「月にむら雲花に風」
月が出れば群雲がこれをおおい、花が咲けば風がこれを散らすように、とかく浮世はままならぬ。「好事魔多し」。
物事はうまくいかないほうが多い。この歳になると、つくづくそう思う。
これでも怖いもの知らずの若いころは、何事も強く思い続ければ叶う。念ずれば花開く。念力岩をも通す。と信じて疑わなかった。確かに大概のことは望み通りになっていた時期もあった。
だれにでもやってくる一時的な盛りに、有頂天になっていたのだろう。さぞや無鉄砲で危なっかしかったのでは、と今さらながら恥ずかしい。
50歳を過ぎてから動きが鈍くなったのは、昔のツケを払っているからなのか?それとも恵まれた環境でバランスをとっているのか。周りの人に世話になっているばかりで、何も返せていない自分の不甲斐なさに忸怩たる思いだ。
そういえば上方落語に「月に群雲」というネタがあったな、と思い出したのが今日のタイトルになった。小佐田貞雄さんの新作落語だった。
盗品専門の古道具屋で、合言葉を言えば盗品を買い取ってくれるというもの。その合言葉が「月に群雲」「花に風」であった。
ことわざ好きのアホな奴がアニキと一緒に盗品を売りに行って、そのやりとりを聞かせるだけのネタなのに、爆笑ものの一席に仕上がっている。
小佐田さんと弟子のくまざわあかねさんの2人は秀逸な新作落語の作り手であり、上方落語の伝統をへ受け継ぐべく奮闘している。やがて古典になっていくだろう作品もいくつかあるはずだ。
「月に群雲」とはいえ、月には少しばかりの雲がかかっていた方が風情があってよろしい、と「枕草子」だかにあったように思う。失意の日々をくよくよ考えずに、この際は風情へ肩入れしたい。そして落語の登場人物みたいに素っ頓狂でも笑えたら、それでええやないかと思うことにしよう。