一所不住



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下劣なメディア

とかく人の悪口を書くときは筆が走る(パソコンの場合はキーボードの上で指が踊り出すとでもいえばいいのか)。「げ」から始まるタイトルはポジティブで明るい言葉になるはずだったが、前に書こうと思ってそのままになっていたことを思い出したので、いささか品の無い「下劣」がタイトルになった。

ちょうど今日の新聞でも、池上彰さんが「安易な批判で問題隠すな」と、そのことを取り上げている。そう、鉢呂前経産相の「死の町」発言における、マスメディアの悪意に満ちたキャンペーンである。この報道があった時、前大臣は捏造記事によって嵌められた、と直感したのは今になってみればあながち間違ってはいなかった。

マスメディアはこれまでも問題の本質から目をそらすために、しばしばこうしたすり替えで意識操作を行なってきた。メディアの社会的役割とは名ばかり、報道人としてのプライドもへったくれもない性悪でどす黒く汚れた品性しか持ち合わせない輩、が大きな顔でのさばっている世界であることを忘れてはならない。

問われなければならないのは、なぜ人が住めない町になったのか、誰がそうしたのか、再び人が住めるようになるのか、どうすればそれが可能になるのか、それはいつなのか、こうした惨事を繰り返さないためには何をすべきなのか、だ。極めて深刻な事態を前にして報道の仕事を放棄しているとしか思えない。

「福島県民の感情をないがしろにした発言」なんてほざく奴等、お前らこそ他人事やないか。
放射能禍から避難した人びとの気持ちを考えたら、あんな報道は出来ないはずだ。

同じ紙面で元毎日新聞記者、西山太吉さんの顔写真が出ていた。彼は、1972年沖縄返還交渉における日米政府の密約文書の存在を明らかにしたが、不倫問題に矮小化されて、政府の国民への欺きを誤魔化した。

2004年、イラクで人質となったボランティアの青年が「自己責任」という言葉でバッシングされた。そしてメディアは時の権力者が自国民を見捨て、戦争加担したことを正当化してしまった。

共通するのは都合の悪い本質を覆い隠すため、意図的に問題をはぐらかしていることである。
報道を信用すると大きな罠にはまってしまう。騙されないよう、せいぜい行間や言葉の裏側まで読む力を養っておかねばならぬ。
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by rurou-no | 2011-09-30 13:48

「千両みかん」の下げ

昨日昼ごはんのとき、一緒に仕事をしたボランティアの人からみかんをいただいた。
そういえば数日前、早生みかんの出荷があったと新聞記事が伝えていたのを思い出した。
旬の食べ物は季節を教えてくれるが、それにしても早過ぎないか?みかんは炬燵の中で、のイメージ(といってもわが家には炬燵はない)やけど。まぁそんなこは気にしないで、ありがたく頂戴した。

上方落語の「千両みかん」は、下げのおかしさが身につまされる。噺の流れで下げの前から番頭さんの行動が予測できるだけに、物悲しいから大笑いしてしまう。

船場の大家の若旦那が病で寝込んだ。大坂一の名医に診てもらったところ「気病」(神経症)との診断が下った。大旦那は心配で、番頭にせがれが何を思いつめているのか聞きだすよう命じたところ、若旦那は紀州のみかんが食べたいという。季節は真夏、番頭はあるはずのないみかんを探して町へ出る。暑さで頭がおかしくなったと思われたり、「無いモン買い」のいたずらと間違われたりしながら天満のみかん問屋へ辿り着いた。

たった1個だけ腐らずに新鮮なまま残っていたみかんが見つかり、事情を知った問屋さんは代金はいらないからというが、番頭さんは「時期はずれで高いのは承知、金に糸目はつけないから」と見栄を張ったため、千両の値を付けられる。大旦那はせがれの命が千両で買えるなら安いもの、とポンと千両を出した。

若旦那は大喜びでみかんを食べる。ひと袋あたり100両のみかん、100両、200両と若旦那の腹の中へ消えていく。最後に残った3袋を前に番頭さんは、20年奉公して暖簾分けのときに持たしてもらうのがせいぜい40~50両、目の前のみかん3袋が300両、しばらく思案して「え~い、ままよっ!」と、みかん3袋持ってどっかへ行ってしもた。


貧富の差の不合理は、いつの世でもどこの土地でもついてまわる。一般的な評価では貧乏のどん底にあるはずの小生には、番頭さんの行動は他人事でない。自分でもやってしまうかもしれないとさえ思う(やらないけど)。
猛威を振るう自然を前にして人間は等しく無力ではあるものの、そこにもやはり格差が存在していることを知る今日この頃である。
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by rurou-no | 2011-09-26 14:34 |

面あわせ

朝、ボランティアセンターで受け付けを済ませると「マッチング」というのがある。
ボランティアを求めている内容に応じてそのことが出来る人を手配する作業で、厳密には個別に細かく対応していくためのものだが、現場はそんな悠長なことはしていられない。

家屋の浸水被害は、古座川流域で800軒を超えた。
今手伝いが必要とされるのは家の中の泥だし、家具や畳の運び出し、洗浄、片付け、掃除などが主な作業だ。というわけでボランティアセンターでのマッチングも、とりあえず登録を済ませた順番に必要な人数でチームを組んで依頼先へ出かける形になる。

即席のチームは毎日顔ぶれが変わる(偶然3日前と同じメンバーになったこともあるが)。
その日初めて会った人同士だから円滑な作業を行なえるのか多少の不安(実際に作業を始めると、みんな積極的に動いてなんら問題はない)はあったものの、どちらかというと人を観察する面白さの方が大きい。そして依頼者と世間話をするのも、楽しみの一つ。

