一所不住



カテゴリ:音楽( 32 )


来日50年やて

昨夜風呂上がりに、いつもそうしているようにテレビをつけたら始まる報道番組、冒頭の音楽が違っていた。画面には、日航の法被を着たビートルズの4人が、飛行機のタラップを下りる懐かしい場面が、彼らの音楽とともに流れていた。

66年6月29日に来日してから、ちょうど50年やて。ビートルズとしては1回きりの来日で、5公演しただけ。後にジョンはヨーコと結婚したし、ポールは日本の留置場へ入る貴重な体験をした。ジョージは復帰コンサートをやり、リンゴはCMに出た。

テレビを見ながら、「覚えてる、まだ小学生やった」とは、連れ合い。「中学生やったんとちがうか、やっぱり小学生やったような」と曖昧でええ加減なのは、禿頭爺。
もっとも「近所の友だちのお兄さんからレコードを借りて聴いた」本土に住んでた連れ合いと、離島の僻辺で、音楽といえば浪花節の鉄砲光三郎か民謡の三橋美智也、浪曲歌謡の三波春夫くらいが精々の禿頭爺では、洋楽体験の記憶にも濃淡があるというもの。

ただ鮮明に覚えているのは、ビートルズが来日したというニュースを見ていた時の状況。田舎の小学生でも、ビートルズというグループが日本に来て、今まで聞いたこともない音楽を聴かせてくれるらしい、と聞きかじっていて興味もあった。

29日の夜、晩御飯とニュースが重なったので、ごはんも食べずにテレビにかじりついていた。「早う食べんか」と叱られながら、「これ見なあかん、すごいことなんや」と4人の姿を目に焼き付けようと必死だった。
わけがわからないなりに、新しい音楽で時代が変わる、と思い込んでいた。

その後、ビートルズに夢中になったかといえば、実はそれほどでもなく、中学高校時代はもっぱら深夜放送のラジオで、フォークソングが中心だった。
田舎を出てからは、耳に入る音楽はどれも面白くて、ジャンルにこだわらず無節操になんでも聴いて楽しむ術を知った。まさに音楽。やっぱりビートルズからやったんか。
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by rurou-no | 2016-06-30 14:12 | 音楽

のうまのくわ

なんのこっちゃ、と思われるタイトルになった。実は「の」から始まる言葉で、かつ文章にできそうなタイトルはないか、と「の・・・」と考えていたら、「のぅうまのくわぁぃ~のぅうまのくわぁぃ」と思わず鼻歌が口をついて出た。もちろん、ボブ・マーリーの名曲ですな。

 No woman no cry No woman no cry No woman no cry No woman no cry

はじめに耳で聞き覚えたときは、「のーうまのくら(野、馬の鞍)」だった。そのうち、どうも「鞍」やのうて「桑」あるいは「鍬」に聞こえてくる。野馬の桑?野有麻の鍬?う~ん、野生馬は桑の葉っぱを食べるのか?野原に麻が有るから鍬で掘り起こそうということか?ますます訳が分からなくなってきたぞ。と、半ば溶けかかったオツムで堂々巡りしていた。

別に、葉っぱでキメているわけやござんせん。ボブ・マーリーなんぞ聴いていたら、からだが自然に動き出して気分がハイになってくるもので、指先も自由奔放、支離滅裂な文章を打ち始めるといった按配になってしまう。ところがどっこい、歌っている内容はシビアである。

女泣くな 女泣くな 女泣くな 女泣くな /トレンチタウンの官庁の庭に ふたりで坐っていた日のことだ /善良な人たちの中に /偽善者どもがそしらぬ顔をして混じっていたのを ふたりで眺めていた /そんな中で出会った大切な友人たちも ひとり またひとり /闘いの中で倒れていった /どんなに素晴らしい未来がやってこようと /昔の日々は忘れられやしない /だから 涙を拭うんだ (対訳 山本安見)

レゲエ。レベル・ミュージック。反逆、反抗の音楽。ラスタファリアンの抵抗の音楽だ。
彼は、『GET UP STAND UP』 で、「起き上がれ、立ち上がれ、権利のために立ち上がれ、闘いを諦めるな」と歌った。1945年2月ジャマイカに生まれ、81年5月アメリカ・マイアミの病院で亡くなる。わずか36歳の生涯と思えないほど、音楽と社会に多大な影響を及ぼした。

