一所不住



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メンタルとフィジカル

昨晩のパラグアイ戦は惜しかったが、120分間フルに戦った結果だから両チーム選手の健闘は賞賛に値する。PK戦なんて次へ駒を進めるチームを決める抽選のようなもので、運不運が大いに関係してくるのだ。どちらも堅牢な守備を固めていたため攻撃面での突破口が開けず、得点を奪うことが出来なかった。お互いに「勝つ」より「負けない」を優先で試合に臨んだから仕方がない。

1994年W杯アメリカ大会決勝のブラジル対イタリアは最後のPK戦までもつれ、ファンタジスタの称号を持ちPKキッカーでもあった名手ロベルト・バッジョが失敗、ブラジルが優勝した。あのバッジョが、と驚きとともにその時の光景はついこのあいだのことのように甦る。
和歌山県人の駒野選手はとうとうバッジョ並みになったか。本人は悔しいだろうが、地元ファンとしてはその成長を喜びたいと思う。

「メンタル」と「フィジカル」という言葉は、最近スポーツ界で多用されるようになった。
それぞれ精神的な部分や身体的な能力を表しそれらの重要性が語られて、そのための科学的なトレーニングを積極的に取り入れている。
国際大会において、精神的な脆さで実力を発揮できなかったり体力的に見劣りすることなど、克服することが課題だった。

今回のW杯日本代表チームも、本番の試合に備えて南アフリカへ入る直前、スイスで合宿し高地トレーニングを行なったのは、メンタルとフィジカル両面でプラス効果が得られ、コンディションの調整にも役立ったと見る。日本チームは4試合を通じて集中力(この言葉も多用される)を切らさず、当たり負けることもあまりなく(オランダ戦を除いて)対等に戦う力を身に付けていた。

昨日の試合後の選手一人一人のコメントは、負けた悔しさと世界の舞台で戦った手ごたえを冷静に振り返っていて頼もしさすら感じた。彼らが発する言葉はまっすぐに心へ届いた。
そしてもう一つ、失意に沈む駒野選手の所へ歩み寄って声をかけた、パラグアイのアエドバルデス選手のスポーツマンシップも美しかった。
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by rurou-no | 2010-06-30 16:57

イチビリな夢

大阪弁の「イチビリ」にはさまざまなニュアンスが含まれるが、ここでは「お調子者」の意味合いで使いたい。「今ごろ調子のいいことを言うな!」と突っ込まれるのは承知なので、先に断っておく。
ワールドカップネタの続きだが、デンマークとの対戦は3対1で日本が勝つと事前に知っていた。
実は夢を見たのだ。

24日の夜はいつものように11時ごろ床に就き、目が覚めたのが2時半。始まるまで1時間あるからともう一度眠った。夢の中で試合をしていた。3対1で日本が勝利し、決勝トーナメント進出を決めて大騒ぎしているところで目が覚めた。時計を見たら4時半だった。
後半戦が始まっていた。スコアは2対0でリード。一緒にテレビを見ていた連れ合いに「両チームとも1点ずつ入れて、3対1で勝つことになっている」と夢の話をしたら、そのとおりになった。

いわゆる「正夢」。起きているときの予想は引き分けだった。
夢はひとより賢い」(オマハ族の格言)。
カメルーンに勝ち、オランダに負け、デンマークと引き分ける。得失点差で運が良ければ16強へ、というのが大会前の見立て。或いは1敗2分、最悪2敗1分も覚悟しなければならないと。
正直言ってここまで強くなっているとは思ってもいなかった。2勝するなんて上出来である。

選手一人一人が、それぞれのポジションでいい仕事をしている。
他のチームでは選手と選手の間に透き間が見えるのに、日本チームは密度が濃くて一体感がある。これほどチーム力を仕上げていたとは、世界中が驚いているに違いない。
きっと選手同士の信頼関係が築けているのだろう。
我が家では、連れ合い一押しの松井選手、地味ながらもいい働きをしている長谷部選手と阿部選手らの株が上がってきている。海南市出身の駒野選手もガンバレよぅ。

予想はいい方へ外れた。次のパラグアイとも好ゲームが期待できそうだ。こうなると8強まで勝ち進んで欲しいと願う。ほんまに勝手なもんや。こんなレベルのファンでめんぼくない。
せいぜいまた夢を見て一足早く喜んでやろう。
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by rurou-no | 2010-06-26 14:22

