一所不住



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打ち水は逆効果

新聞で面白い記事を見つけた。
「真昼の打ち水、実は逆効果」との見出しは、以前から抱いていた疑問をすっきりさせてくれるものだった。やっぱり、そやと思ってたんや。

夏に「地球温暖化対策」とか「ヒートアイランド現象対策」とかいう名目で、子どもたちを動員して「打ち水イベント」なるものが流行っているらしいが、なんか違うような気がしていた。
みんなでいいことしようパフォーマンスは気持ち悪くて、どうしても色眼鏡で見てしまう癖がある。

「気化熱で涼しくなる」ともっともらしく喧伝するが、土の上ならともかく、真夏のアスファルト路面に水を撒いたところで(記事中の言葉をそのまま使うと)「焼け石に水」なのは、素人考えでもわかる。

打ち水は、蒸し暑さを助長することになりかねないから節電効果も得られないのだ。
夏の節電にはエアコンを止めるのが一番。甲子園の高校野球をやめればいい。どこの家でもエアコンとテレビが点きっぱなしになって、電気の消費量は半端じゃないと思う。

科学的な検証もないまま、気分で物事を進めるのは良くないという例だ。
では、これは?桐生市議会の庭山由紀議員が24日、ツイッターで「献血の車が止まっているけど、放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか?」とつぶやいて、抗議が殺到しているそうだ。

発言は直截だが、被曝した血液は輸血しても大丈夫なのか、という問題提起である。
ここでは、放射能汚染地域住民への差別であるとか傷つけるとかの批判は当たらない。
それに対して赤十字の見解は「献血は通常通り受け付けています」だった。答えるべき内容は医学的にどうか?ということなのに、それには触れていない。

感情論に流されるのは危険だ。当局は誰にでも分かりやすいデータを示して説明をする義務がある。不安を解消するにはそれしかない。それとも隠したい理由があるのか?
ますます疑心暗鬼になってしまうやないか。
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by rurou-no | 2012-05-28 12:12

理にかなう

近ごろ特に感じる、といっても昔はどうだったかそれほど知っているわけではないのだが、自然環境の悪化とと同じように、人間の精神の悪化が目立つような気がするがどうだろう。

倫理の欠如、秩序の乱れなど、生きていく上で不安な要素がますます拡大して困ったことになっている。人間って、こんなに性悪な動物だったのか。
もっとも今さらそんなことに驚いている甘さが、まともな社会生活を営めないところへ追いやられている今の自分なんやろなぁ、と嘆息する。

とまぁ、天空に光るリングを見たあとだというのに、いきなり暗い書き出しになってしまったが、これこそ理にかなったあり方だと評価したことに触れておきたかったので、今回のタイトルとなった。

今月15日に就任したフランスのフランソワ・オランド大統領が指名したジャン=マルク・エロー首相は、大統領の公約どおり内閣を構成する大臣と大臣補佐官を男女同数とした。
ただの数合わせでなく、それぞれ専門分野に配慮した組閣は実務型といわれている。
それでも重要閣僚は男性が占めているのは、初めてのことで過渡期だからと思いたい。

当たり前にあってしかるべき事が画期的なニュースとなるのは、それだけ社会のシステムが不公平に出来ている証である。この国はいつになったら変われるのか。

わざわざここに書くのもアホらしいほど、利潤を貪るムラ社会に巣食うジジイどもの体たらくはみっともない。欲に目が眩んで判断能力を失い、テメエのポジションを守ることに躍起になっている連中には、人としての道理もへったくれもないらしい。

もっとちゃんとしようよ、と呼びかけるのも空しいほど、正義の価値観が崩れ無責任と出鱈目、不条理が蔓延る世の中にあって、理にかなうやり方を通していくのはキツイやろな。
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by rurou-no | 2012-05-26 11:25

美は天空にあり

「辺りは俄かに暗くなり、突風が木々を揺らした」
古い記録で読んだのはこのことか、とそのとき周りを見回し強風にからだをすくませた。
日本列島では1987年9月の沖縄で観測して以来、25年ぶりだという「金環日食」があった。

紀伊半島の南端が完全なリングを観測できる中心線上に位置してる、なんてまたとない機会だからと早めに日食グラスを手に入れて、この日を待った。
問題は天気。昨日の昼ごろから落ちてきた雨は夜まで降り続いたが、朝になると上がっていた。

私たちが観測場所に選んだのは、この潮岬台地でも最も高いところにある共同墓地の駐車場。
一緒に見たのは幼稚園と小学校に通う姉妹とその母親。お互いが持ってきていたグラスを交換しながら楽しそうに観測していた幼い2人は、今日のことをどんな風に記憶するのだろうか。

雨上がりの空は、雲が三層に重なり東から西に向かって流れていた。それぞれスピードが違うため、雲の切れ目から太陽が顔を出す。ゆっくりと時間をかけて月と太陽が重なる様子を観測するには、時おり雲に隠れるのはちょど良いインターバルだった。

