一所不住



恥ずかしや若き日思う本読みて

妙に暑い日が続いて、年の瀬を忘れるほどの気候は、やっぱり変や。
さて、年末恒例(といっても2回やっただけ)の本で振り返る1年。
この1年は傾向として、ときどき新刊本を手にすることはあったものの、再読が多かった。

前半、8月まではとにかく 赤江瀑作品ばかり21冊を数えた。
その合間に 堀江敏幸『燃焼のための習作』や、西加奈子『通天閣』、佐藤泰志『海炭市叙景』など再読し、9月に読んだ新刊 崔実『ジニのパズル』は収穫だった。
10月の再読は、朱川湊人『かたみ歌』、荻原浩『千年樹』、沢木耕太郎『人の砂漠』、五木寛之『風の王国』、堀江敏幸『いつか王寺駅で』など。

11月は再読ばかりで、中道風迅洞『どどいつ入門』、春風亭栄枝『蜀山人狂歌ばなし』、山住昭文『江戸のこばなし』、高木護『辻潤 個に生きる』、一叩人『反戦川柳人 鶴彬』、秋山清『ニヒルとテロル』、高橋新吉『ダダと禅』、森鴎外『ヰタ・セクスアリス』、武者小路実篤『幸福者』。

12月になって、林芙美子『放浪記』、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』、川端康成『雪国』、志賀直哉『暗夜行路』、そして今読んでいるのが、田山花袋『田舎教師』。
そうそう、須賀敦子全集から彼女が訳した ジャン・ジオノ『希望をうえて幸福をそだてた男』と、宮沢賢治『虔十公園林』を読み比べてみたことも。

だらだらと再読本ばかり並べてみたのは、読みながら、若いころの自分があまりにも世間知らずで、無鉄砲で、自意識が強かったのを思い出し、恥をかいてばかりの人生やったと感慨深いものがあったから。
特に明治から昭和にかけての文豪の小説は、10代から20代はじめにかけて読んだものだから、性格形成に大きな影響を与えた。中でも『幸福者』の「先生」の清廉な生き方を手本にしようとしたばっかりに、憧れとした無頼派にはなれなかった。

ともあれ、昔読んだ本を書き出すのは、わが身をさらけ出すに等しい感覚である。
まだまだ無知な田舎者の感性を揺さぶった文字列の山は、本棚に控えている。

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# by rurou-no | 2016-12-27 10:58 | 言葉・本

「トモダチ」と「感謝すべき」のあいだには

金曜日の午前中はこの場へ入れてもらえず、午後になってやっと入れたものの、いつもより長文を書いて送ろうとしたら、またも門前払いの上にせっかくの名文(迷文)も消えてしまった。ええい、ブログなんてもうやめたるわ!と、電脳空間との別離を考えたが、思い直して。・・・今日は無事に入れた。

13日夜、沖縄県名護市の海岸へオスプレイが墜落し、大破した。もともと危ないと定評のあったオスプレイだが、配備4年目にして起きてはならない大事故が発生した。
同じ日の夜、もう一機のオスプレイも普天間飛行場で胴体着陸の事故を起こしている。

海岸の浅瀬へ墜ちた方は、民家から300mの所というから、上空からの認識では「民家の軒先」といっていい。ギリギリのところで大惨事にならなくてよかった。
ちなみに乗組員5人も救助されたそうだ。
そして昨日(19日)から、何事もなかったかのように、オスプレイの飛行が再開した。

この事故で改めて明らかになったことは、駐留米軍が日本政府の上にあるということ。
「日米地位協定」があるがため、重大事故にも拘わらず日本の警察も海上保安庁も事故機に近づけない。むしろ米軍を守るため住民を監視する始末だ。
日本政府も米軍の言いなりで、みっともないほど腰が引けている。政府は体面を保つため、沖縄を踏みつけにして恥じない。

事故について在沖米軍トップ、ニコルソン四軍調整官の「住民に被害を与えなかったから感謝すべき」といった趣旨の発言は占領軍意識丸出しで、少なくとも沖縄はマッカーサーの時代から何も変わっていないことを示す。
東日本大震災時の「トモダチ作戦」も米軍なら、「感謝すべき」と言い放つのも米軍であり、悲しいかな日本はその米軍が占領する植民地であるのが実態なのだ。