全くタイプの異なるミュージシャン、デヴィッド・ボウイが10日に亡くなったそうだ。享年69歳。
グラム・ロック時代、美しさは群を抜いていた。映画 『地球に落ちてきた男』 『戦場のメリークリスマス』 の俳優としての姿が印象に残っている。時代を超えたスターだった。
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by rurou-no | 2016-01-14 11:54 | 音楽

ヤナーチェク

2ヶ月近く前のことを取り上げるのもなんだが、やっと「や」が巡ってきたので、チェコ東部モラヴィア出身の作曲家レオシュ・ヤナーチェクの出番となった。
2月8日の日曜日、隣町にあるカフェで「音楽と写真でつづるヨーロッパ冬紀行」と題した、ピアノコンサートがあった。こんなこともあろうかと、プログラムを残しておいてよかった。

日ごろ連れ合いが飢えを嘆いているように、半島の突端にある田舎町では文化・芸術に触れる機会はほとんどなく、あったとしてもせいぜい行政が主導する「生涯学習」の域を超えない程度のものに限られる。
そんな文化果つるところ、辺境の地でオアシスのような役目を果たしているのが、件のカフェ。

今回のコンサートは、ピアニスト自身がこの冬にチェコを旅行して撮影した写真を、スライドで紹介しながら演奏するというスタイルで、写真は相当な腕前とみえる。

ショパンの『ノクターン』、ドヴォルザークの『ユーモレスク』から始まった演奏は、正直なところ「乱暴」との印象を受けたが、ベートーベンのピアノソナタ『悲愴』でやっと落ち着いてきた。
休憩後は、ヤナーチェクの『草かげの小径にて』。これがなんとも味わい深い演奏だった。私たちにヤナーチェクの音楽を聴いてほしい、という気持ちがストレートに伝わってきた。

ヤナーチェクといえば、村上春樹の『1Q84』で主人公の青豆が、『シンフォニエッタ』を繰り返し聴いているシーンを思い浮かべる。音楽が小説の中で重要な位置を占めるのは村上の特徴であり、読んでいるうちに音楽が聞こえてくるのは村上ならではのウマさといえよう。『1Q84』における『シンフォニエッタ』も、例の如くであった。

ピアニストはヤナーチェク愛を存分に発揮していたし、プラハからフクヴァルディやブルノを含むチェコ各地の写真も、村上の『ノルウェイの森』とシンクロする部分を感じたのは儲けものだった。
こうしてたまには喉の渇きを潤しに出かけないと、年齢とともに感受性が鈍くなってきていることもあわせて、遠からず干からびてしまうのは目に見えている。心しておかねばならぬ。
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by rurou-no | 2015-04-01 14:52 | 音楽

快適快感のジャズ

今年の春先ごろから、車を運転中に聴く音楽がジャズ一辺倒になってきた。
少し前までなら PARIS MUSETTE に GIPSY KINGS 、Taraf de Haidouks それから deep forest や Secret Garden 、元ちとせ、笠置シヅ子、などなどがドライブの友であり、そのまま今も KING SUNNY ADE と ZAZが乗っている。

無節操でバラバラやないか、と突っ込まれてもしょうがない。ええ音楽ならなんでも好きやから。
現在、愛車ジムニーに乗っているCDを調べたら、BENNY GOODMAN 、THELONIOUS MONK 、BUD POWELL 、そして CHARLIE PARKER が3枚。古いのばっかりやないか、と再度突っ込まれそうやけど。車でジャズばかり聴くようになってから3度入れ替えした結果だ。

ジャズは音に集中してしまいそうだから、運転中に聴くには向かないと思い違いしていた。
ある日何となく ERROLL GARNER をかけたら、実に気分良く運転できた。なんや、ええやないか、とそれからジャズ三昧で快適快調。時どきジャズ喫茶通いの日々を思い出したりして、なんてね。

と、長い前置きはほどほどにして、今日の本題。
昨夜、古座川町にあるカフェ「ダーチャやまんば」でジャズライブを堪能した。
出演はニューヨーク在住のピアニスト、クニ三上と池田聡(b)、橋本学(ds)のトリオ。

