一所不住



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自分の言葉で

そんなつもりはなかったのに、前回のような批判的な投稿は後味が良くない。取るに足らない雑誌ごときはスルーしておけばええんや。しょうもなさに引き摺られてしまうから気をつけないと。
さて、気を取り直して。22日は夏至だった。けど、まだ長袖は手放せないとはどういうこっちゃ。

23日の「慰霊の日」にあった沖縄全戦没者追悼式で、高校3年生の知念捷くんが朗読した自作詩に心を突き刺された。この詩に込められた思いを1人でも多くの人と共有したいので、ここへ無断転載することを許していただきたい。

     みるく世(ゆ)がやゆら
  平和を願った 古の琉球人が詠んだ琉歌が 私へ訴える
  「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」
  七〇年前のあの日と同じように
  今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる
  七〇年目の慰霊の日
  大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
  夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
  せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
  クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
  みるく世がやゆら
  「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
  花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
  戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
  九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
  一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
  一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
  南部の戦跡へと 礎へと
  夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
  彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
  亀甲墓に納められた骨壷には 彼女が拾った小さな石
  戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った
  愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
  すべての記憶が 漆黒の闇へと消えてゆくのを前にして 彼女は歌う
  愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
  あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
  軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
  次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
  無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
  七〇年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
  蒼天に飛び立つ鳩を 平和の象徴というのなら
  彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る
  みるく世がやゆら
  彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が
  刻まれた礎に 私は問う
  みるく世がやゆら
  頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
  六月二十三日の世界に 私は問う
  みるく世がやゆら
  戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
  気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
  しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
  伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを
  みるく世がやゆら
  せみよ 大きく鳴け 思うがままに
  クワディーサーよ 大きく育て 燦燦と注ぐ光を浴びて
  古のあの琉歌(うた)よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
  今が平和で これからも平和であり続けるために
  みるく世がやゆら
  潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
  みるく世の素晴らしさを 未来へと繋ぐ

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by rurou-no | 2015-06-25 11:35 | 言葉・本

一言居士

似た言葉に「直言居士」というのもある。「直言居士」は良いことは良い、悪いことは悪いとはっきり伝えることで相手を思いやる懐の深さが感じられるが、「一言居士」のほうはとにかく一言言っておきたいと自分だけしかないような印象か。
ただ前者の正論に対して、後者には愛嬌があるような気がする。
いずれにせよ歯に衣着せぬ物言いは、発言力のない者の代弁者として痛快である。

若いころは年取ったら、直言居士というほどかっこよくはなれぬまでも、一言居士くらいに何かにつけ口出しをして、煙たがられるジジイになるのも面白いかもしれないと思っていた。
ところがこの歳になって気付いたことがあった。老人は何事もよく知っていて性格も穏やかな存在である、というのは作られたイメージに過ぎないのだ。実際は子供みたいに我儘になるだけ。
それに、たいして物知りでもない。これは自分のことだけど。これでは一言は発せられない。

せいぜい、この場へ一言居士的な戯言を書き散らすのが、関の山といったところか。
そこで今日の戯言。カープファンの連れ合いが「黒田のことが載っている」とムック本を持ち帰ってきた。妹が買ってきていたらしい。近ごろ流行っている「日本称賛」本である。
インターネットに投稿された外国人のコメントを集めたもので、「同じだけの反対意見があるかもしれません」と編集・発行人は逃げ道を作っているくらい、ゴミ箱直行レベルの内容だった。

拾い読みをしていて、誰かが言った「便所の落書き」という言葉を思い出した。便所の落書きにはまだユーモアがあるが、この本は都合のいいコメントだけをつまみ食いして、悦に入っているという気持ちの悪さしかない。
これだけすごいのだ、と自慢(自己愛)することで優位に立って相手を見下すというのは、例のヘイトスピーチと根は繋がっている。それにネトウヨ君たちも仲間なんやろな。

まるでこの国のソーリと同じではないか。そうか、ネトウヨもヘイトスピーチも日本称賛ブームもこいつのオトモダチが仕掛けた同じ流れの中にあるんや。まったく困ったもんだ。
この国の行方を左右する重要な国会審議の場でも、質問に答えず中味のない詭弁で誤魔化してばかりいるバカのアベは、国会軽視で懲罰委員会のお仕置きをするべし。知性なき権力者は国を危うくする最大のリスクである。末期癌のように増殖してだんだん手をつけられなくなってきているのが恐ろしい。
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by rurou-no | 2015-06-18 13:47

相撲場風景

また、上方落語からお題をいただいた。
「相撲場風景」は、文字通り相撲見物にやってきた桟敷でのやりとりをスケッチしたものだ。
後半部分は下ネタ気味になり、酔っ払いが寝込んでいる隙に空になった一升瓶へ、そばにいた客が我慢できなくなった小便をしてしまい、目を覚ました酔っ払いは・・・・・
今回はタイトルに頂戴しただけなので、落語の内容はここら辺にしてと。

