一所不住



洋画は○ 邦画は△

映画館の音量は大きいので、問題はないかも知れないと 希望的観測の
確認をするため、3ヶ月くらい経ってから 近くの映画館へ出かけた。
邦画2本立を見る。
1本目はシリアスなストーリーの展開で、音は聞こえども台詞は聞き取れず
内容がよく分からないままであった。
2本目は喜劇だったから、台詞は聞き取れなくれも 話の流れは読み取れた。

結局この時に露呈した問題が、今に至るも 変わらず残っている。
相手の声は 音として届いているものの、言葉として内容が掴めないのだ。
人と話をする時は、相手の言葉を聞き取ろうと必死になるので 非常に疲れる。
それに向かい合わないと 声と言葉が届いてこない。
他人同士の会話は、そばにいても聞こえない。
大勢が銘々で喋り合っている場などでは、ただノイズ音が 増大するばかりで
目の前にいる人の声さえ 判らなくなくなる。

誰とも話さないでいられたら 楽なのだけど、社会生活を送っている限りは 
人とのコミュニケーションは欠かせないから 困る。

と、つらつらと不自由なことを 並べてはみたものの、どうにもならない。
洋画は、字幕があるから 殆んど問題はない。
日常会話にも、字幕が付いてたら良かったのに。
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# by rurou-no | 2006-11-10 16:40 | 病気

メタセコイア

昨日は、途中でパソコンのトラブルがあり 最後まで書けなかったので
続きを

十三峠は今では 舗装された道になり、昔日の面影はない。
そこが 十三街道(竜田道)であることを知る手がかりとしては 峠付近に
残る、十三塚の石柱のみ。

業平に倣って、峠道を高安方面へ下ると 突然メタセコイアの大木が現れる。
100万年前には絶滅したと思われていた木が 60年前に中国で発見され、
「生きた化石植物」と呼ばれるようになったそうだ。
今は街路樹や公園、学校などで馴染みのある木となっている。
スギ科の木なので、 花粉症に苦しむ者には 天敵?になるか。

驚くのは その大きさ。堂々として他の木よりも 飛び抜けて大きい。
この時の木は 約30メートルはあった。
そしてなによりも、奔放な枝振りには 圧倒される。整然としたところも、枝が
伸びるリズムすらもなく 勝手気ままに枝を出し、徒に大きくなったかの風。
干渉されたくない、好きにさせてくれ、木の声が聞こえてきそうだ。

その規格外なところが気に入った。
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# by rurou-no | 2006-11-09 13:11

十三峠

十三湖は、坂口安吾「桜の森の満開の下」
この十三峠は、「伊勢物語」で 在原業平が高安の女の所へ通うために
越えたと伝えられている。
また 聖徳太子が法隆寺から四天王寺へ行くのに、通ったとも言われる。

生駒山には、北から 暗峠 鳴川峠 十三峠 と、3つの峠がある。
河内から大和へ(或いは大和から河内へ)と向かうには、これらの峠を
越えなければならない。

療養生活中、生駒の森を縦横無尽に歩き回った。
そして峠に差し掛かるたび、しばしば感傷的な気分になるのが常だった。
自分の身体感覚 時間感覚が、タイムスリップして 昔そこを歩いた人に
乗り移ったような錯覚を覚える。
さては物の怪に化かされたか、軽い目眩で 一瞬我を失う。

と、ここまで書いて いったん送信しようとしたら、エラーになってしまった。
そのあと何度試しても 送信できない。
どうやらパソコンの中にも 物の怪が進入したようだ。
生駒の闇の世界を 覗いてしまった所為かも知れない。
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# by rurou-no | 2006-11-08 19:13 | 病気

コンサート事始め

本格的なコンサートを体験したのは、大人になってからだった。
1975年春、そのころニューヨークで演奏活動をしていた 菊池雅章
日野皓正とともに 帰国コンサート全国ツアーをした。
東風(KOCHI)」のメンバーは、菊池雅章(pf) 日野皓正(tp) 峰厚介(ts)
ジュニ・ブース(b) エリック・グラバット(ds) の5人。
場所は、金沢観光会館。