被災者の前で、面白いやら楽しいやら不遜だと責めないでほしい。どっちみち大して役に立たないけど猫の手ほどにはなるだろう、くらいの気持ちで手伝いをさせてもらっているのだから勘弁して。

ボランティアは、和歌山市や大阪府内など関西からの参加者を中心として、四国、東海、北陸、信越と遠方から来てくれた人も。みんな自腹で駆けつけてくれている。頭の下がる思いだ。彼らは東北の被災地でボランティアした人が多い。中には向こうで知り合って一緒に来た人もいた。

濡れた畳は使い物にならないので処分したが、今年中に新しい畳の上に布団を敷けるようになるのやろか。電気製品はほとんど使えない。とりあえず台所を片付けて食事ができるようにすることから、と考えるほど気が重くなる作業を順番にこなしていくしかない。

以前の日常を取り戻せるのか、それはいつになるのか、不安は膨らむばかりである。
三陸沿岸地域は半年経っても復旧・復興には程遠い有り様だ。
私たちの力はあまりにも小さいが、継続することで成し遂げられるものがあると信じたい。
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by rurou-no | 2011-09-19 10:49 | 地域

眠れぬ夜の雨

那智川の氾濫と山崩れで流された那智勝浦町長宅の近所に住む先輩と連絡がとれず心配していたが、新聞記事から無事らしいことがわかった。それによると「4日午前2時ごろ、突然停電し、家に水が入り込んだ。屋根に上がり2時間余を過ごした。家の中を流木が突き抜けていった」とのこと。生きた心地がしなかっただろう、と思う。実家へ「避難所にいる」と電話があったそうだ。

居座り台風12号は観測史上最大規模の豪雨を伴ったため、熊野川、那智川、大田川、古座川、日置川、富田川など近辺の川は氾濫し、山間部では土砂崩れが頻発した。死者、行方不明者は判明しただけで100人を数える。

古座川流域の家屋は例外なく浸水被害を受けた。片付けに行った家では軒下近くまで、水がきたことを示す跡が残っていた。もちろん畳はめくれ上がり、冷蔵庫や箪笥などが横倒しになった家の中は物が散乱し、水の勢いに畏れ入った。
その家にひとり暮らしをしているおばあさんは「こんなに水がきたのは伊勢湾台風以来やのぅ」と話していた。伊勢湾台風なんて、50年以上も前のことだ。

広場や空き地があった場所には、家財道具、電化製品、ゴミ袋などが山と積まれている。点々と続くその山を見てると、津波被害を受けた東北地方の風景を大きなゴミ山の向こうに重ねて見てしまう。改めて、途方もない災厄があったと想像するのは難くない。

昨日、おとといの2日間は、役場の職員と一緒に「消毒隊」を編成して、浸水家屋の床下や家の周りを消毒して回った。ビニール合羽と医療用マスク姿に噴霧器で消毒液を噴射しながら、「おぉ、これはハイレッドセンターやな」と悦に入っていた。高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之らによる、白衣にマスク姿での「銀座清掃運動」みたい、と面白がっていたのもはじめの内だけ。あまりの暑さに水分補給が汗の流出に追いつかず、脱水症状を起こしかけて、午前中で音を上げてしまった。

薬液は無害だということなので、その後は合羽を着ないで作業したが、いくら暑くても防護服を脱ぐことが出来ない原発労働者の苛酷さを思い知った。小生はつくづく情けない人間である。トホホ。
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by rurou-no | 2011-09-09 14:51 | 地域

ダフネ

スローペースで進む台風12号の影響で、暴風雨と高波がひどい。
朝から、くしもと大橋が通行止めとなり、国道42号の周参見と江住間も通行禁止となった。
この季節には台風がつきもので、雨戸を閉めじっとしてやり過ごすのが賢明である。

こんな時は、じっくり取り組めるクロスワードパズルなんぞ時間つぶしに最適である、というわけでもないが、近ごろ頭の体操のつもりでクロスワードパズルをよくやっている。

いつだったか「ギリシア神話で河と泉の女神」(だったと思う)というようなヒントがあった。
「ギリシア神話の女神」といえば、小生にとっては「アルゴスの王女ダナエ」。河と泉の女神とは違う気がするが、と思いつつ升目に入れていった。

ダナエは絵画のモチーフとしてよく取り上げられ、ティツィアーノの作品が有名だが、個人的にはクリムトの「ダナエー」が好きだ。

さて、横列が終わって縦列にとりかかった。「ダ」の列は言葉がつながった。あれ、ダナエでよかったんかいな?と次の列へ進むと「ナ」では言葉にならない。やっぱり違った、と縦列優先で升目を埋めたら、「ダフネ」になった。

これだけのことだが、ダフネなんて思いつきもしなかった。そういえばダフネっていたよな、と確認したら「ギリシア神話のニンフで月桂樹の擬人化。アルカディアまたはテッサリアの河神の娘とされる。」と出ていた。

年齢とともに物覚えが思うようにできなくなった代わりに、物忘れは得意になってきた。会話の中ですぐに出てきていた単語が、なかなか言葉にならないのを日々実感する。

もっとも、ほどよくボケていくのもいいかもしれないと思っている。最後にどんな言葉が自分の中に残るのか、それはそれで面白いのではないかと楽しみでもある。そのとき、そのことの意味がわかるかどうかは別の問題として。
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by rurou-no | 2011-09-02 13:56


一瞬を、永遠に
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