DUKE ELLINGTON で始まり、SCOTT JOPLIN 、GEORGE GERSHWIN と続けて、あとはシャンソンやらポップスやら織り交ぜながら(童謡もジャズ風にアレンジして)たっぷり2時間のステージは、長年本場ニューヨークで演っているのは伊達じゃない、といわんばかりの軽快なピアノプレイ。

やっぱりジャズってええなぁ、とからだが喜んで勝手に動き出した。橋本くん、ええ感じやでぇ。
田舎でジャズのライブなんてめったにない希少な一夜、ジャズに包まれる快感を存分に楽しんだ。
主催した「やまんば」さんと、遠いところを来てくれた三上さんらに、おおきによぅ。
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by rurou-no | 2012-06-01 11:29 | 音楽

死んだ男の残したものは

しりとり歌合戦をするつもりやないけど、昨日「くそくらえ節」を口ずさんでいたら、続けて ♪死んだ男の残したものは~♪ と口について出てきた。そんなわけで今日も歌のタイトルで。

    死んだ男の残したものは ひとりの妻とひとりの子ども
           他には何も残さなかった 墓石ひとつ残さなかった
    死んだ女の残したものは しおれた花とひとりの子ども
           他には何も残さなかった 着物一枚残さなかった
    死んだ子どもの残したものは ねじれた脚と乾いた涙
           他には何も残さなかった 思い出ひとつ残さなかった
    死んだ兵士の残したものは こわれた銃とゆがんだ地球
           他には何も残せなかった 平和ひとつ残せなかった
    死んだ彼らの残したものは 生きてる私生きてるあなた
           他には誰も残っていない 他には誰も残っていない
    死んだ歴史の残したものは 輝く今日とまた来る明日
           他には何も残っていない 他には何も残っていない


作詞:谷川俊太郎/作曲:武満徹
1965年4月、「ベトナム平和を願う市民の集会」で発表されたという。
もちろん、そのころはまだ小学生で知らなかった。

この年、アメリカ軍が北ベトナムへの無差別爆撃を開始、多くの一般市民に犠牲者が出た。
60年に始まった第2次インドシナ戦争で、南ベトナム解放民族戦線をマスコミは「ベトコン」と呼び、テロ組織扱いしたが、時間の経過とともにことの本質が明らかになった。結果、米軍は敗北する。

戦争をすることで経済を成り立たせているアメリカは、性懲りもなく世界中で戦争をしかけて大国の力を誇示してきた。イラクへそしてアフガニスタンへと、50年前からやってることは変わっていない。

谷川俊太郎と武満徹は、ともにわが国を代表する詩人と作曲家で世界的に知られ評価が高い。
この2人が組んだ反戦の歌は、永遠に歌い継がれていく。
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by rurou-no | 2011-03-03 10:52 | 音楽

くそくらえ節

 ある日学校の先生が 生徒の前で説教した テストで100点取らへんと 立派な人にはなれまへん
  くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ この世で一番えらいのは 電子計算機
 ある日まじめな労働者 息子を呼んでこう言った 仕事のことだけ考えて 毎日せっせと働いてチョーダイヨ
  くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ 文句も言わずにせっせと働く 機械の部分品
 ある日会社の社長はん 社員を集めて訓示した 君達わたスを離れては マンズ生きてはゆけぬ身の上さ
  くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ 金で買われた奴隷だけれど 心は俺のもの
 ある日政治家シェンシェイが デッカイ面してこう言った 君達まじめに勉強して ワタスのようになるんだよ
  くそくらえったら死んじまえ くそくらえったら死んじまえ 税金チョロマカシテ2号をもつなど おいらもやりたいナ 
                       税金チョロマカシテ2号をもつなど おいらはまっぴらサ
 ある日聖なる宗教家 信者の前でお説教 この世でがまんしていれば きっと天国行けまっせ
  ウソこくなこの野郎 こきゃあがったなこの野郎 見てきたようなウソをこくなよ 聖なる神の使者
 ある日政府のおエラ方 新聞記者に発表した 正義と自由を守るため 戦争せにゃあきまへんのやワ
  ウソこくなこの野郎 こきゃあがったなこの野郎 おまはんらが儲けるために ワテらを殺すのけ
 ある日しわくちゃじいちゃんが 若者呼んでこう言った 天皇陛下は神様じゃ お前ら態度がなっちょらん
  ウソこくなこの野郎 こきゃあがったなこの野郎 天皇様もトイレに入れば 紙にたよってる 
    