フランス代表の瓦解

前回ワールドカップドイツ大会で準優勝だったフランス代表チームが、1勝もできずに1次リーグで敗退した。中心選手が監督批判したことでチームから追放、レギュラーメンバーの練習拒否と続き、試合どころではない内紛による醜態劇を演じた。

フランスはいい意味でも悪い意味でも個人主義の徹底した国で、代表に選ばれたタレント揃いのスター選手らは、各国代表の中でも飛び抜けたエゴイスト集団といえた。我儘な選手を率いてチームとして機能させるのが監督の仕事であり、今回のアネルカ選手とドメネク監督の確執について詳しいことは知らないが、ドメネクの手腕に対する疑問の声は大会前からあったと聞いている。

もっとも試合に勝てば何事もうまくいくもので、日本代表チームですら岡田監督と選手への評価は勝てなかった大会前と比べ、たった1勝しただけなのに随分と風向きが変わってきた。
少なくともチームのまとまりや、各選手の役割など4年前より成長していると感じる。

前回大会といえば、決勝戦で起きたフランスの英雄ジダンの頭突き退場を思い出す。
サッカー選手として数々の栄光を手にし「最も偉大なサッカー選手」と称えられたジダンの最後の試合となったワールドカップ決勝戦。華麗な選手生活の締めくくりにしては、あまりにも衝撃的な出来事であった。

背景には試合中に、アルジェリア移民2世であるジダンの家族を侮辱する発言があったという。
サッカー界に現前とはびこる人種差別。サッカーに限らずスポーツの世界は勝つために手段を選ばないのが当たり前で、スポーツ選手だからと決してキレイゴトばかりではい。
だからこそ南アフリカで大会を開く意義もある。
アフリカ諸国の中で決勝トーナメントへ進出したのはガーナ代表だけなのは残念だったが。

さて、アジアの小国と侮られていた日本代表が予選リーグ最終戦に挑む。デンマーク代表に勝つか引き分けで晴れて決勝トーナメントへ進むことになる。健闘を期待したい。
カメルーンを応援した中津江村のように、和歌山市にはデンマーク応援団がある。
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by rurou-no | 2010-06-24 18:23

キックオフ

ワールドカップ1次リーグのキックオフは、現地時間の午後1時30分、4時、8時30分となっていて、時差の関係で日本時間は午後8時30分、11時、午前3時30分だ。
スポーツの国際大会ではいつものことだが、テレビ観戦をライブで楽しもうと思ったら睡眠不足が甚だしく困ったことになる。体が元気なころはともかく、今はとても付き合ってられない。

もっともオリンピックにはあまり関心がなく、このあいだの冬季大会でも注目していたのはカーリングくらい。スポーツを見るのは好きで選手の頑張りには素直に拍手を送りたい気持ちはあっても、国際試合になると選手個人よりもナショナリズムが強調されるから閉口してしまう。

もちろんそれはサッカーも例外ではないが、チームでやるスポーツでありながら自己主張の強い選手が多いから面白い。それぞれ自分が考えるプレーとチームの勝利との間で折り合いをつけながらやっている。だから有名選手ばかり揃えたからといって簡単に勝てるわけではないのだ。
今大会でもフランスがメキシコに、スペインがスイスに、ドイツがセルビアに負ける波乱のスタートとなった。イングランドもイタリアもポルトガルもまだ勝てていない。一方でブラジル、アルゼンチン、オランダは前評判どおり安定した戦い方を見せている。

問題は決勝トーナメントのキックオフの時間が、夜11時と深夜3時30分からになること。準決勝、3位決定戦、決勝はすべて深夜3時30分。いくらなんでもライブで、なんて無理だ。
熱狂的なファンでなくゲームの展開や超人的なスーパープレーの方に興味があるので、録画でも構わない、と急に日和見的な態度で逃げてしまってはえらそうなことは言えんなぁ。
今夜は8時30分から日本対オランダ戦。1次リーグで勝つ可能性があるとすればカメルーンだと思っていたら、見事に勝ってしまった。この勢いをどう試合に活かすか、楽しんで観戦したい。

95年にあったラグビーワールドカップ南アフリカ大会で、日本はニュージーランドに17対145で大会史上の大敗を喫した。日本代表チームは屈辱ではあったが、最後まで諦めずに戦う姿勢はむしろ好評価を受けたと聞く。スポーツゲームは勝敗や点差だけでなく、見るべきところが必ずある。
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by rurou-no | 2010-06-19 16:22

