一所不住



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月は東に日は西に

雨が降ったのは秋祭りの日だけ、と間が悪い晴天続きの今月であるが、さらにタイミングよく満月の夜だけ厚い雲が出て月を隠してしまった。それでも雲の切れ目から控え目に現われるお月さんは、その光で前面を覆う雲のかたちをくっきりと描き出し、見事な墨絵を披露してくれた。

タイトルは、江戸時代中期の画家で俳人でもある与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」という句の下句の部分である。季節が違うと言うなかれ、たまたま古文書の勉強中に漢語の意味を調べていて、この句を思い出したのだ。
テキストに明治7年県議会へ出した建議書があった。内容は教育の大切さを述べる格調高いもので、漢語が頻出するため、いちいち辞書で意味を確認する必要があった。

一部抜き出すと「嗚呼東烏西兎人ヲ待タス歳月荏苒イツカ・・・」と続く。
はじめは「東の鳥と西の兎」って何のこっちゃ、とお手上げ状態だったが、先生から「これは『鳥』ではなく『烏』と読んだ方が意味が分かる」と教えていただいた。
なるほど古代中国の神話では、月に兎が、太陽に三本足の烏が住んでおり、それぞれの象徴であるという。「東兎西烏」は東から月が昇り、西に太陽が沈む、時の流れの意味になるそうだ。「歳月荏苒(じんぜん)」も、歳月が移り行くという意味である。明治人の教養には恐れ入る。

連れ合いが図書館から借りてくる本がだんだんつまらなくなって、わが家も活字離れが始まるかと思った矢先に、乃南アサ 『水曜日の凱歌』 がやってきた。ズシンとくる読み応えだった。
東兎西烏、歳月荏苒、たった70年前のことも忘れたのか、新しい戦争のため「一億総動員」の掛け声を始めた政府のバカどもめ。この禿頭ジジイは非国民なるゆえその一億には入らぬぞ。

戦争に敗れ、進駐する米兵の「性の防波堤」lとなるべく「特殊慰安施設協会」を国家プロジェクトとして設立した戦後の混乱期を、すぐ近くでつぶさに見ていた14歳の少女、二宮鈴子が主人公である。戦中戦後の「女子挺身隊」の存在をなかったことにしたい連中は、今もって「慰安婦問題」を認めようとしていない。「防波堤」で守られる婦女子と、身を差し出す女の違いはどこに?
日本政府から露骨なイジメや嫌がらせ、差別を受ける沖縄の人と無関心な本土の人。原発事故から避難したまま忘られようとしている福島の人と再稼動に突き進む政府や企業、立地自治体。
「みんな、ずるい」という鈴子のつぶやきを、きちんと受け止めるべきだ。
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by rurou-no | 2015-10-29 12:11 | 言葉・本

車蛍孫雪(しゃけいそんせつ)

「車蛍孫雪」は中国の故事からいただいた。ともに貧しい家庭に生まれながら、車胤は蛍を集めた光で、孫康は月光が雪を照らした明かりで、書を読み勉学に励んだ出世譚である。
卒業式の定番ソング「蛍の光」がこれ。 ♪ 蛍の光窓の雪 書読む月日重ねつつ~ ♪ と歌った。
原曲はスコットランド民謡で、かの地では大晦日のカウントダウン時に歌うことを映画で知った。

連れ合いが還暦同窓会の世話役をしていて、探偵よろしく住所録作成に取り組んでいる。
このほど卒業時338人の大半の連絡先が判明したので、手書きからパソコンへ打ち直す作業を、お安い御用と引き受けた。
少子化により統合されてしまった高校であるが、当時は普通科4クラス176人と商業科4クラス162人、1学年にこれだけの生徒が在籍していたのだ。

振り返れば、小学校はとうの昔になくなった。中学校は新築され昔の面影はどこにもないし廃校も近い。校名が変わった高校といい、「蛍雪」時代を偲ぶよすがが失われてしまっている。
といっても勉学に励んだわけでないから、偲ぶべき蛍雪はもとよりなかったか。

