとめもなく思いつくまま書いてみた。こうして記憶の扉が開いていくのは、どうかすると日々ボケていってる頭に刺激をもらったんやろな。
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by rurou-no | 2012-09-01 15:30
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