ケープタウン沖

南アフリカ共和国最初の黒人大統領になったネルソン・マンデラさんは、反アパルトヘイトの運動が国家反逆罪に当たると、島全体が政治犯強制収容所になっていたケープタウン沖合のロベン島に捕らえられていた。刑務所は1996年に閉鎖されたあと博物館となり、99年にはユネスコの世界文化遺産として登録されている。
ケープタウンは美しい港町で、日本のマグロ漁船の基地もあったという。

ワールドカップのオープニング・セレモニーにはマンデラさんが出席するはずだったが、前日に孫娘が交通事故死する不幸に見舞われ、出席は取り止めにしてビデオ・メッセージを寄せたそうだ。
オープニング・セレモニーに出演した大勢のダンサーやミュージシャンらは、黒い肌に原色の衣裳がよく映えていた。アフリカンリズムの音楽とダンスを心行くまで楽しむつもりやったのに、残念ながらほとんど放映されなかった。テレビ局の無粋な奴等はこの大会の意味を分かっていない。

開幕戦で大会初ゴールを挙げたのは旧黒人居住区ソウェト出身のチャバララ選手だった。
76年の「ソウェト蜂起」は、政府のアフリカーン語強制に反発する学生たちが授業をボイコットしたのが発端だった。小・中学、高校生が参加する抗議集会とデモ行進はどんどん拡大し、出動した警官隊がデモ集団へ向けて無差別に発砲したことから500人の子どもが犠牲になる大惨事となった。
この出来事でアパルトヘイトに対する怒りのエネルギーは爆発する。終わりの始まりだった。

さて、連日詳しく伝えられる日本代表チームの動向だが、ベースキャンプ地ジョージへ到着したとき地元の歓迎に応えようとしなかったという。子どもたちの歓迎の歌声に振り向くことなく通り過ぎた。一所懸命覚えた日本語の応援も聞かなかった。いくら余裕がなかったとしても、これはあかんのとちゃうか。出迎えるため3時間も遅れた飛行機を待ってくれていたというのに。

試合第一なのは分かる。けど、ワールドカップはそれだけではない。日韓大会で積極的に交流したカメルーン代表チームがいいお手本だ。日本代表は現地サポーター獲得に失敗した。
そのカメルーンと今夜、対戦する。カメルーンを応援する日本人もいるぞ。
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by rurou-no | 2010-06-14 12:28

遠い夜明け

いよいよ明日からアフリカ大陸では初めての開催となる、FIFAワールドカップ南アフリカ大会が始まる。ワールドカップの楽しみは4年に一度、世界中から選抜された一流選手のプレーをテレビで観戦できることだ。それぞれのプレースタイル、ユニフォーム、サポーターの応援など、こういう機会でないと目にできないことが多くある。

4大会連続で出場する日本代表チームは、32チームが8グループで争う1次リーグを突破できるのか。同組のカメルーン、オランダ、デンマークはどこも実力で上回るチームばかりだ。ゲームは何が起きるか分からないとはいえ、幸運が重ならない限り勝利を手にするのは難しいだろう。厳しい戦いになりそうだが、せめて1勝なりともできれば御の字としたい。希望を捨てずに注目しよう。

「遠い夜明け」(原題は「Cry Freedom」)は1987年イギリス映画。「ガンジー」(82年、英・印)や「コーラスライン」(85年、米)などのリチャード・アッテンボロー監督作品。
アパルトヘイト(差別的人種隔離政策)下の南アフリカで黒人解放運動に身を捧げたスティーヴ・ビコの闘いを、彼と交友のあった白人記者ドナルド・ウッズの視点で描いた。ビコは政府による活動禁止処分に従わなかったため投獄され拷問死する。31歳だった。33年前の出来事である。

この映画で主人公ビコ役のデンゼル・ワシントンは、アメリカの黒人公民権運動指導者の伝記映画「マルコムX」(92年、スパイク・リー監督)でもマルコムXを演じた。

フレデリック・デクラーク大統領がアパルトヘイト政策廃止を宣言したのは91年、全人種参加による総選挙でネルソン・マンデラが大統領になった94年、アパルトヘイトは完全撤廃された。

療養中の92歳になるマンデラ元大統領は、ワールドカップの開会式に出席して大会を盛り上げるため一役買うそうだ。
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by rurou-no | 2010-06-10 12:36

