一所不住



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いつか、だから

「いつか、絶対、みんな、死ぬんだ」
「だから、生きてるんじゃないか」
朝倉かすみ 『田村はまだか』 で小学6年生の中村理香と田村久志が交わした言葉。

この本はタイトルと構成で成功したと思う。ただ、この設定だともっともっと内容を面白くできたはず、と期待が大きすぎた分だけ新人の筆力が少し残念だった。決してつまらんという意味ではない。

タイトルの「田村はまだか」で連想したのは、切腹を前にした塩冶判官の科白(仮名手本忠臣蔵四段目)「由良助はまだか」。そしてベケットの『ゴドーを待ちながら』的な小説かも、ということ。
編集者の腕だろう、キャッチコピーとしての仕掛けはうまい。

小学校の同窓会の3次会、スナックで酔っ払った同級生5人がまだ現れない田村を待つ。
小学生にしてすでに大人びていた田村を語りながら、それぞれの人生が明らかになっていく。

『ゴドーを待ちながら』は2人の男が、会ったこともなく何者かもわからない、ゴドーを待ち続ける不条理劇で、演劇史に残る作品として多くの演劇人に影響を与えてきた。
小劇場では『ゴクドーを待ちながら』『ゴドーは待たれながら』など、それぞれの解釈でパロディー劇が生み出されている。

『田村はまだか』を読んだその日、かつての芝居仲間が昨年11月下旬に亡くなったことを知らせる手紙が共通の友人から届いたので、冒頭のやりとりが胸を打った。
彼は劇団を解散してからも、自ら経営する店でさまざまなライブをプロデュース、演出家そしてプロデューサーとしての人生を存分に生きた。生き急いだ。
その日からずっと、浅川マキとトム・ウェイツの音楽が頭の中でリフレインして離れない。

最後に会ったのはいつだったか、「『銀河鉄道の夜』やりたいねん。また一緒にやろ。頼むで」と話していた。
「ええなぁ、賢治はオレも好きやし。どこにいても駆けつけるから、決まったら連絡して」。
約束はまだ果たせていない。
いつかきっとやで。そやから。
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by rurou-no | 2011-01-26 10:44 | 言葉・本

にらみ鯛

そろそろ打ち上げの時刻が近づき、楽屋の廊下には旅仕度の荷物を整理した行李が積み上げられていることだろう。
3日に幕が開いた国立文楽劇場初春公演は、今日で千秋楽となった。

文楽の正月公演では必ず、劇場の天井に「にらみ鯛」が対で飾られる。
祝儀の膳に付きものの尾頭付きの鯛は、晴れの日を飾る縁起物として食事の席では見るだけで、持ち帰って食べるから「にらみ鯛」。
京都の正月膳に出される鯛も、3ヶ日は食べられないのでやっぱり「にらみ鯛」となる。

南座に「まねき」が上がると師走、文楽劇場に「にらみ鯛」が飾られると正月、という風に芝居小屋のしきたりは季節の風物詩の役割も担ってきた。
といっても歌舞伎や文楽とはもう何年も御無沙汰している。

聞くところによると、めでたい正月の文楽劇場はお客さんの入りが悪く空席が目立っているそうだ。
義太夫語り、三味線弾き、人形遣いの三者が芸を競う舞台は、はまればこんなに面白くて興奮する芸能はほかにないと思うのだが、高い敷居のイメージから脱却できないままなのは勿体ない。

歌舞伎の若手役者がテレビや映画で人気を得て劇場へも新しい客を呼んでいるように、文楽ならではの打開策はないものかと先行きを勝手に心配しているのは、余計な世話か。

それはさておき、メデタイのに食べられないから睨んでるしかない鯛の話だ。
上方落語「寄合酒」では、せっかくくすねてきた鯛を赤犬に食らわしてしまうドジな奴が出てくる。
「貧乏花見」は長屋の連中が見立てで豪勢な花見を繰り広げる。茶が酒になり、尾頭付きの鯛の代わりは尾頭付きのだしじゃこ、玉子焼きは色が似てるからこぅこ(香々=たくあん)、カマボコは駄洒落でカマゾコ(釜底=こげめし)などご馳走が並び、梅を干すムシロが緋毛氈に、嫁はんらの腰巻(中には「去年の夏買うてからまだいっぺんも水くぐらず」のサラもあったり)が幔幕になって、ハチャメチャで賑やかにホンマ楽しそうや。
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by rurou-no | 2011-01-23 19:46 |