午前7時半ごろ、美しい金環となった。
観測中、日が照ったり翳ったりを繰り返していたが、そのとき一段と辺りは暗くなった。風は朝から上着を着ていても寒いくらい吹き続けていたのが、さらに強い風がうなりを上げた。

ともあれ、天空に輝くリングと地上の変化が、妙にも奇妙にも感じる時間だった。

太陽の活動が弱まっているとかで、本来なら初夏の陽気があってもいい季節なのに、気温は上がらず冷えたからだはなかなか温もらない。
地球温暖化より寒冷化の心配の方がリアルな様相となり、異常気象が常態化してきている。
こういう時、天変地異というものがやってくるんやろなぁ、と途方に暮れるしかないのか。
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by rurou-no | 2012-05-21 15:50

苦悩する日々

先日の日曜日に実家へ顔を出したら、母親から片付けしてたら出てきたと渡された物があった。
「国立西洋美術館」と表に印刷された大きな封筒には、自分でも忘れていた20歳前後の証拠物件ともいうべき痕跡の数々が収まっていた。

18歳で上京して、まず向かったのが上野駅。
「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」(啄木)
自分が到着した東京駅に比べて、意外に小さかった印象がある。停車場の雰囲気はまだ残っていたころで、啄木が詠った同じ場所に立って感慨ひとしおであった。

たぶんその脚で上野公園内の西洋美術館へ立ち寄ったのだろう。田舎では本物の絵画に触れる機会はほとんどなく、飢えていたともいえる。外国、とりわけ西洋への憧れが強かった時期だ。
東京では最寄の駅から大学へ行く下りの電車より、都心へ向かう上り電車へ乗って、池袋や新宿などの映画館へ通ったことのほうが多かった。

誤魔化しようのない証拠品といえば写真。どれもこれも羨ましくも恨めしい長髪だ。
金沢市の勤労青少年ホームへ出入りしていた時、仲間と砺波市のチューリップ公園へ遊びに行った集合写真。それからソフトボール試合の写真。右手にグローブをしている。

何枚もあったのが、高校時代の悪友3人で金沢と能登を旅行した時のもの。
両親と奈良へ行った時の写真もあった。
ほかに京都の手話サークルのメンバーとの集合写真も。

大勢で写っている写真で思い出せないのがあった。古い校舎の前で50人くらい並んでいる。確か、京都の北山の方でハイキング道(鯖街道?)を清掃・整備するボランティアだったか、そんなようなもので行った時のだったと思う。

どの写真にも若々しい自分の姿が記録されている。楽しそうだが、迷い悩み多き日々だった。
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by rurou-no | 2012-05-18 13:50

怒髪衝天(どはつ てんをつく)

1972年5月15日、沖縄の施政権がアメリカから日本へ返還された。
メディアでは「復帰40年」としているが、どうもこの「復帰」という言葉に違和感があった。
沖縄生まれのライター、知念ウシ(ちにん うしぃ)さんは、「施政権の日本移管」「日本の琉球再併合」という言い方をしている、と知って腑に落ちた。

琉球国(るーちゅーくく)だった沖縄は江戸時代、薩摩藩に侵略されその影響下に置かれた。
明治維新後の1872(明治5)年、政府は琉球藩として強制的に日本に組み入れる。79年、日本の方針に従わない琉球国に対し、明治政府は軍隊を派遣し武力制圧する。これが「琉球処分」。

廃藩置県で琉球は沖縄県となる。
太平洋戦争末期、日本軍は「本土」を守るため、沖縄諸島で住民を巻き込んだ最後の地上戦を強行し敗北する。沖縄県民の4人に1人が亡くなったとされる。
敗戦後1952年の講和条約により、琉球政府となってアメリカの施政下に入る。

今日まで60年間、沖縄がアメリカの軍事占領下にある状態は変わらない。
いみじくも、昭和天皇が連合国軍総司令部に希望したとおりになっている。
国内にある米軍基地の74%が沖縄に集中しており、ベトナム戦争当時は最前線基地となった。

「基地の中にある島」に暮らす人びとは、土地を奪われ安全を脅かされ多大な犠牲を被ってきた。我慢にも限度がある。怒りは「怒髪天を衝く」ほど激しいものであろうと想像する。

彼らの怒りは、「ヤマトンチュ(大和人=日本人)としてお前はどうするのか?」と問いかけているのだと思う。こんなとこへこんなことを書くことしかできないのが悔しいし情けない。
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by rurou-no | 2012-05-15 16:00

オランド

6日にあったフランス大統領選決選投票で、フランソワ・オランドが現職を破って当選した。
あれっと思ったのは、5年前の大統領選のとき、フランス初の女性大統領を目指したセゴレーヌ・ロワイヤルのパートナーだったのが、このオランド氏である。

同じころ、アメリカでもヒラリー・クリントンがアメリカ初の女性大統領を目指していて、仏米両国で女性大統領誕生を期待させたが、ロワイヤルは大統領選でサルコジに敗北、クリントンは予備選でオバマに負けて民主党候補者にすらなれなかった。