ターニングポイント

菅政権の発足でようやく日本の政治が変わろうとしている。と、期待したい。
もっとも内実は参院選を前にして、不人気を挽回するための方策として出てきたに過ぎないから、世論調査による支持率のV字回復ほど甘くないことは分かっているつもりだ。

昨年、有権者の政権選択選挙で実現した民主党鳩山政権は、自民党政治にうんざりした有権者の1票に込めた思いとは裏腹に期待はずれだった。それもそのはず、ツートップ小鳩の2人は元自民党員で家業の政治屋を継いだ世襲議員であり、国のトップをバトンタッチしてきた代々のバカ殿たちの延長線上に位置するから(共通項は幼児的であること)、その本質を変えるまでには到らないのも当然だ。

「宇宙人」と揶揄された前総理は、それ以前の質の悪さに比べれば、少しは頭を使って考える力が備わり理想を語ることが出来た。いくつか共感できる言葉を発してはいたが、「友愛」なんていかがわしい言葉には信用ならなかった。これは政治家の言葉ではなく偽善を旨とする宗教家の言葉だ。
そして案の定、無責任に語るだけで実行力やリーダーシップが伴なわなかった。神輿の上のお飾りを自覚する人の良さ、だけではやっていけないのは目に見えていた。

この9ヶ月は過渡期と考えたい。民主党の政策は継続され、すぐに何かが変わるわけではない。賛成できかねることも多いが、少なくとも政策決定のプロセスはこれまでよりは明らかになるだろう。
新布陣の顔ぶれを見る限り、ちゃんと仕事をやろうと意欲のある人が入っているように思う。
議論好きの文化系ばかりで弱点は力勝負の体育会系がいないところ、ともいわれているが議論を尽くすという当たり前のことがやっと始まるのだ。

今こそ我が国の政治スタイルを変える分岐点にある。政党政治ゆえ、まだまだ懐疑的な面はあるものの、せめて最悪の結果にならないことだけを祈っている。
個人的には旦那より弁が立つ首相夫人の、本質を突く舌鋒鋭い伸子語録を日々の紙面で楽しみたい、と思うのだが無理か?
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by rurou-no | 2010-06-09 11:58

ニキータ

「ニキータ」(1990年フランス映画)はリュック・ベッソン監督作品。
麻薬中毒の少年少女グループと警官隊との銃撃戦。アンヌ・バリロー扮する少女ニキータが警官を射殺して捕まる。警察署の取調室。机の上に置いてあった鉛筆で取調べ中の刑事の手を突き刺すニキータ。
冒頭のシーンだけで打ちのめされてしまった。その後、ニキータは秘密警察の暗殺者として訓練を受けることになる。

リュック・ベッソンは出世作「サブウェイ」(85年、「カミーユ・クローデル」のイザベル・アジャーニ主演)、実在のジャック・マイヨールとエンゾ・マイオルカをモデルにした「グラン・ブルー(88年、日本公開時は「グレート・ブルー」)に続いて「ニキータ」を撮る。そして94年に3本の映画すべてに出演していたジャン・レノがプロの殺し屋を演じた「レオン」を撮った。

「レオン」では殺し屋レノンが住むアパートの隣人、少女マチルダ(ナタリー・ポートマン)が実年齢の13歳とは思えぬ見事な演技で光彩を放ち、敵役のスタンスフィールド(ゲイリー・オールドマン)が憎々しいまでの存在感を見せていた。「ニキータ」と「レオン」には共通した匂いがあって、これぞリュック・ベッソンだと思っていたが以降の作品はそうでもないらしい。この2本の間に「グラン・ブルー」の続編と位置付けてもいいようなドキュメンタリー「アトランティス」(91年)も撮っている。

「グラン・ブルー」では映画として面白くするために、フリーダイビングのライバルである2人の人物設定について、ジャックを本人以上にかっこよく、エンゾを本人よりいやな奴に描いたことからエンゾの関係者が怒っていたという。ジャック自身も困っていたとか。映画はあくまでも作り物のドラマであるが、観客はスクリーンの中こそ現実と勘違いしてイメージが一人歩きしてしまう。モデルが明らかな場合、実際の姿を駆逐し虚像の方が定着してしまう悲劇が往々にしてある。

現実の社会でも同じで本物よりも作り物の方が本物らしく、意図的に作られたイメージで評価が決まってしまうことが多い。
不肖ろくでもないジジイは世を忍ぶ仮の姿、実は・・・なんてことにはならないけどね。
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by rurou-no | 2010-06-07 11:51 | 映画

