一所不住



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手を合わせ詫びる身包む防護服

昨日の新聞に、白い放射線防護服を着た人たちが手を合わせている写真が出ていた。
 <東京電力福島第一原子力発電所から半径20キロ以内の「警戒区域」に住んでいた福島県浪江町と双葉町の95世帯171人が26日、「一時帰宅」した。180人の死者・行方不明者を出した浪江町では、住民たちが2カ月半ぶりにがれきに埋もれた故郷に戻り、犠牲になっ身内や友人に花を手向けた>と記事は伝える。

これは私たちのすぐそばにある現実なのだ。
全員が防護服にマスク、手袋、帽子という異様な姿の白い集団、というにはもはや見慣れてしまったのが怖ろしい。この姿でないと近寄れない町が、この国に存在する。
近未来を描くファンタジーの世界が、いち早くリアルに現出した。

自分が暮らしを営んでいた地へ、2ヶ月半ぶりに2時間だけ戻った町の人たちは、放射能から避難したために助けに行けなかった無念を詫び、怒りと悲しみをない交ぜにして亡き人を悼んだだろう。そしてもう戻れないかもしれない不安を胸に町の風景をビデオに記録したそうだ。

すべて原発事故が引き起こした結果である。
関係者は逃げることなく、この事態を直視してもらいたい。
被害者補償を巡っての議論がかまびすしいが、まず第一に原発で甘い汁を吸った連中が金を出すべきだ。政、官、産、学が一体となった原子力ムラに巣食うゴキブリども、それからデタラメキャンペーンに手を貸した大手メディアも同罪だ。もちろん原発企業を支えた株主や債権者たる大銀行も例外ではない。

人や環境へのリスクと引き換えに、しこたま儲けた分の一部でも返せば、数兆円の金なんぞはすぐに集まるはずだ。決して電気代の値上げや税金での補填など、貧乏人から搾り取ることはするべきでない。それでなくとも原発のせいで高い電気代を支払わされているのだから(原発は安いというキャンペーンも数字のまやかしでウソっぱちや。こんなにリスクもコストも高い発電方法はない)。

白い集団が当たり前になって慣れてしまいたくない。
みんなやったことの責任はちゃんと取ろうよ、と言いたいだけや。
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by rurou-no | 2011-05-28 14:09

何びとであっても悼む、唯一の存在として

天童荒太『悼む人』は亡くなった無名の人を忘れないために、悼む旅を続ける青年の話だった。
単行本が発売された折に書店の棚で見かけてから、その内容も知らずに文庫本になったら購入しようと待っていた。
彫刻家、船越桂さんの作品を撮影した写真と本のタイトルがデザインされた装丁に魅かれたのだ。

本を選ぶとき装丁の美しさに惹かれて、ということがある。「ジャケットデザインが気に入ったからLPを買いました」と同じようなものか。(これは50歳以上の人でないと通じないたとえやね)
ともかく、文庫になったのを知ってさっそく書店へ出かけたのだが、平積みの新刊コーナーでなかなか見つけられなかった。それもそのはず、船越桂さんの彫刻写真を探していたからだ。つまり装丁が変わっていた。思い込みというのは目の前の物をも見えなくさせる。

やっとこさ手に入れた本は、著者が7年がかりで書き上げただけあって綴られる文字の密度が濃く、まっすぐにに立っている。深い読後感の余韻に浸った。「亡くなった人を、ほかの人と代えられない唯一の存在として覚えておきたい」がために悼みの放浪を続ける主人公。会ったこともない人が亡くなった場所へ赴き、「誰に愛されたか、誰を愛したか、どんなことをして人に感謝されていたのか」を訊ねて、その場で悼む。「あなたのことは忘れないで覚えています」と。

人が簡単に殺され、誰が殺したのか、どんなトリックを使ったのか、という謎解きが主要なテーマとなる大部分の小説とは明らかに違う異色の作品だ。
ここではすべての死を等価値としてみている。また事故か殺人かにも興味を示さず、亡くなった人へ同情することもない。愛し、愛され、感謝された、たったひとりの人を記憶し悼むだけである。

東北地方大震災で亡くなったと確認された人は15,217人、行方不明が8,666人(いずれも25日現在)。大勢の人が亡くなったときはとかく数字として記号化されがちだが、もちろんその一人ひとりに名前があり、誰かに愛され、誰かを愛し、人から感謝されたことがあったはずだ。

