一所不住



リアル

前回の続き。作家の村上春樹がカタルーニャ国際賞の授賞式で「非現実的な夢想家になろう」と呼びかけたのは、原子力発電の危険性を訴える反原発の動きに対して、原子力ムラに巣食うゴキブリをはじめとする原発推進勢力が「非現実的な夢想家」と言い放ったことへの回答であった。

果たして、非現実的なおとぎ話を語っていたのはどっちであったのか、今では誰もが知るところとなった。起きてはならない、取り返しのつかない事故が起こってしまった現実にどう向き合うのか、私たち一人ひとりが問われている。そこには「失敗」したエネルギーの原発依存という選択肢はない。

今日は広島の原爆忌。被爆国であるにもかかわらず、「平和利用」の名目で原子力発電を国策とした理由の一つに核兵器開発技術の蓄積にあった。だからこそ、「すべての核」に反対したのだ。
人と人が殺し合う戦争に「正義」などあろうはずがないのと同様、科学技術では制御できず、時間的にも空間的にも無限の災厄を及ぼす原子力に「平和利用」など存在しないのは明白である。

「NO NUKES ONE LOVE」
1988年8月、八ヶ岳山麓で「いのちの祭り」が開かれた。
すべての核に反対しよう!と、「NO NUKES ONE LOVE」を合言葉にした。

現代に生きる私たちは、この地球の未来に責任がある。未来の人びとが安心して生きるための環境に責任がある。地球の形成、生物の誕生、人類の登場から続く長い時間は、未来へとつながっている。その途中にあるのが私たちだ。そのことを大事にしたい。

これこそが「リアル」な話だ。
戦争に反対するのも同じ理由による。憲法9条護持を唱えると現実を見ない空想家呼ばわりされるが、反戦の誓いは極めて現実的な論である。人と人が殺しあっていいわけがない。喜ぶのは血を流す現場にいない一部の権力者だけなのだ。

広島の被爆者の苦しみは過去形ではない。今も、そして放射能禍は次世代へ受け継がされて、これからも半永久的に続いていく。
福島の被曝者も同じだ。外部被曝、内部被曝とさまざまなルートでどんどん増えていくだろう。放射能から逃れた人びともまた、その苦難から一生逃れることはできない。これが現実。
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by rurou-no | 2011-08-06 17:01
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