一所不住



二の句が継げない

「二の句が継げない」とは、呆れて物が言えない、絶句してしまうような事態になったとき出てくる言葉であるが、今日の内容に使用するのは相応しいのかどうか、まぁどっちでもいいのだが。

あまりの臆面のなさに、びっくりするやら呆れるやらで、どうしたもんかと考えてしまった。
こういう下品な行いにかかわりたくないから無視しておこうと思っていたが、やっぱり一言書いておくべきかなぁと気が進まないまま、投稿ページを開いた。

yahoo! トピックスの地域情報欄によると、この町の町長が、1890年に樫野沖で遭難したオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号乗組員殉難慰霊碑に献花し、周辺の清掃をしたことがユーチューブの映像によってトルコ国内で紹介されてアクセスが殺到している、というのが地方紙に載った(当の町長がパソコンを見ているやらせの写真付き)とのこと。

遭難時には樫野の村人が総出で救助に駆けつけ、怪我人を手当てするなどして69人の命が助かった。その献身的な行為は、帰国した乗組員によってかの国で語り伝えられたそうだ。
世界一の親日国トルコと日本友好の礎となった出来事である。

おかげで大統領が訪ねてくるなど、小さな田舎町としては破格の扱いをトルコという国から受けている。「2010年トルコにおける日本年」をきっかけに、マスコミでも大きく取り上げられるようになった。そしてそれを利用しようとする卑劣な連中も増えてきた。今回の件はその延長にある。

長年に亘って慰霊碑を守ってきたのは地域の人たちで、樫野小学校の子どもたちが清掃を続けてきた(今は「追悼歌」とともに、大島小学校へ引き継がれている)。

偶然居合わせたカメラを持ったトルコ人が撮影し、偶然来ていた町に馴染みのあるトルコ人が引き合わせたなんて、ありえない偶然を装ったパフォーマンスをして手柄を独り占めしようとする、この町長は恥ずかしくないのか。もっとも恥を知る人間であれば、こんなことはできるはずがない。
そこまでするか、と開いた口が塞がらない。一町民として情けない限りだ。
[PR]
by rurou-no | 2012-01-21 16:20
<< 井関サテライトは「和」となって かにかくに >>


一瞬を、永遠に
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
以前の記事
カテゴリ
メモ帳
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