一所不住



カテゴリ:まつり( 6 )


木遣り

あれぇ、また「き」へ戻ってしまっている。と、ここを開いて気が付いた。タイトルを考えるときは次のことなんて考えていないから仕方がない。とにかく「き」からだ。

明日で終わってしまうが、9月になると思い出すのが「片貝まつり」の奉納花火。
友人たちと毎年、尺玉花火「銀山錦」を奉納して揚げてもらっていた。
今年も9日と10日、無事に打ち揚げたと思う。この「片貝まつり」については前にも書いた。
「木遣り」のことも書いたような気がするが確認できなかったので、まぁええやろ。

片貝には、花火打ち揚げのときにお立ち台で唄う「奉納木遣り」と、花火玉を引き回しのときに各家の前で唄う「道中木遣り」がある。よそ者(浅原神社の氏子でない)である私たちは玉の引き回しはおろか、お立ち台へ上がることも叶わぬから桟敷席に陣取る。
そこで少しでも地元の人に近づきたいと覚えたのが「奉納木遣り」だった。

     本町ニ丁目の (やぁなぁ なぁはよぅ なぁはよぅ よいせぇぇ)
     本町二丁目の (や) 糸屋の娘 (は) (やれこのせぇ)
     酌に出たそじゃ あの娘は良い子
     年はいくつと 謎して問えば  姉は三七 妹はニ八
     姉にゃ少しも望みはないが 妹ほしさに御立願かけた
     お伊勢七度 熊野へ三度  芝の愛宕さんに そして月参り
     かけた御立願 叶わぬときは ・・・・・

と延々と十ヶ所の願掛けが続いて   そして最後に  
     あまり長いは 手子の衆の大儀  
     まずはここらで ちょいと切りしゃんせ

で、締める。

この「糸屋の娘」をモチーフにした木遣りは、各地で形を変えて唄い継がれているようだ。
おそらく江戸時代の俗謡  京都三条の糸屋の娘  姉は十八妹は十五  諸国大名は弓矢で殺す  糸屋の娘は眼で殺す  が元になっているのでは(これもさまざまなバージョンがある)ないか。都々逸なんかで聞くとなかなか粋なもんである。 
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by rurou-no | 2012-09-29 11:04 | まつり

ゑべっさん

1月10日は 「十日戎」  ♪商売繁盛 笹持って来い~♪ の日だ。
そして今日は、残り福ということになっている。

ゑびす神は元々、海の向こう(異邦)からやってくる 水の神だったらしい。
それが中世 平安時代に商業が発展するにつれて、商売繁盛の神となったそうだ。

ゑびす社には二つの系統があり、兵庫県西宮市にある「西宮神社」が蛭子神系で
全国に約3500社。島根県松江市にある「美保神社」が事代主神系で約3000社。
それぞれが総本社となっている。

このゑべっさんは、殊の外カラフルな色彩に富んで賑わうこともあり、よく出かけた。
京都に住んでいたころは「京都ゑびす神社」、大阪へ移ってからは「今宮戎神社」。
縁起物の福笹や熊手を 買い求めはしなかったものの、おしくらまんじゅうのように
押されながら お参りするのが面白かった。

ゑべっさんが好きなのは、失礼を承知で言わせてもらえれば、人間の欲徳が直裁に
現れているところかも知れない。商売繁盛で儲けたいという 欲望のエネルギーが
渦巻いて、それが賑わいとなっているからだと思う。

私の場合 初詣もそうだが、神社へお参りするのは 特に信仰心があるわけではない。
そのせいか、神さんの御利益を授かったためしは あまりない。
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by rurou-no | 2007-01-11 13:22 | まつり

まつりフリーク

祭りが好きだ。
懐具合に余裕があれば、何処の祭りへでも行ってみたい。
ハレの日に 地域全体が浮き足立って、晴れがましい雰囲気に満ちている、そんな
空気感がなんとも好ましい。

日々の営みの中で、常に神の存在を意識し 崇め、心の拠り所としてきたことへの
感謝のしるしとして 供物を捧げ、芸能を奉納する。
代々伝承されてきた儀式・行事とともに、年に一度の無礼講の日として成り立った。

また祭りは、若い男女の 出会いの機会でもあった。
地域によっては、祭りの期間中は 自由な性愛が許されていたという。
今の様に 男と女が簡単に出会えなかった頃の話である。