怒りを力に

発端は昨年12月17日、一人の青年が焼身自殺を図ったことだった。
彼は失業したため生活の手段として道端で野菜を売ろうとしたところ警察に止められた。
独裁体制による「警察国家」へ対する抗議の自死(彼は1月4日に病院で死亡した)だという。
青年の友人が怒りのデモを始めたのがきっかけだったそうだ。

北アフリカ・チュニジアで23年に及ぶ強権支配を続けていたベンアリ大統領は14日、民衆革命によって国外へ逃亡した。
政権崩壊への強力な武器となったのはインターネット上のソーシャルメディアだった。
秘密警察監視下で言論の自由が制限されていたにもかかわらず、各地で連鎖反応的に広がるデモの状況は、ツイッターやフェイスブックを通じて情報が共有され、国内そして世界へリアルタイムで発信された。

チュニジアは紀元前の古代都市国家「カルタゴ」があったところ。
ジャズのスタンダード・ナンバー「チュニジアの夜」はディジー・ガレスピーの名曲だ。
1956年独立以来、2代にわたる大統領の専制体制に民衆の怒りは圧倒的な力となって、大規模な反政府デモを引き起こした。

このたび大きな役割を果たしたのは、個人が不特定多数へ瞬時に発信できる最新の情報ツール。
体制の影響下にあって、情報を操作することで国民の意識管理へ加担するマスメディアと違い、インターネットは今起きていることがリアルに伝わる当事者のメディアである。

例えば江戸時代、幕藩体制と身分制度に苦しめられた民衆はたびたび一揆を起こすが、情報を伝える手段を持たなかったため孤立し、大きな動きにならないまま押さえつけられてきた。
40年前はビラやタテ看が活躍した。そして今、若者の手には携帯情報端末がある。

こんなブログは誰も読んでくれてないけど声を大にして言いたい、「君ら、ゲームばかりしてる場合やないぞ!将来に夢も希望も持てなくなった社会を作ってきた奴等に怒りをもたんかい!その手にある武器を使って怒りを力に結集し、闘わなあかんのとちがうか」。
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by rurou-no | 2011-01-20 16:26

倒壊

16年目の1.17。
あれから毎年1月17日は、その時間がくる前に目が覚める。
あの日もそうだった。底冷えのする京都で寒さに目覚め、窓からまだ明けやらぬ東の空をぼんやりと見ていたら、それはやってきた。

11階建て公団住宅の10階にある部屋は、縦にズンと突き上げる衝撃のあと一呼吸置いて横に大きく揺れた。船上で大きな波を受けたときのように、何かにつかまっていないと立っていることもできなかった。
何年経とうが身体に刻み込まれた記憶は失われることはない。前日に見た不思議な雲とともに。

その後、足を踏み入れた神戸の街は凄まじかった。家は潰れ、ビルは倒れ、高速道路は千切れている。そこで時間が止まっていた。
テレビの映像や新聞の写真が伝えるのは単なる点でしかないことを実感した。
倒壊した現場は延々と続き、目にした光景は街そのものが崩壊している姿だった。

そう、あの年は京都に住んでいた。
大阪市、東大阪市と移り、串本町内でも田原、大島、樫野、潮岬と転々としている。
「一所不住」。なかなか定住できない。

6年前に病気をしてからまともに働いていないような気がする。世間の常識ではとうに生活は破綻、倒壊しているはずだ。
こんな輩でもなんとか生きてこれたのは連れ合いや友人、知人に恵まれたおかげ、といつになく殊勝なのは、あの地震で亡くなった約6500人の一人になれなかったという当時の気持ちを思い出すから。

この地でも近い将来、必ず大地震が起きるといわれている。
気象庁によると30年以内の発生確率は東海地震87%、東南海地震60%、南海地震50%。
震度6以上の地震がくる確率は26~100%、震度5弱以上は100%だ。
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by rurou-no | 2011-01-17 11:01

スマート

隠遁生活をしているつもりでも、やたらと目に入ってくる言葉がある。
「スマート」って、子どものころに体型を表す言い方として覚えたカタカナ語だった。
そのうち恰好いいとか洗練されたという意味が含まれるようになった。そうなると体型に対して使うのはダサい(この言葉も古い)のか、あまり聞かなくなった。

車好きには、ドイツの小型車ブランド「スマート」に馴染みが深い。
そういえば「スマートボール」というのもあったな。

ベトナム戦争で米軍が使用した、レーザー誘導爆弾ウォールアイは「スマート爆弾」と呼ばれた。
破壊と殺戮を目的とした兵器が「スマート」とは、そのセンスに戦慄を覚える。
目標へ誘導することにより人的被害を最小にすると喧伝されているが、記憶に新しいイラク戦争で一般市民がどれだけ犠牲になったか考えれば、その詭弁と戦争の本質が明らかだ。愚行はアフガニスタンでも繰り返されている。