小説の中で主人公は石巻市も訪れていた。彼ならまた東北へ向かい、そして亡くなったほかの誰とも代えられない唯一の人として、ひとりずつを悼むだろう。多くの坂築静人がいてほしいと願う。
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by rurou-no | 2011-05-26 14:36 | 言葉・本

無縁社会と共助の絆

時代を表す言葉のひとつに「無縁社会」というのがある。
「弧族」という言葉すら使われる現代社会にあって、誰ともつながらず、誰とも口をきかず、たったひとりで生活を完結させることが可能な都会生活は、孤立する人を容易に生み出す。

社会にあって社会的な縁を結ぶことなしに生き、人知れず死んでゆく人。
考えてみれば怖ろしい世界だ。
わたしたちが作り上げた文明社会の行き着く先って、こんなところだったのか。

その無縁社会にあって今、人びとは「絆」という言葉を取り戻すべく動き出した。
未曾有の災害に襲われた地域は人と人のつながりが強く、ともに手を取り助け合って試練に立ち向かっている。
この災害が大都会で発生していたらどうなっていただろう。いったいどれだけ混乱をきたしたのか、またどれだけの人がいなかったとして切り捨てられてしまうのか。

ともあれ、公が未熟で当てにならない分、民は自助、共助で難局を乗り越えようとしている。
高齢化が進んでいるとはいえ、伝統的な地域社会は機能した。
こうなると地域自治の権限を強化した方がうまくいくのではないか、と思わざるを得ない。

先ほどネットでニュースを検索していたら岩手県葛巻町の取り組みが紹介されていた。
風力を中心に太陽光やバイオマスなど自然エネルギーで、全世帯の180%をまかなえる電気を生み出しているそうだ。電気の地産地消である。

ところが電力会社を守るための規制はそうした試みを邪魔する。作り出した電気は電力会社へ安く売ってから高く買い直さなければならないのだ。そこには公正な取り引きは存在しない。
こんなバカなことを平気でやって私腹を肥やそうとしている奴らがのさばっているから、正直者は浮かばれないのだ。騙されるな、ホンマは原発なんてなくてもやっていけるはずである。

政治がやるべきは発電と送電を切り離し、公平な競争の場を設けることではないか。
政が大きくなるとろくなことにならない。絆を大切にする地方へ金と権限を移した方がいい。
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by rurou-no | 2011-05-23 14:08

「邯鄲の夢」ならぬ「菅嘆の悪夢」

「邯鄲の夢」は、中国・唐代の小説『枕中記』にある。
貧乏な青年が邯鄲で出会った人に自らの境遇について不平不満をもらしているうち眠くなり枕を借りてうたた寝をしたところ・・・官史の試験に合格、出世をし得意の絶頂にあったとき政変で囚われの身となった。その後、冤罪が晴れて幸福な晩年を送ったがやがて病気で亡くなる・・・という夢を見た。目が覚めるとコーリャンもまだ炊き上がっていない、つかの間の夢だった。
人の世の栄枯盛衰は、はかないものだとの教え。

さて、国難の一大事にあってその指導力とトップとしての資質を問題視され、与野党双方から批判の声が絶えず、国民からも見放されつつある人が首相の座にあったことが歴史的にどう評価されるのか、この政権を選択した有権者に問われる日がくるだろう。

もっとも批判している政治家やオピニオンリーダーらのほとんどは、甘い蜜の分け前を得られなくなりそうだから吠えているにすぎない。こんな我欲だけの連中は相手にしなくていい。奴らは何をしても悪口を言うしか能がないのだから。

例えば浜岡原発を止めたことですら、「人気回復のパフォーマンス」とほざいている。事故が起きても責任から逃げられる立場にあるから言えるのだ。

小生の見解は、民主党政権は必ずしも良しとはしないが自民党政権でなくてよかった、というところか。もし自民党政権であったら、被災者対策は官僚に無茶苦茶にされ政治家は復興の利権争いにうつつを抜かしている図が見える。原発事故はもっとひどい状態になっていたのは間違いない。

先日の予算委員会で首相が「初めてのことで対応に不手際があったかもしれない」と述べたそうだが、私たちの不幸は「初めてのこと」と口にしてはならない言い訳する人がトップにあったことだ。
困難なときこそ人間の器があらわれる。それに菅さんは残念ながらボスの顔をしていない。

今日は生臭い内容なのでいささか品のない文章になってしまった。
どうか、「菅嘆の悪夢」とならないよう願う。
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by rurou-no | 2011-05-17 14:45