                                                 詞/曲 岡林信康

長々と引用してしまったが、まだ他にも歌詞がある。
1969年、「反戦フォーク」とか「プロテストソング」という言葉があった時代だ。
この歌は部落差別をテーマにした「手紙」や「チューリップのアップリケ」とともに放送禁止(自粛)歌になっていた。ぼくらは放送禁止歌が大好きで、みんなでよく歌った。

近ごろではサッカースタジアムでサポーターが「友よ」を合唱することがあるらしい。
スポーツ試合が生み出す興奮とカタルシスは、しばしば民衆の不満のハケ口として利用されてきた側面は否定できない。難いこと言わずに楽しめばええんやけどね。だからこそや。
「友よ」を贔屓チームを励ますために歌うのはかまわないが、時にはその歌ができた社会的背景や歌詞の意味について考えをめぐらせることもあってほしいと願う。

「山谷ブルース」は今でも焼酎をあおりながら口ずさむ人がいるのやろか。
音楽も消費されるモノでしかなくなってしまった。しかしその影響力には計り知れないものがある。
気骨のあるミュージシャン諸君、たのんまっせ。
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by rurou-no | 2011-03-02 10:59 | 音楽

ジャマイカじゃないか

昨日は三重県の紀宝町まで足を延ばし(といっても3月限りで店を閉めた新宮市熊野川町のハチドリよりもずっと近い)、熊野大橋を渡ってすぐのところにあるミュージックカフェ・フォークスであった「豊田勇造ライブ」へ行ってきた。
勇造さんは京都で舞台照明の仕事をしていた時に何度もスタッフをさせてもらっていたが、私の方がダンスや芝居の仕事が忙しくなるにつれだんだんと疎遠になり、20数年ぶりの再会だった。

60歳になった勇造さんのステージは昔と変わらず、始めから全力疾走で最後まで走り抜くスタイルは健在だった。変わらないところと変わったところ、どちらもいい感じでうれしい時間を過ごせた。
あんな元気な姿を見せられたら、こっちもうかうかしていられない。怠惰な日々を消費するだけの自分が恥ずかしい。「2019年7月7日、70歳のコンサートを円山音楽堂で開く」と語るその日、京都へ行けるようになっていたいと思う。

今日のタイトルは前に勇造さんが「憧れのジャマイカ」や「ジャナイカジャマイカ」を歌っていたなぁと思い出したので。昨日のライブではアンコールで一番好きな「花の都ペシャワール」も聴けた。私のへたれの耳では補聴器の力を借りても、歌の歌詞や曲間の喋りの内容は聞き取りにくかったが、そんなことには関係なく音楽への熱い思いは十分に伝わってきた。

前座で演奏した川端さんをはじめ松原さんや井上さんら地元のミュージシャンも好かったし、初めて行ったフォークスの雰囲気(マスターの音楽好きが分かる)も好くて、なんだか羨ましかった。

昨晩は久しぶりに興奮したせいか、頭が興奮状態から冷めず布団に入ってもなかなか眠れなかった。
こんな風になるのも久しぶりである。
頭を冷やそうと外に出ると、夜空に満天の星が煌めいていた。
星がきれいに見えるところで良かった。
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by rurou-no | 2010-05-17 10:14 | 音楽

山のロザリア

やっと春らしい天気になった昨日は連れ合いと古座川を滝の拝まで上り、ヤマフジを見てきた。
「山笑ふ」の季語にあるとおり、連なる山々は新芽の輝きが眩しいくらいで、迫り来るその生き生きとした表情は芽生えの喜びにあふれて、確かに山全体が笑っているようにも見えた。

どこで覚えたのだったか、子どものころから愛唱していたロシア民謡「山のロザリア」

     山の娘 ロザリア  いつも一人 うたうよ
     青い牧場 日昏れて  星の出るころ
     帰れ帰れ も一度  忘れられぬ あの日よ
     涙ながし 別れた  君の姿よ