流されるまま辿り着いたのが、金沢という地方都市。
そこで偶然に、高校の同級生とバッタリ会い たまたま彼が
コンサートのチケットを持っていたので 誘われた。
大ホールの客席 前から2列目中央からやや下手よりの席に着く。 
見上げると、菊池雅章がピアノを弾く指先まで見えた。
30年以上も前のことなのに、そのときの光景が鮮明に瞼に浮かぶ。
メンバー構成までもが スラスラと出てくるほど、強烈な印象だった。

その夜は ジャズが持つ自由自在な面白さを堪能した。
それからの日々、ジャズ喫茶に入り浸りとなったのは 言うまでもない。
音楽は 気持ち良くなるという意味では、麻薬のようなもの。
そしてこの日、1人のジャンキー(麻薬中毒患者)が生まれた。
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# by rurou-no | 2006-11-07 08:51 | 音楽

一人の道

東京オリンピックのマラソンで、銅メダルを獲得した 円谷幸吉という選手がいた。
「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました。干し柿、餅も美味しうございました。」
で、始まる彼の遺書には 「美味しうございました。」が 繰り返し6回使われている。
この言葉に込められた万感の思いは 想像するに難くない。
遺書としては 歴史に残る名文である。
当時 中学生の感受性を強く揺さぶった。

その後、彼のことを謳った「一人の道」という曲が出来る。

35年前 ピンクピクルスというフォークグループが 隣町の高校の文化祭で
コンサートをした。
数人の仲間と一緒に 授業をサボって出かけた記憶がある。
この時に「一人の道」を唄ってくれた 茶木みやこさんのコンサートが昨晩あり、
35年ぶりに 生で聴くことが出来た。

このピンクピクルスが、覚えている限り 初めてのコンサート体験だったと思う。
フォークソング全盛の時代、京都から来た女子大生2人組が とても眩しかった。
そして「一人の道」が 歌が及ぼす力の大きさを教えてくれた。
コンサートのスタッフを 仕事にするなど、夢にも思っていなかった頃の話。
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# by rurou-no | 2006-11-06 12:47 | 音楽

山のエネルギーを

その効果の程はともかくとして、森の霊力が耳鳴りを収め 聴力を取り戻してくれると
そんな気がして、退院後は毎日 生駒山へ足を運んだ。
森林浴では言葉が優しすぎる、山のエネルギーを吸収するぞ との気概であった。

そのうち鳥の囀りに始まり、風の音、木々の葉擦れの音、そして落ち葉を踏みしめる
足音と 少しづつ順番に聞こえるようになってきた。

季節は晩秋、彩り鮮やかに日々表情を変えていく 森へ分け入る。
まるで映画の1シーンかのように、とめどなく真っ赤な葉が降ってくる妖しさには
現実感はなく その場に立ち尽くして、見惚れているしかなかっった。
頂上付近には、すっかり葉が落ち 裸木となった幹と枝の幾何学的造形の美しさ。

そんな折、生駒山のもう一つの姿を 垣間見る。
沢沿いの其処彼処に 行場と修験道寺院が点在しており、路傍には地蔵群。
一方で 在日コリアンの信仰の拠り所となった、朝鮮系寺院がいくつかひっそりと
隠れるように建っている。
奈良県明日香村にある石舞台を そっくりそのまま小さくした古墳が、ルートから外れた
山の中腹で 深い森の中に埋もれている。
朽ち果てた庵があり、漢方薬の工場が一帯に匂いを撒いていた。

いつしか、自分のことは忘れて 遠くからは窺い知れない山の秘密を 覗いて歩く
行為に夢中になっていく。
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# by rurou-no | 2006-11-04 12:41 | 病気

奄美の島唄

ここ数年来 一番多く聴いているのは、奄美の民謡(島唄)であろう。
その頻度は、耳のアクシデント以前も 以後も変わらない。
中でも、船大工で 唄者として第一人者の 坪山豊 を贔屓にしている。

沖縄の島唄、とりわけ八重山民謡が好きで よく聴いていた私に、奄美出身の友だちが
「奄美の島唄もいいから、聴いてみてよぅ。」と薦めてくれたのが きっかけだった。
一度聴いて すっかり虜となってしまってからは、名瀬市にある発売元へせっせと注文を
出し、CDを購入していった。

その中に、高校生の元ちとせが唄う 「故郷(シマ)・美(キヨ)ら・思(ウム)い」 があった。
お気に入りの一枚である。
奄美島唄の次代を担う存在として 期待を一身に集める若手唄者であった。