オバマ大統領の下で国務長官となったヒラリー・クリントンは、対外戦略として軍事力、経済力のハード・パワーと文化や技術のソフト・パワーを統合させた「スマート・パワー」を掲げた。新しいアメリカを予感させる言葉だった。

地球温暖化対策として今、「スマート・グリッド」が求められている。電力の需給バランスを効率よく最適化する電力供給システムである。将来的には太陽光や風力など新エネルギーを、既存の火力や水力発電が補完する形になるのではないかと思う。

「スマート」の意味が「賢明」になってきた。
フェイバリット英和辞典によると①《主に米》利口な、賢い、抜け目のない、生意気な②《主に英》(人・服装が)しゃれた、きちんとした、流行の③(動作などが)活発な、素早い、強烈な とある。

そして携帯情報端末は多機能型携帯電話「スマート・フォン」の時代になった。
ここまでくると隠遁者は取り残され置き去りにされて、望み通りの隠遁状態だ。
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by rurou-no | 2011-01-13 10:35

ガラパゴス

ガラパゴス諸島は南米エクアドル本土から西に約1000キロ、南東太平洋上に浮かぶ島々である。
独自に進化した固有の生物種が多く、ダーウィンはここで進化論を着想したことでも知られている。

1978年世界自然遺産に登録されてから観光地化が進み、環境汚染が問題となったため2007年に危機遺産リストに登録、環境保護に力を入れてエコツーリズムの先進地ともなっている。

最近「ガラパゴス化」という言葉がメディアを賑わすようになった。世界標準から離れて独自の進化を遂げている携帯電話をはじめとする日本の工業製品を揶揄するときに使っているようだ。

確かに必要もない様々な機能が付いて、そのために高い価格となった製品を買わされるユーザーは滑稽に見えてくる。メーカーの戦略としてはある意味で正しい。その技術力は敬服する。

市場が国内だけに限られていることから「ガラパゴス化」とは言い得て妙だとは思うが、問題はそのことを揶揄する意図が言葉の中に含まれていることだ。暗に違ったものを認めたくない、というメディアに携わる者の卑しい根性が垣間見える。「ガラパゴス」をそういう風に使うのも腹が立つ。

昨年12月、大手電気機器メーカーシャープが電子書籍用のタブレット端末を「ガラパゴス」という名で発売した。流行語化していた言葉をうまく製品名に横取りしたタイムリーなネーミングである。ここには「ガラパゴス化」のような皮肉めいた響きがなく、ストレートに受け取れる。

「テレビがないと言うだけで不思議な顔をされる」と連れ合いが面白そうに話す。どうやら世間の常識から遠い生活をするわが家も「ガラパゴスやで」と自慢したいところだが、進化より退化の方ばかり目立つじいさんばあさんでは、ガラパゴスに申し訳ないから「スゴパラガ」とでもするか。
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by rurou-no | 2011-01-11 11:45

唐土の鳥が

わが家の食卓の横に「二十四節気・七十二候 歳時記カレンダー」が吊るしてある。
日付を表す数字の上には月の満ち欠けが描かれて、日々の月の形がひと目で分かるようになっている。
さらに節気や候、折々の句などが添え書きされていて、毎日見るのが楽しい優れものだ。

カレンダーによると今年は「辛卯」で、1月は「睦月」。その由来は<正月に一家がなごやかに「むつみあう」日を送るといわれる。「生む月」の説もある>。
6日は「小寒」<寒さが日増しに加わり、降雪がみられる>とあって
7日は「芹乃栄」(せりすなわちさかう)<セリが盛んに茂る頃> 月齢2.7 旧12月4日 中潮 七草 先負 日入16:43 壬戌 「七種や 唱哥ふくめる 口のうち」北枝 
8日は「初薬師」にあたる。

昨日の夕食は七草がゆ。
調べてみると、春の七草とされているセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロを細かく刻んで粥にして、無病息災を願い、正月の疲れた胃を整え野菜不足を補うために食べるようになったとか。中国伝来の風習で平安中期(奈良時代との説も)に始まったとされ、当初は汁物だったが室町時代以降、粥に変わったそうだ。

まな板の上で七種の野草を刻む時に ♪七草なずな 唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先に ストトントントン ストトントン♪ (地方によって多少の違いがあり、これは連れ合いのメモをそのまま写した)と歌ってはやしたという。

