一所不住



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議会も変わらなければ

季節はずれの、という言い方も異常が尋常になってしまった気候の前では、いずれ通用しなくなってしまうかもしれない。この薫風の時季に熱中症の症状が出てダウンした。わずか2時間半ほど外で作業をしていただけやのに情けない。たしかに2時間くらい経ったとき眩暈がして予兆を感じたが、あともう少しで終わるからと無理をしたのがいけなかった。

3日めになってもまだ、鈍痛で頭が重い。自分のからだが離れたところにあって思うようにならない。食欲がないのに無理やり食べようとして胃痛になった。
快癒にはまだ遠い。からだの自然治癒力も、老体で力を発揮しなくなってきているようだ。

耄碌ジジイの近況はさておき、今日の本題だ。
4月の選挙で当選した聴覚と言語に問題を抱えている議員のために、東京都の北区議会は、発言を文字に変換して表示し、パソコンへ打ち込んだ文字を音声に変換するシステムを導入したそうだ。今では当たり前になっているバリアフリーの概念も、車椅子使用の議員の登場によって広く知られることになった。

こうして少数者の立場を理解し、彼らが生きやすい社会にしていくことこそが多数者に求められている。なぜなら少数者に基準を定めることによって、誰もが恩恵を受けるからである。
そこで、世の中の半数を占めているのに議会にほとんど女性議員がいない歪さに思い当たる。
この件はこれまでさんざん述べてきたが、すぐにでも議員の半分を女性にすべきである。
国会も比例区当選者を男女半々にするのは簡単なことだ。各党で決めるだけだから。
議会も変わらなければならないのは、不毛な国会をみれば一目瞭然である。

少し前に取り上げた、節電生活実践者のアフロ記者は、思わぬ批判にたじろいでいるみたいだ。勝手に節電生活を楽しんでいるだけなのに、節電を強要されているとお門違いの思い込みがそうさせるのか、勘違いも甚だしい。多数者の論理だけで少数者を認めようとしない世知辛さは、強者だけがのさばり弱者が切り捨てられていく社会の病巣を表している。

改めて、違うことが豊かさを生み出す、という原点に立ちたい。
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by rurou-no | 2015-05-28 14:02

「都構想」騒ぎ

この1週間といえば、1932年と1972年の5月15日を思い出すが、しりとりの都合もあり日々の出来事から隣県大阪で17日にあった住民投票をタイトルにした。
いったい「都構想」騒ぎとは何だったのか?テレビが生んだトリックスター、詐術師ハシモトが仕掛けた大大阪へ君臨せんとする野望は、約1万票の僅差で否決された。

二重行政のムダを解消するという問題提起はそれなりに説得力を持つかと思ったが、その目指す方向は残念ながらまやかし以外の何物でもなかった。
ここら辺は大阪市民も敏感に感じ取ったのだろう。といっても政治屋どもが跋扈する世界ゆえ根回しや裏取引など、公正に賛否を競うキレイごとにはならなかった面もあるようだ。

とにかく結果が出た。現状を変えることを望まない方が多数を占めた。勝者側はこれからさまざまな課題に向き合う責任が生じることを肝に銘じてもらいたい。
僻村の陋屋に引きこもるジジイも注視していたのは、その結果次第ではこの国の行方が左右されかねないという憂慮があったからである。

詐術師ハシモトは詭弁バカのアベと気脈を通じ、勢いに乗じて一気に憲法改正へ突き進む企てがあったのは周知のとおり。下手をすると17日は暗黒政治の始まりになったかもしれなかった。
これで風向きが変わったと思いたいが、そない甘いもんやおまへんやろな。
沖縄では3万5千人の反基地県民集会が開かれ、アメリカではまたオスプレイが墜落した。

不穏な空気は田舎の町でも無関係ではいられなくなってきている。
始まりの地としてトルコ友好125周年の式典が近日行われるに当たり、警備の厳重さの度合いが増しているそうだ。聞くところによると地元の住民すら簡単に立ち入れないようになるという。
これは何を意味しているのか。こうしてじわじわと異常事態に馴らされていくのやろか。

作家の車谷長吉が17日、誤嚥性窒息で亡くなったそうだ。69歳だった。
その露悪的な作風は、読者に鋭利な刃を突きつけるかのような烈しさがあった。
そんな小説を、いつもうれしそうにニヤニヤしながら読んだ。どんな精神構造してるんや。
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by rurou-no | 2015-05-20 14:51