15日、ロシアのプーチンが来日。手ぶらでやってきた客を至れり尽くせりでもてなし(カモ料理尽くしで?)、手土産をいっぱい持たせて帰らせた。
北方四島の歯舞、色丹、国後、択捉は先住民アイヌの土地である。ロシア領でも日本領でもない。アイヌに返すべきだし、島民が自由に往来できるようにしなけりゃならん。

18日、サッカーのクラブW杯決勝、レアル・マドリード対鹿島アントラーズの試合は、アントラーズ大健闘で見応えがあった。

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# by rurou-no | 2016-12-20 10:16

ベロ藍に画狂老人溌剌と

しりとりに加えて、ひょんなことから「十七文字で」という決め事をしてしまった言葉遊びだけに、本文と直接関連しない表題があっても気にしないように。

4日、テレビ「日曜美術館」で、谷川晃一さんが取り上げられていた。
一度しかお会いしていないが、評論やエッセイに親しみ、色や形が奔放に展開する絵のファンでもあったので、珍しく朝からテレビのスイッチを入れチャンネルを合わせる。

80歳近い年齢でありながら、伊豆高原のアトリエで旺盛な創作活動をしている日常を紹介していた。8年前に宮迫千鶴さんを亡くしてから、一人暮らしをしているそうだ。
森を歩き、自然の中から感性を得て、線をひき色をのせていく作業は興味深い。
写生をすると形に捉われるから写生をしない、というのもうなずける。

インタビューに応える声は(役立たずの耳のせいで)聞き取れないのは残念だけど、お元気な姿を見られただけでも良かった。色違いの同じデザインの眼鏡を洋服に合わせて使い分けたり、自分で料理をしたり、背筋がまっすぐに伸び、きちんと生活をしている。恬淡とした生き方は、その年齢を感じさせない。

そこで画狂老人北斎を連想して、表題となった。
若冲の時代にはプロシアの紺青=プロシャンブルー(ベルリンの藍=ベロ藍)は高価で貴重な色だったが、時代が下って北斎の時代になると安価で手に入れることが容易になったため、北斎『富嶽三十六景』や広重『東海道五十三次絵』など、浮世絵の傑作を彩ることとなった。

ともあれ、番組を一緒に見ていた連れ合いが「また描きたくなってきた」ともらすほど、心境の変化を促す効果はあった。
禿頭爺といえば、今週はずっと体調が悪くて、暇を見つけては寝てばかりなり。

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# by rurou-no | 2016-12-09 11:00 | 美術

擬音ドレ探すミの音皿並べ

このところ三味線、ピアノ、ゴスペルと音楽三昧の連れ合いが、食事のあと2人のご飯茶碗を箸で叩いて、「ドとレの音になってる」と教えてくれた。
確かに「ド」と「レ」に聞こえる。次に「ミ」の音を見つけようと、皿を並べて探し出したのが表題になった。

ふと小さいころを思い出した。ご飯を待つ間、食卓に並ぶ茶碗や皿を叩いていたら、それぞれ違う音が聞こえてきた。面白くてそこら辺にある物を片っ端に叩いていて、行儀が悪いと叱られたことがある。
もちろん、音階などわかろうはずのないガキである。改めて思うに、この時「音楽」を発見した瞬間だったのかもしれない。少なくとも音の違いの面白さを知った。

ちょうどその頃、中米キューバでカストロとゲバラを中心とした「反バティスタ戦線」が、アメリカの傀儡であるバティスタ軍事独裁政権を倒し、革命政府の樹立に成功したことを知る由もない。
新政府の首相となり、その後国家元首の議長となった「反米帝国主義のカリスマ」フィデル・カストロが、25日(日本時間26日)90歳の長命を閉じたそうだ。

禿頭爺には、カストロよりもチェ・ゲバラがヒーローでありアイドルだった。
同世代であるなら、革命家ゲバラのポスターを部屋に貼っていた向きも多かろう。
ゲバラは禿頭爺中学生の時、南米ボリビアでゲリラ活動中に捕えられ殺されている。