名前、住所のほかに出身地の欄があって、今にして知ることになるが、ずいぶん遠方から通学(または学校近くに下宿)していた生徒が、思っていたより多かった。毎日巡航船に揺られていた能天気な高校生は、だれがどこからどんな思いで学校へ来ていたのか、考えることすらしなかったのだ。土地勘が身についた今だからこそ、地名を聞けばどんなところか頭に浮かぶが、当時は地名を耳にしても知らない所だらけだった。

また現住所を見ても、「あれぇここにおったんかいな」「なんや近くに住んでたやん」「うわぁえらい遠くやな」などと、いちいち反応してしまう。
そして物故者が18人。

さて校正しようと出してきたのが、卒業アルバム。クラスごとに名前と顔写真が並んでいる。
町の写真屋さんが撮った42年前の高校生である。みんなすました顔で写っている。
意外に整った顔立ちが多かったのだと改めて知った。42年後、かつての美少年、美少女がどんな風に変わったのか、ひとりずつ確かめてみたいけど、やめたほうがええやろか。
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by rurou-no | 2015-10-22 14:26

最強の敗者

前回に続き、ラグビーW杯日本代表の動向について。
11日の米国戦は28対18で勝利。1次リーグ3勝1敗の好成績を収めたが、勝ち点差で決勝トーナメントへ進めなかった。3勝しながらベスト8に残れなかった大会史上初めての不運が、「最強の敗者」といういささか残念なタイトルとなった。

エディ・ジョーンズヘッドコーチの元で、身体能力の強化や限界まで追い込む猛練習など周到な準備が「偉業」ともいうべき果実を実らせた。猛者たちの笑顔が何よりも物語っている。
これを機に、この国でもラグビー文化が育ってくれればいいのに、と願う。十数年前は数えるほどの人しかいなかった花園のバックスタンドに、観客が溢れんことを夢見る。

比べるのもなんだが、もう一つのフットボールであるサッカーの代表が変だ。アジア地区予選で弱い相手とばかりやって合わせるのが癖になったのか、プレーの質が明らかに落ちている。
W杯本番で1勝もできなかったメンバーがそのまま残り新陳代謝がないから、試合がつまらんのも当たり前。トウシロが見てもアイデアが足りなく、このままでは次回大会出場も心もとない。
単純にスポーツゲームの面白さを共有したいフットボールファンとして、プロフェッショナルなプレーで魅了してほしいだけなのよ。

13日、沖縄の翁長知事は米軍基地移設に関して、名護市辺野古の埋め立て承認を取り消した。政府は「普天間飛行場の危険性除去」「辺野古が唯一の解決策」と、バカの一つ覚えとも言える卑怯な言説を繰り返すのみで、何ら対策を講じようとしてこなかった。
戦後全国に点在していた米軍基地だったが、事故や犯罪、騒音などが問題となり、本土から沖縄へ集約したのが、国土の0.6%の土地に強制接収によって建設された米軍基地が73.8%も集中するという、異常な状態で今日まで続いた。本土のために沖縄が犠牲になり、人権がないがしろにされてきたのである。

普天間飛行場の危険性は建設当初から変わらない。この間、日本の政府は卑屈な振る舞いで米軍のご機嫌取りばかりしてきた。米国の言いなりになって沖縄の人たちに負担を強いている現状は醜悪ですらある。強きにかしずいて弱きを踏みつけにする態度は許されようはずもない。
このすかたん、と張り倒してやりたいけどできないのが悔しい。
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by rurou-no | 2015-10-15 12:43

ルーティン動作

手に持ったボールを手前方向に2度回してセット、その場で立ち上がり右手を体の芯に合わせてポールの位置を確認、後ろに3歩、左に2歩、ポールに正対して少し前かがみになり左手は体の芯、左手に添えるように右手を上下、拝むように両手を組み合わせる、助走8歩でキック。

南ア戦での勝利により俄然注目を浴びるようになった、W杯ラグビー日本代表のFB五郎丸選手はプレースキック前の独特な動きで、ラグビーを見たことない人にまで知られるようになった。
キッカーはミスが許されないプレッシャーとの闘いでもある。集中力を高めるためメンタルコーチのアドバイスで、感覚まかせだった一連の動作を言語化して、決まり事としたそうだ。

ジジイになった今だからこそ腑に落ちる。準備に時間をかけること、反復することがいかに重要であるかに早く気付いていれば、もっとマシな人間になっていたやろ。それができなかったのは、それだけの器しかなかったということ。悔しいけど自分のアカンとこを認めるしかない。