五月雨に濡れて身竦む原発禍

やれやれ、やっとタイトルのカタカナから抜け出せた。
基本的におもいつきのしりとりだから、こうしてカタカナばかりが続くこともある。
意識的にやっているわけではないのでカタカナだろうがひらがなだろうが他意はない。

夜中に目が覚めたときふと芭蕉翁の句「五月雨をあつめて早し最上川」が頭に浮かんだ。
無意識のうちに「さ」の言葉を探していたのかもしれない。
松尾芭蕉は1689(元禄2)年3月27日、弟子の曾良とともに江戸・深川を出立した。「おくのほそ道」の旅であった。このとき46歳だったそうだ。
当時は陰暦のため陽暦に照らすと5月16日になるとか。当然、五月雨も6月の時季に降る雨となる。明治時代に暦が変わったので、歴史の日付はややこしい。

この旅で芭蕉と曾良は、白石から岩沼~名取~仙台~塩釜~松島~石巻~と、3月11日の震災で甚大な被害を受けた地を歩いている。
もちろん3.11以前も街道筋は江戸時代の芭蕉が目にした風景からは変わっていたと想像するが、あの震災と津波によって風景の消失という信じられない事態が現出した。

そこは被災した人たちへどんな慰めの言葉も空虚にしか響かないほどの喪失感が支配している。
ひとりひとりが受けたダメージは千差万別であり、もとから万人に届く言葉などなく、それぞれの事情によって語るべき言葉も違ってくるのだろうと思う。
言葉の表現者として、芭蕉ならこの惨禍をどんな風に言い表したか。

「できない言い訳を考えている暇があったら、できることから始めよう」と、とりあえず行動を起こしたボランティアのみなさんは賞賛に値する。
そして現代の表現者たちも、さまざまな形で現場と関わりをもとうとしている。
劇作家の渡辺えり子さんの「待っててね、私たちがんばるから」というメッセージは、ありきたりであっても心を打つ表現の仕方を教えてくれた。

見通しの立たない苦難を強いられている、つまり戻れるのかどうかもあやふやなままで原発の放射能から避難した人びとへ、どんな言葉を届けられるのかずっと考えている。
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by rurou-no | 2011-05-13 16:02

スローガンの危うさ

「絆」をキーワードに人びとが動き出し、共助の精神が見直されている。
地震、津波、原発事故、と立て続けに発生した災厄にもめげず困難に立ち向かう人、それを支援する人、さらにそれを支える人、ボランティアや義捐金などそれぞれのやり方で気持ちがひとつになった。みんな、なかなかやるやないか、と感情が揺さぶられることもしばしばだ。
 
ところが、民間人の活躍をよそに公的機関の体たらくはどうしたものか。
避難所で不自由な生活を余儀なくされている人がまだ約12万人もいるそうだ。そして再出発へ踏み出そうにも当面の生活支援すら受けられない人や、さまざまな支援から忘れられた人など、被災から2ヶ月も経っているのにこのザマはなんだ、と歯がゆさと同時に怒りさえ覚える。
この国は近代文明先進国だったはずではなかったのか。

今は国中で熱い感情が渦巻いて、「がんばろう東北」「一つになろう日本」などと、威勢のいいスローガンが巷を席巻している。こうした正しい主張は、誰もが簡単に同意できるから同調しない者を許さない傲慢さを併せ持っている。正しいがゆえに極めて危険なメッセージでもあるのだ。
どうか、行動を起こすときはくれぐれもスローガンのためでなく、あなたのため、わたし自身のために、であってほしい。

困った時に助け合う地域社会の「絆」が、お互いを監視しあう機能へと役割転化した時代がかつてこの国にもあった。皆が同じでなければならない、という閉鎖的で異分子を排除する考えは、信じがたいほど大きな力を発揮することがある。
こんな時こそメディアは安易に流されることなく、冷静で緻密な取材と情報提供をお願いしたい。

被災した人、支援する人、ひとりひとりに違う事情や立場がある。その違いを知って認め合うことで関係が始まるのだ。多様性こそが豊かさをもたらす。
みんなが一緒になってやるのは気持ちがよく、ある種のカタルシスを味わえる。
それでも、みんなと一緒にできない人もいるのだということを受け入れてほしい。
へそ曲がりを自認する小生なんぞは、人と違う方ばかり見ているからこれも困ったもんやが。
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by rurou-no | 2011-05-11 17:14