意識しないまでも そうした諸々のことが背後にあればこそ、神楽舞や獅子舞などの
芸能事が華やいでくる。そして山車の飾り付けが賑やかになる。

祭り好きが昂じたわけではないが 芸能関係の仕事を長い間してきて、日常(ケ)が
ハレの日になっていた。
静かな環境が好きだからこそ、騒々しい祝祭に惹かれるのだ。
「ケ」が中心のの今は、せいぜい「ハレ」を求めて 東奔西走する夢でも見よう。
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by rurou-no | 2006-12-27 13:58 | まつり

ねんねこ祭り

今年の春まで住んでいた田原に 木葉神社がある。俗名「祢んねこの宮」。
ここで 例年12月最初の日曜日に、「ねんねこ祭り」が行なわれる。
五穀豊穣、子安信仰、子孫繁栄を願い 数百年続いている祭りだそうな。

この祭りの特色として、まだ夜明け前の暗いうちから始まる 朝日遥拝がある。
前日より、精進入りし 肉や生食を断って、宮篭りをしている 参加者一行が
拝殿から遥拝所まで、約200mの距離を1時間余かけて 歩いていく。
頭上にお櫃を乗せた ご飯持ち巫女を先頭に、祭主が鳴らす鈴の音一振りで
一歩づつ進んでいくという、古式に則った 実に厳かな儀式である。

何処でも見られる光景として 一行の周りをカメラやビデオが取り囲み、盛んに
フラッシュが光ったりするものの、衣装に身を包んで 一歩進んでは止まり、
また一歩進んでは止まりする 一行だけは別世界にいるかのように、静寂が
支配している。その緊張感たるや、感動的ですらある。

ふと、ねんねこで赤ん坊を背負った人を 見かけなくなって久しいことを思う。
子守と家事が同時に出来るし、常に触れ合っていられる 便利なものなのに
どうして使われなくなったのだろう。見かけほど 具合は良くなかったのか。

「ねぇんねこぉ~ねぇんねこぉ~おぉろろんよぉ~」と、子守の神事で歌われる 
子守唄が 頭の中でリフレインしている。
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by rurou-no | 2006-12-13 12:37 | まつり

花火には一家言あり

かれこれ 20年近く前からになろうか、毎年 片貝まつり へ行くのが
恒例となっている。そして、浅原神社へ 花火を奉納している。

新潟県小千谷市に片貝町というところがあり、例年9月9日 10日が浅原神社の
例大祭となっている。もともと花火師が多く住んでいたこともあって、秋の祭りには 
神社へ花火を奉納するのが 慣わしとなってきた。

この奉納煙火(と地元では呼んでいる)は、その年に打ち上げる花火を 自ら作り
台車に積んで町内を引き回し(玉送り)したあと 打ち上げていたそうだ。
打ち上げの時には お立ち台で、木遣り歌を唄う。
現在は 花火は注文して作ってもらうが、玉送りと木遣り歌の行事は残っている。

花火は ひと玉づつ名調子のアナウンスによって、メッセージが読み上げられた後
打ち上げる手筈となっている。
誕生祝いから始まって、成人の祝い、結婚の祝い、新築祝い、厄年満願、還暦祝い、
追善供養、古希の祝いなど およそ人生の区切りごとに花火を奉納する。

更に ここでは花火師の心意気を示すため、世界一大きな 四尺玉を上げている。

縁あって、私たちのグループでは 「銀山錦」という花火を 奉納させてもらっている。
花火には一家言ある者ばかりが集まって、毎年「銀山錦」の花を 片貝の夜空に
咲かせ続けている。

この「片貝まつり」は 決して巷に溢れる花火大会などとは違う。
花火が開く、その一瞬に 万感の思いを 人々が共有する場なのだ。
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by rurou-no | 2006-11-21 16:08 | まつり

8日 ハシリマイ

10月9日、10日は雷公神社のまつり。
宵宮の8日は 200年続く伝統行事ハシリマイの日である。
3メートル余の苦竹を束にして 火を灯した松明を掲げ、神社と寺へ
走って参ることから走り参い

由来を遡れば、900年も前と 大龍寺の過去帳に記されているそうだ。
神様をお寺で持て成すという、愉快な伝説が残されている。

当地方では、〈神倉神社のお灯まつり〉 〈那智の火祭り〉 とともに
三大火祭りと並び称されるが、その際立つ美しさほどには知られていない。
想像して欲しい ・・・
暗闇の中で 1本の線となった火が、うねりながら流れていく。
そして、その火が神社の森を登っていく。

おそらく ハシリマイを走ることが、子どもから若い衆への
通過儀礼のようなもではなかったのか。
盆、正月に帰らなくても ハシリマイには帰る若い衆が
今でもいると聞くのは 嬉しい。
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by rurou-no | 2006-10-11 13:41 | まつり


一瞬を、永遠に
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