先週の木曜日(4日)、高校の同級生が病気で亡くなった。
この歳になると、病気で同級生の訃報を知るのは珍しくなくなるが、彼は墓参りなどで帰省のたびに会っていた友人だったから、電話を受けたときのショックは大きかった。
最後にひと目顔を見たいと、痛い足を引きずって友人が住んでいた神戸へ向かった。

3年ぶりに他所へ出た。といってもほとんど電車の中で、乗り降りする大勢の人混みと電車の窓から見えるビル群が都会の記憶として残った。かつて自分もここにいたと思うと不思議だ。
そこで出てきたのが、「相撲場風景」ならぬ「電車内風景」。
以下は戻った翌日、連れ合いに話して聞かせた田舎者ジジイの道中譚の一部。

紀伊半島は紀南、中紀、紀北と気候・風土に地域性があり、電車で北上していくにつれ沿線の景色が表情を変えて目を飽きさせない。
この時季は田んぼに植わった稲の生長が顕著だ。紀北地区は田植えの真っ最中だった。
大阪に入った途端、色彩が消え無機質な建物ばかりが目に付くようになる。
電車の中の人は誰も彼もがうつむいて、手の中の小さな画面を見ている。ここでは色彩とともに人間の感情も消えてしまう奇妙な感じがした。彼らにとってリアルなのは、すぐそばに立つ体温を持つ人ではなく、画面の向うにある世界のほうなのかもしれない。

SNSでメッセージのやりとりをする娘さんに思わず「大変やね」と声をかけたくなる。
これからデートなのか、ぐるなびでレストラン情報をチェックする若者。
50代と思しき人は堂々とタブレットを開いていた。スマホでは画面が小さいのやろな、ご同輩。
精一杯ドレスアップした7人の若い女性グループは、友人の結婚式のガーデンパーティー帰りと見受けた。その横でほほえましく見ている母親世代の女性、あるいは派手な恰好を点検するような視線の人も。花の盛りの彼女らは怖いものなしや。
ジジイには過剰な装飾は「過ぎたるは猶及ばざるが如し」になると思うが、余計なお世話か。

阪神間は垢抜けしていて、環状線には個性的な人が目に付いた。みんな周りを気にしていない。それが都会で生きていく術なのやろ。ふだんあまり人と交わらないイナカモンは、勝手に他人を観察し、その人生を思い描くのに忙しい電車内であった。
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by rurou-no | 2015-06-11 14:10

万事休す

去年よりひと月も早く例の風が吹きやがったぜ、ちっ!
こうなると行動が制限されて、やるべきことが先延ばしされる。
春先のアレと同じく恒例の季節モノだ。野菜やないねんから、かなんなぁ。たのむで。

日曜日、いつものところに違和感があった。あれっ、ちょっと早い気がするけど、と思いながら知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいたものの、夜、布団に入ってからいよいよ確信に変わり、座ったまままんじりともせず朝を迎えた。
朝一で医院へ行ったのは言うまでもない。今は痛み止めでなんとか平常心を保てている。

こんなんで「万事休す」とは大仰なので、スポーツの話題から万事休すを2つ。
プロ野球、オリックス・バファローズの森脇監督が2日、休養を発表した。今シーズンは優勝候補に挙げられていたにも拘らず54試合終了時19勝34敗1分の成績で最下位、自力優勝が消えた。不振の責任を取らされた事実上の解任である。これは気の毒だ。問題はフロントにあり、オフの大金を注ぎ込むだけの「大型」補強が失敗だったに過ぎない。昨シーズンは優勝争いをするほどいいチームが出来つつあっただけに、編成が補強のポイントを間違えた。

国際サッカー連盟のブラッター会長が2日、スイス・チューリヒのFIFA本部で辞意を表明した。5月29日に5期目の会長に選ばれたばかりだった。こちらは副会長らが起訴された巨額汚職事件で腹心の事務局長にまで捜査の手が伸び、自身にも及びかねないと万策尽きたか。
ブラッター会長の金満体質は前々から指摘されていたことで、サッカーボールが金の成る木の実であると世間へ知らしめた。長く権力の地位に居座っていると腐敗していくのは世の常だ。

からだが思うに任せない手慰みではないが、連れ合いが図書館で借りてきてくれた、池澤夏樹編集の 『日本文学全集 中上健次』 を再読、熟読した。『鳳仙花』をメインに、『半蔵の鳥』など短編5作、『古座』『紀伊大島』2作のルポルタージュが編まれている。
よく知る土地や通りが舞台となっていて、活字を追う目にそこで登場人物らが生き生きと動く映像が重なる。ややもするとその中へ入り込んで、同じ空間に立っている錯覚すら覚えるほど、現実と小説世界の境界が曖昧にあやしくなってくるのである。

<「昨日と同じ」「あたりまえの」「普通の」と形容されそうなその光景が、夢の中のように、幻のように、見えた。> <眠って、起きるたびに現われる世界は、奇妙で、少しおそろしくて、そして、いつもうつくしい。> (柴崎友香)
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by rurou-no | 2015-06-04 13:57


一瞬を、永遠に
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