キューバの情報は得にくい日本で、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の音楽と映画に出会えたことは、幸運だった。
経済的に貧しくても、大切なものを失わず豊かに生きる人びとの哲学を学んだ。
なんやかやいうても、カストロはんは偉大な爺さんやった。

それに引き換えわが国の政府は、とうに破綻した核燃料サイクルと高速増殖原型炉「もんじゅ」の代りに、新しく実証炉を建設するとかほざいている。
欲にからんで失敗の反省もない無責任さデタラメさに、禿頭が沸騰してきたやないか。

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# by rurou-no | 2016-12-02 10:53

鈍色の空朝露に地の揺らぎ

19日、早めの昼ごはんを食べ始めた矢先、足下からズンと突き上げられ、続けて小さな横揺れがあった。
数年前から「近い将来」と聞かされてきたのが、いよいよ現実になったのかぁと思っているうちに、連れ合いが「とにかく外へ出よう」と飛び出したので後を追った。

庭で緊張して次の揺れを待ったが何事もなく、まずは情報やとテレビをつけパソコンを立ち上げた。震源地は和歌山県南部、地震の規模はM5.4、最大震度4(ここら辺は3)で、大した被害はなく収まった。

各地で頻発する地震を知らされるにつけ、南海、東南海地震も近づいているとの危機意識が強くなる。津波がやってきたらひとたまりもない町である。
やれやれと安心していたところ22日朝、福島県沖でM7.4、最大震度5弱の地震があった。気象庁は、2011年東北大震災の余震との見解だが、今日も揺れているそうだ。

20日、日曜日に「文化の秋、美術鑑賞ツアー」と名付け(今、思いついて名付けたばかりやけど)、県庁所在地にある近代美術館へ出かけた。
お目当ては『動き出す!絵画 ペール北山の夢 モネ、ゴッホ、ピカソらと大正の若き洋画家たち』という長いタイトルの美術展。

マネやセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、ルノワールなど、当時先駆的な西洋画を雑誌で紹介し、その影響を受けた若き画家たちの展覧会をプロデュースしたのが、和歌山市出身の元祖アニメクリエイター北山清太郎だった。
好きな画家は勿論、名前を知らなかった画家との出会いもあってそれなりに楽しんだはずやったのに、そのあとにあった信じ難い出来事でせっかくの印象が霞んでしまった。

美術館併設のカフェへ立寄ったところ、ここへいちいち書き出しても「そんなことありえへんやろ」と、まともに聞いてもらえないようなことが立て続けに起きたのだ。
そのショックは、夢にまで現れたほどである。しばらくは近代美術館へ行かないようにしよう、カフェへは絶対に入らないようにしよう、と心に誓った。

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# by rurou-no | 2016-11-25 11:04 | 地域

団塊の山高きこそ険し谷

昨夜風呂上がりに「ふぅー、ばったりいた(疲れた)」と口に出したら、連れ合いが「団塊マジックやったんやね」と返してきた。「うまいこと言うなぁ」と禿頭爺。

このところ食事をするとエネルギーの補給より消耗が大きく「ばったりいた」で、寝ると疲れをとるどころか却って疲れが増して目覚めに「ばったりいた」、そして風呂はからだを癒すよりも「ばったりいた」である。何をしても疲れを感じる。

50代半ば過ぎくらいから徐々にからだの衰えを実感するようになり、溌剌と動き回っている団塊世代の先輩たちをみて、「還暦過ぎたら細胞が入れ替わって元気になるんやろ」と勝手な希望的観測をしていた。

そして「谷間の世代」の2人は、目出度く待ちに待った還暦を過ぎた。ところがどうや、何をしても「ばったりいた」を口癖のごとく繰り返す始末だ。
そこで冒頭の「団塊マジックやったんやね」になる。

「風が吹けば桶屋が儲かる」の道理で、戦争に負けて平和と自由と民主主義の世の中になれば子どもが増える。「ベビーブーマー」「団塊の世代」と括られた。この国の成長とともに成長した世代で、とにかく数が多く何事もこの世代を中心にして動いたし、消費経済をリードした。

常に主流にあった彼らが元気なのは当たり前なのだ。それに元気なのは一部の人であっても、数が多いからやたらと目立つ。その何倍もの元気のない老人が引きこもっているのが現実である。と、悔し紛れに分析した。