老爺の戯言

週に一度の更新(あくまでも努力目標)を課しているのでパソコンを開いたものの、さて何を書こうかと苦し紛れのタイトルは、このブログのサブタイトルのようになった。
老爺といってもやっと還暦を迎えた齢は自分ではまだ若いつもりだが、同い年の者を見るとしっかり爺さんになっているのが多いから、あんな風に見えてるのやろな、と。

2006年に始めて1年、途中2年半のブランクがあって10年から5年間、都合6年2ヶ月にわたって書き続けてきたのは、まさに「老爺の戯言」であった。単にそのころ何を考えていたのか、メモ代わりくらいのつもりだった。隠すほどのものではないし、数少ない読者へのメッセージとして、こっそり書き残せたらと思う。

3ヶ月ほど前になるが、国際的なジャーナリスト組織「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング」が発表され、日本は61位にランクされていた。ちなみに隣の韓国は60位。
民主党政権時代2010年には11位だったのと比較すれば、どれだけ報道が劣化しているか自明である。私たちにとっては知る権利とともに、言論の自由が封殺されているということだ。

大手メディアが政府の広報宣伝機関と堕してしまった実状は極めて危険である。
本来なら、憲法違反をしまくっているバカのアベを確信的犯罪人として告発すべきだ。
こやつはアメリカの国会で演説の場を得たいがために、これまで以上にアメリカのポチになるとオバマの靴を舐めながらほざきやがった。許しがたい売国奴め。

この国の美徳であった非戦の誓いが、いとも簡単につぶされようとしている。そして「翼賛体制」が着々と実行に移されようとしている。
残念ながら真実を知らされない国民は巧妙な情報操作によって騙され、誘導されてしまうのは歴史が示すとおり。
更にやっかいなのは、学習によって得られる程度の事実にすら目を向けないで、根拠もなくこうあってほしいという思いだけで、ありもしない事実をでっち上げてしまうバカな連中の存在だ。

ジジイの繰り言というなかれ。広く世間を見渡せば、声が大きくエラそうにしている奴らのデタラメぶりがよくわかる。だれが確かな覚悟を持って責任ある言葉を発しているのか見分けよう。
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by rurou-no | 2015-05-13 14:52

琥珀色

なんやかやいうてる間にもう「立夏」やてか。たしかに日中の日差しは夏のそれに近づいているが、朝夕は冷え込むせいで身に着けるもので調整するしかない。
これも多少の温度差なんて平気だったのは、細胞が活発に活動していたころの話。還暦ジジイには暑さ寒さは身体へ直球でぶつかってくるから、自主防衛に忙しくなる。

世間的には「黄金週間」と名付けられた、強迫的にレジャーへ繰り出させられる日々がやっと終わった(あるいは日曜まで続く?)。ふだんは閑散としている「望楼の芝」も、この期間と盆休みだけはキャンプ場として芝を開放するためファミリー用テントが乱立することになる。
どのテントもキャンプ用のキッチンやテーブル、バーベキューセット一式などを持ち込んで、カタログ通りのキャンプをやろうとするから大量の荷物が芝にあふれる。そしてゴミも。
そんな非日常空間を横目に地元の民は日常のまま規則正しく歩き、時には要望に応じてバイクの兄ちゃんらにカメラのシャッターを押してあげたりするのである。

あくまでも他人事を装っているが、田舎には休みにあわせて「法事」があったりして、迎える側はなにやかやと大変な思いをする。連れ合いは3夜連続の宴会で、いささか疲れ気味だ。
前振りが長くてネタのスペースが少なくなってきた、というより「こ」から始まるタイトルとそれに合うネタがなかなか出てこないので、前振りを長くしたのが真相かもしれない。

「琥珀」という名の喫茶店があった。桟橋の近くに「園」があって、駅の近くには「グッピー」、その中間に位置していた。ふと思い出したのは高校生だけで喫茶店へ出入りしてはいけないと禁止されていた(もちろんそんなのは無視していた)時、大人と一緒ならOKということだったから、それならと若い先生らを誘って行った(なんちゅう高校生や)のが琥珀だった。先生らも生徒と一緒に行ってくれた大らかな時代だった(しかもこの店は同級生の家が経営してた)。

琥珀からの連想で、琥珀色(アンバー)が好きでよく舞台で使ったことを思い出した。
室内劇だとブルーの地明かりにアンバー、明るさを押さえたホワイト、少しだけピンクを足して。夜の街へ出れば街灯がぼんやりと点く。黄昏時はダークブルー、パープル、そしてアンバーの組み合わせで時間の経過を表現、なんてことを始終考えていたのは遠い昔だ。
LED全盛の近ごろは情緒もへったくれもない。と、そろそろ余白が尽きた。
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by rurou-no | 2015-05-06 15:14


一瞬を、永遠に
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