地元やのに

「日本トルコ友好120周年記念事業」というのが行なわれている。
3日には記念式典やイベントがあったそうだ。
そういえば取材ヘリがやかましく飛んでいた。太鼓の音も聞こえていた。
連れ合いが地元の小・中学生、老人クラブ会員らと一緒に樫野区民有志として参加し、エルトゥールル号殉難者を悼む「追悼歌」を歌ってきた。
6日までシンポジウムやコンサートなどの企画が組まれている。

ことの発端は1890年、オスマン帝国海軍の練習航海を兼ねた使節団が木造軍艦で11ヶ月かけて訪日(横浜に到着したのは6月7日)。その帰路の9月16日に紀伊大島樫野崎沖で台風に遭い、座礁・沈没して600人近くの兵士が犠牲となった。事故を知った樫野住民は嵐の中にもかかわらず総出で救助を行い、69人の命を救った。負傷者の手当て、食べ物や衣類の惜しみないもてなし、そして死者への手厚い供養など献身的な行為は、無事に帰国を果たした者によって語り継がれたという。

海の民として当たり前のことをしただけ、だったはずがその後政治的に利用されることになる。善意に満ちた人たちはことのほか「美談」が好きだから120年も前の出来事を熱心に語り、当事者を置き去りにして無責任に加担していく。
まぁ、ややこしいことは言うまい。先祖が褒められるのは悪い気がしないので良しとしよう。

ただ今年の記念イベントで気になったのは、式典などの催しは樫野でやっているのに地区内への案内がなかったことだ。串本の商店街で少なくとも3種類の大きなポスターを見たが樫野には1枚も貼られていない。回覧板でも一言も触れられていなかった。遭難当時、水死体が流れ着いた古座から田原にかけての地区ではどうだったのだろう?
町の広報に載っていたように思うが、いかに活字中毒者であろうと広報の文字を追うほど禁断症状は出ていないからなぁ。

もっとも皇室外交の記念事業だと考えれば、関係のない連中だけで盛り上がっているのもうなずける。この樫野に暮らす人々とは別次元の話だ。
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by rurou-no | 2010-06-05 12:13 | 地域

永島慎二

つげ義春のことを書いていたら、永島慎二を思い出した。といっても忘れていたわけではない。
当時は白土三平や手塚治虫が大人気で、皆で競うようにして彼らの漫画を読んでいた。
私も例外ではなかったものの、大御所2人よりも夢中になったのがつげ義春と永島慎二だった。

「漫画家残酷物語」や「フーテン」は本人がモデルとして登場し、等身大の姿を活写している。
手元に1974年(初版は72年発行)青林堂が出した「フーテン」の豪華限定版(上・下2冊)がある。定価はそれぞれ1000円。ビンボーな若造にしては高い買い物だったに違いない。それほどこの漫画に思い入れが強かった。

そんな大事な本なのに汚れてシミまであるのは、ある日部屋の中に降った雨のせいだ。
それはアパートの上階からもたらされたもので、最初のうちは何が起こったのか分からぬまま、天井から降る水に驚いていた。部屋全体あちこちからポタポタと落ちてきて、慌ててバケツや鍋、洗面器など総動員体制で水を受けるしか手がなかった。

間の悪いことに本棚の上あたりが一番ひどく、精神的な被害も大きかった。何しろ時ならぬシャワーを浴びたのは一般書店で手に入れるのが難しい本ばかりだったからである。我が家の本の中でもVIP待遇に近い扱いの棚があり、そこに「フーテン」も並んでいたのだ。
布団や畳は干して乾かせば問題はなかったが、本はどうしようもなかった。

上階は建築会社の寮として使われていて、仕事から帰った住人が風呂の湯を出しっぱなしで寝込んでしまったのが原因だった。東北から出稼ぎで働いているというおじさんが平身低頭するものだから怒りも収まってしまい、若造は年長者を労わらなければと「大変ですね、体に気をつけてくださいよ」と声をかけ、その心地良い東北弁に泣きそうな気分がどこかへ行ってしまった。

永島慎二の漫画を読んでいたころは、自分も友人たちも世間からはフーテンと呼ばれてもいい存在だった。長生きは出来まいと思っていたのに、しつこくみっともなくまだ生きている。
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by rurou-no | 2010-06-03 17:00


一瞬を、永遠に
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