とにかくこのからだをなだめながら付き合っていくしかないんや。
ぼちぼち、ぼちぼちやっていこらい。

14日、68年ぶりという超特大「スーパームーン」は生憎の雨だったが、翌15日の「十六夜の月」を歩きながらありがたく愛でさせてもらった。

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# by rurou-no | 2016-11-18 15:09

ヒラリーの砕けぬガラス隠し札

よもやトランプが勝てるはずはない、と高をくくっていたのは禿頭爺だけやないやろ。
8日にあったアメリカ大統領選で思わぬ結果が出た。
あの映画監督マイケル・ムーアが予言・警告したとおりになった。

長く権力の中枢で政治家としてのキャリアを積み(だからこそ嫌われた)、経験豊富なクリントンがここまで不人気だったのも意外だった。
もっとも獲得票数は、クリントンの方がトランプよりも200万票ほど多い。ところが各州に割り当てられた獲得代議員数はトランプの圧勝だ。ここら辺が選挙制度のいびつで面白いところ。いずれにせよ次期大統領は、ほんまにやれるのかトランプ、や。

トランプの主な支持者と目される白人中産階級以下の層は、そもそも富の独占をしている張本人がトランプ、そして国境を超えた経済活動が当たり前になっている現代において、時代遅れの内向き自国第一主義を唱えるとますます経済が疲弊していくおそれがある、ことを了解しての投票行動だったのだろうか。

きょうの表題は、想像以上に病んでいる大国アメリカの、女性大統領を望まない「ガラスの天井」と、事前調査に表れなかった「隠れトランプ」の存在を十七文字にした。

それにしても、これほど下品で露骨な差別主義者の大統領が誕生するなんて、と他人事にしてはいけない。この日本もあまり変わらないのだから。
たとえば明らかに差別的意図をもって発せられた言葉を追認、助長する大阪府知事や沖縄北方担当大臣は、その人間性を疑うばかりか即刻公職追放してしかるべきである。

どこもかしこもお寒い限りでやってられまへんなあ。
7日「二十四節気・立冬」、12日「七十二候・地始凍」。南の岬にも日一日と冬の気配を感じるようになってきた。
いかに南の地といえどこれからの季節は要注意、年寄りに冷えは禁物である。それに寒と貧は大敵、誇り高き素寒貧は陽の当たるところを探してウロウロするしかない。

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# by rurou-no | 2016-11-11 14:42

すべからく非戦の誓い「文化の日」

日本国憲法は、1946年11月3日に公布された。
その三大原則とは、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」である。
憲法公布を記念して設けられた祝日が「文化の日」。5月3日の施行日から逆算して公布日が決められたそうだ。以上は中学校で習ったおさらい。

この憲法が画期的だったのは、「戦争放棄」を宣言したこと。
占領軍が作ったから「押しつけられた憲法」だと、大いなる勘違いをしている輩が跋扈しているが、占領軍は日本政府の「憲法問題調査会」が不首尾で、民間の「憲法研究会」の案を参照して草案を起草した。それをもとに政府が制定作業を進め「改正要綱」が発表された、という流れで出来たものである。

何よりも70年もの長きにわたって、この国の根幹をなし大切に育んできたものを「押しつけ論」に矮小化するのは許せない。当時の人びとが新しい国づくりのため、議論を重ねて生み出したものへ敬意をはらうべきだ。

10月27日、国連軍縮委員会は「核兵器禁止条約」の交渉開始を決議した。
123ヵ国が賛成し、38ヵ国が反対、16ヵ国が棄権したそうだ。議論をリードすべき立場にある唯一の核被爆国日本は反対したという。どないなってんねんや。

宗主国アメリカへ義理立てする、属国日本の立場がこんなところで鮮明になるとは。
70年前、広島と長崎へ原爆を落としたのは、米軍機B-29やで。
忠犬アヘ公のポチぶりは、ここに極まった。「核の傘」なんてとうに閉じてるど。

地球温暖化対策の新たな国際ルール「パリ協定」が、今日(4日)発効した。
94の国と地域が締結したというが、日本は出遅れて世界の流れから取り残された。
こんな大事なことを決められないなんて、政府の無策は甚だしい。いったい何やっとんのや。バカの一つ覚えの経済政策も、日銀はとうとう白旗を上げたというのに。