     黒い瞳 ロザリア  今日も一人 うたうよ
     風にゆれる 花のよう  笛を鳴らして
     帰れ帰れ も一度  やさしかった あの人
     胸に抱くは 形見の  銀のロケット

     一人娘 ロザリア  山の歌を うたうよ
     歌は甘く 哀しく  星もまたたく
     帰れ帰れ も一度  命かけた あの夢
     移り変わる 世の中  花も散りゆく

     山の娘 ロザリア  いつも一人 うたうよ
     青い牧場 小やぎも  夢を見るころ
     帰れ帰れ も一度  忘れられぬ あの日よ
     涙ながし 別れた  君の姿よ 
         訳詩/丘灯至夫
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by rurou-no | 2010-04-26 11:53 | 音楽

ラグタイム

19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで流行したピアノ音楽、ラグタイム。
スコット・ジョップリンの「ジ・エンターテイナー」が代表する。
久しぶりに聴いてみたくなりLPレコードを探したが見つからない。あれぇ、20代のころから好きでよく聴いていたのに。
少し前にもこんなことがあった。「シャコンヌ」だ。
以前ならLPだったら右から何枚目とか、CDだったら何段目の引き出しの前から何列目、と迷うことなく取り出せたはずだ。
それというのも聴覚に問題がおきてからあまり音楽を聴かなくなったせいである。

当初は音楽がない生活なんて考えられない、とステレオを大音量で聴いていた。一緒に暮らす連れ合いは大変だったと思うが、隣接する家がなかったから安心して大きな音が出せた。ただ大きな音ばかり聴いていると体がとても疲れるのだ。
その後、住宅街の中へ引越ししてからは近所に気を遣ってだんだんと音楽から遠ざかった。
今はステレオを鳴らすことは殆んどない。

聴覚は言葉がピンボケの映像のようにクリアではなく、さらに物体が歪んで見えているような状態で、その上に四六時中雑音がしている。「耳の中を砂嵐が吹いている」とか「耳の中で蝉を飼っている」なんて表現をしていたが、頭蓋骨全体で響くノイズはそんな悠長なものではない。
やかましくて眠れない日も多い。止むことのない音で気持ちが悪くなることもしばしばである。
夜中に起きて水を飲み、体の違和感が収まるのを待つ。
音さえ止んでくれたらと気にすればするほど、大きな塊になって襲い掛かってくるからたまらない。
そんな時は本を開いてその世界へ身を置く。集中するとたとえひとときでもうるさい音から逃れられ、本が絶望的な状況から救い出してくれる。
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by rurou-no | 2010-04-17 15:23 | 音楽

涙そうそう

       古いアルバムめくり
       ありがとうってつぶやいた
       いつもいつも胸の中
       励ましてくれる人よ
       晴れ渡る日も 雨の日も
       浮かぶあの笑顔
       想い出遠くあせても
       おもかげ 探して
       よみがえる日は 涙そうそう

                    作詞 森山良子

沖縄の言葉(ウチナーグチ)で「涙ぼろぼろ」という状態を「なだそうそう」と言うらしい。
遊びやら仕事やらで何度も沖縄へ行って、沖縄が大好きになった一人である。
特に音楽や踊り、風俗など沖縄の文化に惹かれている。そして言葉。独特の言い回しやイントネーションに、なんともいえない親しみを感じてしまう。
沖縄へ住むことを真剣に考えていた時期もあった。故郷を飛び出して何年も経っていないという頃にだ。
今はその沖縄に似ていると友だちから言われた故郷の島へUターンした。
やっと手に入れた南の島での生活も、収入を得る手段が少ない現実が前に立ちはだかる。
せっかくの定職を手放すバカな奴は始末に終えない。これから、いったいどうするつもりなのか。

このたび退職の挨拶回りをしていて、つくづく人との出会いを考えさせられた。
お世話になった取材先や記者仲間など、何処へ行っても温かい言葉をかけてくれる。
単に仕事上の関係に留まらず、人として付き合えたと実感を得られ、うれしかった。
「涙そうそう」とまではいかないまでも、心に「じん」とくる。
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by rurou-no | 2010-03-26 12:59 | 音楽


一瞬を、永遠に
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