ロハス

「エコ」や「スローライフ」などとともに、その目指すところは共感できるものの、どこかちょっと違うなぁと引いてしまう言葉のひとつとして「ロハス」がある。
それもそのはずで、もともとはマーケティング用語だから、どうしても商業主義的な性格が抜けないからだろう。「健康と環境を志向するライフスタイル」なんて勝手にやっとれっ!てなもんだ。

ライフスタイル(L)オブ(O)ヘルス(H)アンド(A)サステナビリティ(S)の略だという。
「Sustainability」をフェイバリット英和辞典で調べると「持続可能性、長期持続できること」とあった。どうやらここらへんがポイントのようだ。

科学技術と文明社会に生きる現代人にとって、エネルギーの問題は避けて通れないものである。いずれ枯渇する化石燃料に代わるものを早急に見つけないと、えらいことになってしまう。
そこでウランなどの核分裂反応を利用して、効率よく電気を作り出す原子力発電というものが考えられた。未来のエネルギーだと喧伝されてもいる。

ところがこの原子力発電は大量の核廃棄物を生み出す。つまり放射能のゴミである。そのゴミを処理する方法はなく、そのまま「貯蔵」している。溜まる一方のゴミを地下室に積み重ねるだけの作業は果たして持続可能なものだろうか。しかも放射能汚染のリスクを半永久的に抱え込んだままだ。

電力会社はゴミ(放射性廃棄物)の一部を再処理したプルトニウムをウランと混ぜて発電に利用する「プルサーマル」なるものを進めているが、このリサイクル事業はゴミの量はさらに増えるし事故の危険が高まるばかりで、コスト面でも割に合わないから現実的でない。こんなバカなことのために我々は高い電気代を払わされている。

今考えなければならないのは、太陽光や風力、地熱、バイオなど持続可能なエネルギーへシフトすることであるのは言うまでもない。

今日の新聞に原発事故を受けて、「家庭の節電対策」一覧が載っていた。
エアコンは使わない。冷蔵庫は小型のもの。照明は必要な所だけ。テレビはない。温水洗浄便座はない。使っていない電気器具のプラグは抜いている。わが家は栄えある節電家族だ。

ロハスっつうたって、昔ながらの伝統的な田舎の暮らしそのままやないか。
都会ではなかなかそうはいかないから、ファッショナブルでかっこよさが求められるんやろな。
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by rurou-no | 2011-05-09 15:42

トンボロ

地形用語だと連れ合いから教えられるまで知らなかった。
「トンボロ」とは陸地と島が砂礫の堆積によってつながった地形のことで、砂州と陸繋島から形成される。砂州の部分も島の部分も、それぞれトンボロでいいようだ。

有名な所では函館市街地と函館山の関係がそうなる。
そして小生が住む本州最南端の潮岬は、函館に次いで2番目に大きいトンボロ地形だった。
海面すれすれの砂州地が串本町の中心で、住宅や商店街、行政機関、宿泊施設など集中して建ち並び、対岸の大島からの眺めは、海に浮かんでいる風情である。

古い写真を見るとトンボロの砂州は今よりも細くて、弓なりの砂浜は腰のくびれのごとく見事な曲線を描いていたが、近年の埋め立てによって贅肉がついてしまい市街地はやや幅広になった。
地形的には昔の方が断然美しい。便利と贅沢を求める人間の欲望は、どうやら環境と景観を破壊する方向へ作用するらしい。

贅肉たっぷりの脂肪太りを思わせる埋立地が済んだら、ダイエットに励むつもりか山を削って造成地を作るという工事のための工事を繰り返す愚かな土建屋政治は、半島の果てにある田舎町でも健在だ。かくして、中高年齢に差し掛かかったのか疲れた町の人口は減り続けている。

トンボロの町、串本は南海、東南海地震が連動して起こったら、津波による壊滅的な被害を受けるだろうと想定されている。自分なりに想像していた光景は、3.11地震で被災した三陸沿岸地域の町に重なった。その時どこにいるのか運次第や、という諦観に似た思いがあった。あっさりこの世とおさらばするのか、生きるための長い闘いに挑むのか、と。

1946(昭和21)年12月21日早朝に発生した南海地震では、串本町にも2.6mから5.4mの津波が3回押し寄せたと記録にあった。死者8人、負傷者42人、流失家屋17戸、破損32戸、床上浸水147戸、床下浸水139戸。次は100年に1度の大地震である。トンボロの町はまるごと流されて砂地だけになってしまうのやろか、それとも・・・。
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by rurou-no | 2011-05-06 14:35 | 地域


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