秋が深まり急に寒くなってきた。怒りを熱量に変換してからだの中から温められるやろか。「脱炭素社会」へ、ささやかながら協力したい。

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# by rurou-no | 2016-11-04 16:24

愚図愚図とテレビを前に根を生やす

もしかして初めてかもしれない。プロ野球日本シリーズが始まり、全試合をテレビで観戦している。こんなことって、やっぱり初めてや。
ふだんはテレビで野球中継を見る習慣はないし、贔屓球団はあっても試合結果を翌日の新聞で確かめるだけ。数少ない情報から試合内容を想像して楽しむ程度のファンである。あんまり大きな声で野球ファンとは言えない。

それでもテレビのスイッチを入れたのは、連れ合いが古くからのカープファンであることに加えて、超人大谷選手のプレーを見たいという、よこしまな思いもあった。
それに野村監督時代のカープは好きだったし(森保監督のサンフレッチェが好きなのと同じように)、緒方監督になってからも心情的に肩入れしていた(パはホークス、セはカープと)。

連日4時間の長丁場である。息詰まる熱戦に定位置から動けないまま、(尻に生えだした根を育てながら)カープの応援をしている。
それにしても、テレビを見るのは疲れる。これが球場で観戦していると、球場全体を楽しめて時間もあっという間に過ぎていくものだけど、テレビの画面を通してだと時間もさることながら、からだに負担が大きいような気がする。

さらに長時間視聴の弊害で、目がおかしな具合になってきた。
新聞や本を読んでいても、うまく活字を拾えない。パソコンはとっくにあきらめている(こんなん書いていても)。
目の衰えは今に始まったことではないから気にしない。あと2試合、カープの日本一を見届けるまでテレビの前に居座るで。

「ハイ・レッド・センター」で最後まで存命していた中西夏之さんが23日、脳梗塞で亡くなったそうだ。81歳。
浪曲師の二代目春野百合子さんも25日、亡くなった。89歳。
従軍の経験から戦争を批判した三笠宮も27日に。100歳。

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# by rurou-no | 2016-10-28 16:09

思惟深く美(うま)し踏み足疾風(はやて)過ぐ

ラグビーの平尾誠二さんが昨日(20日)、亡くなったそうだ。53歳だった。
日本のラグビー界の牽引車(とりわけ、2019年ワールドカップを仕切れるのは彼しかいないと思っていた)として、至宝的存在ともいえた。
 
禿頭爺がラグビーの試合を見るようになったのは、スタンドオフの松尾雄治がスターだった新日鉄釜石最強時代(日本選手権7連覇を達成した)である。その釜石に、大学選手権3連覇を成し遂げたセンター平尾誠二率いる同志社が挑んだ、82年から84年の戦いは圧巻だった。

英国留学後、神戸製鋼では黄金時代(日本選手権7連覇)を築き上げる。
現役を引退してからも監督兼GMとしてチームを支えた。日本代表監督を務め、後進の指導にも力を入れた。ラグビー界発展のため多大なる貢献をした。
何よりも、先進的な理論は追随を許さなかった。天はニ物も三物も与えるもの、眩しいほどの恰好良さはミスター・ラグビーを体現していた。

スーパースターゆえ年齢を意識したことはなかったが、改めて若い選手をアイドルとして応援していたことに思い到る。少し前、スポーツニュースでチラッと見た姿は、随分痩せていたので心配していたのが、現実になってしまった。

こんな風にある種の出来事とともに昔を振り返ると、ほとんど成長していない自らと向き合わざるを得ず、愕然とする。
世の中や周りの人へ何の役にも立たないまま、ここまできた。

そういえば、18日に現役引退を表明した、広島カープの黒田博樹投手も恰好良かったな。41歳の若さで、禿頭爺よりずっと落着いた大人って感じがした。
メジャーリーグ名門ヤンキースのエースピッチャーから「男気」で古巣カープへ移籍して、リーグ優勝へと導いた。ストイックなまでに自分を追い込み、チームのことを第一に考える姿勢には惚れ惚れさせられたで。

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# by rurou-no | 2016-10-21 16:39


一瞬を、永遠に
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