ドイツでは先にアンゲラ・メルケルが同国初の女性首相となっており、独仏米三国のトップが全員女性になったら画期的であると、いささかなりとも願う気持ちはあったがまだ時期尚早だったのか。
賛否はともかく、欧州連合をしっかりリードしているメルケルの仕事ぶりをみると、もし3人の女性がリーダーだったら世界の政治状況はどうなっていたか、とありえない想像をしたくなる。

翻ってわが国は、と考えるのもアホらしいくらいだ。男性優位のシステムは揺るぎなく、長年の一党支配による腐敗の滓は、政権交代してもちょっとやそっとで拭えるものでない。
柔軟な発想と大胆な変革は望むべくもないのが現状だ。少なくとも原発推進派だったメルケルは福島第一原発の事故後、脱原発へと方針を転換した。

官僚のコントロール下に置かれている政府への不満は、威勢のよさを売り物にするアジテーターを応援することで解消しようとする、いびつな心理状態がはびこって不穏な雰囲気が漂う。

オランド氏に戻ろう。彼は5年前の選挙後にロワイヤルさんと別れ、新しいパートナーを得た。バレリー・トリユルバイレールさんはジャーナリストだそうだ。ロワイヤルさんともトリユルバイレールさんとも届出をしない事実婚関係だというのが、いかにもフランス人らしい。

オランド氏は小生と同い年。ちなみにメルケルさんも同年齢だ。
同じ年齢で活躍している外国のリーダーたち。
まだまだ老け込むには早いとの自戒を込めて、「オランド」を今回のタイトルにしてみた。
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by rurou-no | 2012-05-10 11:06

ルビオ

ブログを始める時に、どうせ自己主張と自己満足の場になってしまうやろなと思い、それはあまりに恥ずかしいから何か約束事で遊びたかった。一つは写真を入れない。二つめとしてタイトルにルールを設定すること。そして三つめは文章の長さを同じくらいにする。

最初は数字を1から順番に20まで。次は、いろは歌を追いかけた。
今はタイトルをしりとりしている。

調べてみると2007年2月17日、連れ合いがしりとりしているのを真似て言葉つなぎしようと、前の日が「ピナクルス・デザート」だったから「砂の女」「女道楽」と続けた。
それが10日後には「太陽の塔」から「トーテムポール」「ルキノ・ヴィスコンティ」と、しりとりに。

以来、順調につながっていたのがおかしなことになってしまった。
前回「ロールモデル」を投稿したら、その上にどういうわけか「無責任極まれり」が貼り付けられていた。管理者さん、いったいどないなってまんねや?

ちなみに4月は「見晴らしよし」「静こころなく花の散るらむ」「無責任極まれり」「リベンジ」「ジオンゴ」「五右衛門風呂」の順番である。そして「ロールモデル」の次が今日の「ルビオ」。

これは友人の息子の名前。なかなかカッコイイ名だと思う。どんな字を書くのか聞いたはずだが忘れてしまった。今回は彼のことがテーマではなく、近ごろの名付けについてだ。

手元に町の広報がある。出生児氏名欄を見ると「陽葵(ひなた)」「妃奏(ひな)」「音色(ねい)」「流寧(るね)」「澪音(れん)」。なかなか読めん。画数が多くて書くとき面倒やろなと余計な心配をしてしまう。まぁ、流行やからこんな風になるのやろけど、こんなんでええんやろか。

と、ここでだいたい1回分の長さになってしまった。
前置きが長すぎて、本題でボヤく間もなくおしまい。
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by rurou-no | 2012-05-07 11:31

ロールモデル

とうとう、この日がやってきた。
国内で唯一運転していた北海道電力の泊原子力発電所3号機は今日午後11時ごろ、定期検査のため発電を停止する。午前2時ごろに原子炉が停止し、7日には冷温停止状態になるとのこと。

すべての原発が止まるのは1970年以来、42年ぶりだという。
これでいい。このままでいい。
これから先、原発がなくてもやっていけることを証明していくだけである。

原子力の利権を失うまいとする連中は、「経済が空洞化する」だの「ボディーブローのようにじわじわと影響が出てくる」だのとほざいているが、これまで散々嘘を重ねてきたくせに、恥を知れ。

事故が起こるまで「原発で発電した分の電気代は支払いません」「安全というなら東京に原発を」など市民運動、住民運動レベルの小さな声は黙殺されてきたし、原子力発電の危険性を訴えてきた専門家ですら相手にされなかった。

今や、だれが嘘をついていたのか明らかになったではないか。もう、騙されない。
現実に数万人が生活を営んでいた土地は、立ち入ることができない「死の町」となってしまった。政府は莫大な予算を除染作業に投じるそうだが、その金は日々の暮らしを奪われた人びとへ回すべきである。

ことが起こってからでは遅いが、起きてしまったからには、そこから学ばなければいけない。
40年前に始めているべきだった自然エネルギー、再生可能エネルギー社会の実現。そのロールモデルとして世界をリードしていく立場に、事故後の私たちは置かれている。

そう、戦争放棄の平和憲法が世界中からロールモデルとされているように。
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by rurou-no | 2012-05-05 15:46


一瞬を、永遠に
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