彼女は 商業音楽の方へ進み、成功を収めた。
民謡ファンとしては 複雑だったが、音楽活動のスタンスがしっかりとしており 丁寧な
音作りへの姿勢には 好感が持てる。
より多くの人々に 彼女の声が届いて良かった。

今も島唄を聴きながら、キーボードを叩いている。
地元「串本節」の いい歌い手が現れないものか。
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# by rurou-no | 2006-11-02 12:57 | 音楽

元気を出すには、チャーリー・パーカー

色んな音楽の聴き方があると思うし、人それぞれ どんな聴き方をしてもいいと思う。

チャーリー・パーカーは 元気の素になっていた。
その超絶的なアルトサックスの演奏は、「バップ革命」と呼ばれるほど 音楽の概念を
変えるものであった。
こちらはただ、その音の中に身を預けていればよい。
そうすれば、体の細胞の一つ一つが解放されていく。

疲れている時、気持ちが沈んでいる時にパーカーを聴くと 気力を取り戻す。
元気な時は、ますますハイテンションになるから ほどほどに。
20代のころから、いつしか習慣になっていた。

静かな夜を過ごしたいなら、セロ二アス・モンクかマル・ウォルドロンのピアノがいい。
気分がいいと、ジョン・コルトレーンやチャーリー・クリスチャン。
ベニー・グッドマンなら もっとご機嫌になるだろう。

要は いい音楽さえそばにあれば、幸せになれるってこと。
その自分にとってのいい音楽を 見つけられるかどうかが鍵になる。
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# by rurou-no | 2006-11-01 13:07 | 音楽

バランスが

退院して我が家へ帰り、真っ先にしたことは 音楽を聴くことだった。
もちろんその時は 何も聞こえないのは承知の上でだ。

まず、アンプのスイッチをオンにして真空管を暖める。次はLPレコードを
ターンテーブルへ載せる。そして針を落とす。
ベッシー・スミスの掠れた声が流れてくる。振動が皮膚を通して伝わる。
2枚目は、ビリー・ホリディ。そのあとはマイルス・デイビス。
そうして、日が暮れて辺りが暗くなってからも スピーカーの前から動かずに
ずっと音楽を聴いていた。


やがて、少しづつ聞こえるようになってから あることに気がついた。
聞こえる周波帯が アンバランスなのだ。
音が満遍なく耳へ入ってくるのでなく、聞こえる音と聞こえない音にばらつきがある。
その結果、どうなったか
ジャズは 録音状態の悪い古いレコードを聴いているような 妙な効果で何とかクリア。
クラシックは いただけない。音がバラバラになり、とても聴いていられなかった。

いつも身近に音楽があった。
小さいころ ラジオで軽音楽として紹介されていた洋楽に惹かれた。
今にして思うと それはジャズであり、タンゴであり、シャンソンであった。

三つ子の魂はシツコイ。
音を楽しめないなんて、了見が許さないのだ。
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# by rurou-no | 2006-10-31 16:13 | 病気

鳥の歌

3ヶ月余の入院・通院治療の甲斐があったのかどうか、どうやら〈途中まで回復〉組
へ入ったようだ。

現実の音を 再び認識したのは、鳥の声だった。
近くの生駒山へ足を踏み入れて、山の精気を全身で感じ 受け止めている時に
鳥の声がした。確かに聞こえた。
その種類は判別できないが、次から次と聞こえてくる。今度こそ幻聴ではない。
山の精が歓迎してくれている。

そのとき、口をついて出たのは 何故かカタロニア民謡「鳥の歌」。
偉大なるチェリスト パブロ・カザルスが演奏して有名になった曲だ。
彼が生まれたスペインのカタルーニャ地方は、ダリミロ そしてガウディ
出身地でもある。

夢に見た彼の地へ行った時、フォークダンス「サルダーニャ」を踊る人々と出会った。
バルセロナの中心にある カテドラル前広場で、毎週日曜日に集まっているそうだ。
生バンドが演奏する音楽に合わせて、実に楽しそうに踊っていた。

海のそばにあるダリの「卵の家」 丘の上には「ミロ美術館」 ガウディの「グエル公園」
山の中を歩きながら 連想ゲームのように、色んなことを思い出していく。
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# by rurou-no | 2006-10-30 11:51 | 病気


一瞬を、永遠に
S M T W T F S
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