日本代表は3日のサモア戦に26対5で快勝した。この勝利でスコットランド戦の敗北は、中3日という苛酷スケジュールのせいにできる。それほど強いチームになっていた。
41分WTB山田選手の、相手のタックルを一回転してかわし、右ラインぎりぎりに飛び込んだトライは美しいプレーだった。15人がそれぞれのポジションで献身的な働きをした結果である。

9月26日付新聞の訃報欄より 《福島菊次郎さん死去 原爆や公害などをテーマに戦後日本を撮り続けた報道写真家の福島菊次郎(ふくしま・きくじろう)さんが24日、脳梗塞のため死去した。94歳だった。葬儀は本人の意向で行わない。福島さんは、山口県下松市出身。被爆者の闘病や貧苦を追った写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」で、日本写真批評家協会賞特別賞を受賞した。代表作に「戦争がはじまる」「証言と遺言」などがある。「反権力」の立場で、太平洋戦争の戦争責任追及などを続け、82年から数年間、世相に絶望して瀬戸内海の無人島で自給自足の生活をした経験もある。暮らしのためもあって、彫金や宝石加工でも活躍した。今夏から体調を崩し、入院していた。》

写真集 『戦後の若者たち』 のあとがきに、こんな一節があった。「天皇のために死のうと決心し、どうせ死ぬのなら敵兵を50人ぐらい殺して手柄をたてたい・・・・と、死ぬこと、人を殺すことばかり思いつめて過ごした青年時代がどんなに無知で、惨めなものだったかをその度に、思い知らされ、戦争体験者面をしてきたことに恥じ入った。」
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by rurou-no | 2015-10-08 12:57

猿猴月を取る

「猿猴月を取る」、または「猿猴水の月」ともいう。
猿が、水に映った月の影をとろうとして枝にぶらさがったが、折れてしまって水におぼれたという故事から、ばかなことをして身を滅ぼすこと。また、欲のために命をすて、分に過ぎたことを望んで命をなくすことのたとえ。

去年9月9日の「重陽」だった十五夜、今年は27日になった。昼間は雨が降ったり止んだりで心配していたが、日が暮れるとちゃんと姿を現してくれた。厚い雲が残る空に浮かんだ月はまさに「月に叢雲」、風情ある穏やかな表情を見せていた。翌十六夜の満月はスーパームーンで真夜の中天に輝きを放つ端然とした趣は、地上を睥睨しているかのような堂々たる佇まいだった。

「え」から始まる言葉と、歩きながら見上げた月が重なって、故事のタイトルになった。
意味を確認しようと開いたのが、子どものころ何かの付録で貰ったポケットサイズの 『ことわざ故事金言小事典』。奥付によると、1970年1月30日、福音館書店発行となっている。冒頭の文はここからの引用である。
説明に続いてこんなことが書いてあった。《昭和十五、六年ごろ、日本のお偉い方々は「大東亜共栄圏」という宝物をひどくご所望でござった。こんな小さな島国では、ワシらは思うように手足はのばせぬ。そこで、なりは堂々、心はビクビク、宝物に手をのばした。そろり、そろりと。ところで結局、おぼれたのは、お偉方じゃない、国民でござったワ》

めったに開くものでないから今まで気がつかなかった。他にもないかと探してみたら、こんなのを見つけた。《 「長い物には巻かれよ」 とうてい抵抗することができないような力の強いもの、権力のあるものには抵抗したとてむだだから、あきらめて服従せよ、その方が無難であるとの意。スマートなトイレット・ペーパー君が、ヤボッたいチリガミ君にいいました。「もうおれたちの天下だ。どうだい、長い物には巻かれなよ。」チリガミ君はフン然と答えました。「ヘッ、お前なんかにはハナもひっかけないさ。クソくらえだ!》

この齢になって 『くずし字解読辞典』 『漢和辞典』 と首っ引きの毎日だが、中学・高校時代にもっと辞典と馴染んでいれば、とは「後悔先に立たず」「少年老い易く学成り難し」なり。
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by rurou-no | 2015-10-01 14:11


一瞬を、永遠に
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