たった一度会っただけなのに何かの折にふと思い出して、いつまでも忘れられない人がいる。
「ナツ」と呼ばれる彼女もそうした一人だ。
当時まだ大学生だったのに、今や40才を過ぎているらしいから20年以上も前に会ったきりである。
ひょんなことでその消息が分かった。数日前、ふと目に留まった出版社の新聞広告に懐かしい名前を見つけたのだ。1歳の赤ん坊を連れて南の島、サモアで暮らした滞在記が本になっていた。たまたま同じ名前の人、ではなくて間違いなくあの時の彼女だと思う。
イギリスの劇団の東京公演を終えた打ち上げの席に、シェークスピアの翻訳で知られる小田島雄志さんに連れられて来ていた。小田島さんは劇団の関係者と英語で話し始めたので、教え子?の方は私が引き受けて話をした。向かい合ったときの真剣な眼差しがとても印象的だった。あんなに真っ直ぐな目をした人は、まだ数人しか知らない。
彼女は大学を出てから一旦実家へ戻った。その後、旅先から何度か手紙をくれた。一般的な旅の便りではなくて哲学的な悩みが綴られていたのを覚えている。そんな彼女に私は何の力にもなれなかった。ただ、いつも気にかけていただけ。そのうちに手紙も途絶え、消息不明になった。
20年の間に彼女はしっかりと自分の進むべき道を見つけ、地に足を付けた暮らしを営んでいる。
島の人々と交わり、昔ながらの生活がある反面、文明化が避けられない現実を直視し、私たちにとって本当に大切なものは何か、と常に問いかけを忘れない。元気で頼もしい姿に嬉しくなってきた。
2001年のサモア滞在から、04年以降はツバルと京都を行ったり来たりしているという。そして今年も7月に
「目の前にあるのは、潮と土と花と森の強烈な匂い。がさがさの手触りにあふれた、すべてがナマの世界」のツバルへ戻るそうだ。もう、出発しただろか。