「唐土の鳥」とは渡り鳥のことで、近ごろは鳥インフルエンザウイルスを媒介すると問題になり、また絶滅危惧種のマナヅルが感染した疑いもある。動物園や養鶏場は危機感を抱いて対策に頭を悩ませているらしい。
昔の人は渡り鳥が疫病をもたらすからと怖れて、賑やかに歌った「鳥追い歌」が元に、と今日は受け売りばかりになってしまった。
すっかり悪役にされた渡り鳥も気の毒というか、困ったもんだ。
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by rurou-no | 2011-01-08 11:19 | 地域

チルチンびと

「6年になるのよ」。
昨日、夕食のとき連れ合いが口にした。古里へUターンしてから、もうすぐ6年になる。
失業者として収入の当てもないままに田舎暮らしを始めたせいか、すっかり貧乏性が身に付いてしまい、本屋へ入っても文庫本以外は買わないようになった。

昨年暮れに本屋で見つけた「チルチンびと別冊『左官と建築』」も、2400円という値段に怖れをなして買えなかった。

町で唯一の書店では、内容が面白く高価な雑誌を置いてある棚は従業員出入り口のとなりにある。例によってビンボーなおいやんは、ここで購入できない雑誌を立ち読みすることになる。
従業員は出入りのたびに「いらっしゃいませ。こんにちわ」と声をかけていくが、気弱なおいやんにはそれが「おっさんいつもただ読みしてるけど、たまには買うたらどうや」と叱られているように聞こえて落ち着かない。
そのたびに「こっちには懐の事情があるんや」と背中でアピールしながら踏みとどまる、という攻防戦へ持ち込んで時間稼ぎをしている。

そんな涙ぐましい努力を知ってか知らずか、正月に連れ合いと一緒に書店へ出かけたら、その「チルチンびと」と合わせて、「考える人『紀行文学を読もう』」1400円。芸術新潮『沖縄の美しいもの』」1400円。しめて5200円也をあっさり購入した。そう、彼女は他のものを始末しても本代だけは惜しまないのだ。

金がないから必然的に消費生活から離れ、シンプルな暮らしを営んでいる。
エコカー補助金や電化製品のエコポイントとも無縁で、大量のゴミを生み出すことに加担しない。
少なくとも「ヒト」の特質である「考える」ことだけは大事にしていきたいと思う。

あれ、今日は「実は左官屋の孫でして・・・」と書くつもりだったのに、違う方向へ行ってしまった。
まぁええか。
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by rurou-no | 2011-01-05 11:36

1月1日

いつものように朝が来る。これが「2011年1月1日」という日。いつもと同じ、だけどいつもと違う。
生きている限り毎日が初めて体験する瞬間の積み重ねである。

昨夜は近所のお寺で除夜の鐘を突いた。温かい飲み物と記念品をいだただく。煩悩は離れない。
12時を過ぎて新年になってから、初風呂。
今朝は早めに起き、例年どおり樫野崎の初日の出を見に出かけた。

今日のベタなタイトルは、連れ合いからのリクエストで正月行事について書くため。
小生が育った樫野では、1月1日の朝は子どもの元気な声で明ける。
特に意識したことはなかったが、これはほかの地区では見られない珍しい行事らしい。
そしてだんだん子どもがいなくなり、消えていくことになる正月の風景である。

まだ明けやらぬ元旦の朝、小学校低学年の年齢の男の子らが懐中電灯片手に村の道を行く・・・というのは小生が子どものころ。今は明るくなってから動き出す。
それぞれ親戚の家を訪ね、玄関で「ものものー」と大きな声を出すと、「どぅーれ」と迎え出てくれる。
そこで「あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします」「おめでとうございます。ごくろうさん」と挨拶を交わす。続いて「大きなったねぇ。風邪ひかんよう気ぃつけやいしよぅ」。などねぎらいの言葉がかけられる。
これが無事に済むと、訪問先から年玉が手渡される。親戚中を回って帰るころにはポケットがふくらんで、「何買おうかなぁ」と算段を始めているという按配だ。

「ものものー」の語源は分からないが、たぶん「もの申す。もの申す」と述べる口上が簡略化された、と勝手に解釈している。
昔の田舎では、子どもの成長を親戚中、村中で見守っていた。元気な子は村を明るくしてくれるし、大人たちは日々成長する子どもを見るのが楽しみだった。
そしていつのころからか、新しい年を告げて歩くようになったのだと思う。
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by rurou-no | 2011-01-01 14:22 | 地域


一瞬を、永遠に
S M T W T F S
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