一所不住



是非もなく凍る列島ぼける脳

昨日は二十四節気の「大雪」。このところ列島全体が強烈な寒気に包まれて、12月初旬だというのに本格的な冬が到来したようだ。例年より早く雪が降り出した地方もあれば、この時季は雪のない地方でも降雪の観測が伝えられている。北海道の最低気温はマイナス20度前後を推移してるって、どんだけ寒いんやろ。

厚着をし背を丸め身を固くして、二言目には「ひやくい、ひやくい」と呪文のように唱える冷え症の禿頭爺は、人間を長くやっている割にいつまでたっても寒さは慣れないままだ。かと言って暖房器具を多用するには、エネルギーの無駄遣いは慎むべしと抵抗があり、というよりも貧乏性が抜けきれないだけやないか。若い頃の伊達の薄着と年中素足に下駄、の反動がきているのかもしれない。勝手に震えていろ。

もっとも「常春の地」で寒いなんて、ほんとに寒い所の人に申し訳ないと恐縮する。
体感の暑さ寒さは個人差があるだけに、勘弁してもらおう。
今日は冷たい雨が降っているが、こんな日でも元気な爺さん婆さんらは、グランドゴルフだかゲートボールだかの大会を開いて雨の中でプレーをしていた。
畏るべし団塊世代や。

2日、サッカーJリーグ最終節は鹿嶋と磐田が引き分けたため、大宮に勝った川崎と鹿島が勝ち点72で並び、得失点差で川崎が逆転優勝するという劇的な結果となった。
翌3日J2、プレーオフ決勝戦で名古屋と福岡が引き分けて、湘南、長崎とともに名古屋が来シーズンJ1昇格となった。
今シーズン不調の広島は、降格圏ギリギリセーフの15位に終わった。

7日、沖縄の米軍普天間飛行場近くにある保育園の屋根に、米軍機からの落下物があったという。これまでも同じような落下物事故が度々あったそうだが、由々しき問題である。園児たちに怪我がなかったものの、「人の命と基地のどっちが大事か」と、園長の怒りはもっともだ。

米のトランプがまたやらかした。今度はエルサレムをイスラエルの首都と公式に認める宣言を出した。せっかく長い時間をかけて、和平への道を少しずつ進めてきた努力を、無にする、あまりにも愚かな決定である。

日本政府から差別的いじめにあっている沖縄と、アメリカとイスラエルから酷い仕打ちを受けるパレスチナ、それぞれ状況は違っても理不尽という意味で重なってみえる。
日米似た者同士、視野の狭さと考えの浅い男に権力を持たせた結果がこれだ。

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# by rurou-no | 2017-12-08 15:11

時雨たる心ほぐせよ過ぐる風

昨29日、横綱日馬富士が相撲協会へ引退届を提出し、記者会見を開いた。
引き金となった日馬富士による貴ノ岩への暴行は、当事者である貴ノ岩の親方貴乃花が異常ともとれる行動で、問題をこじらせ別の方向へ誘導しようとしているように見える。一件落着には遠い。

心配なのは宿舎へ閉じ籠って(閉じこめられて)姿を現さない、貴ノ岩の精神的・身体的ストレスだ。怪我の具合が悪ければ病院で治療を受けるべきだし、場所前の医師の診断の通り相撲を取れるのであれば、体力を持て余して却って体が悪くなりかねない。
その日にあったことを話す場を設けて、早く楽にさせてあげればいいのに。

ともあれ、立派な横綱(少なくとも今の4人の内では一番に)だと思っていた日馬富士は、晩節を汚した横綱として相撲界を去ることになった。実に残念である。
記者会見の表情からも忸怩たる思いが伝わってくる。
相撲界にとって大きな損失だが、その相撲界の体質が成した問題だった。

26日、映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を観てきた。
タイトルに「ふたつの正義」とあるが、正義を振りかざすのは捕鯨を邪魔するグループで、その行動は悪質であり滑稽でもある。
資金調達のためのデモンストレーションの「絵になる」から、捕獲量が特に多いわけでもない小さな漁村に押しかけて騒ぎを引き起こす行為は、いじめの構造そのものだ。

漁民は先祖代々継承されてきた(記録で確認できるのは江戸時代初期から)鯨漁をしてるだけ。そこにあるのは「生活」で「正義」なんて言葉はない。
漁民は400年以上も前から鯨とともに暮らしを営み、鯨の命をいただいて生きてきた。
暮らしの中で培ってきた文化をおろそかにしてはならぬ。

映画を見終えて帰ろうとしたら、駐車場に止めてあった車が当て逃げされていた。真っすぐ止めていた車が斜めになっていて、後ろのドアがへこんで足元にプラスチック片が落ちていた。当てた犯人はすでに逃げてしまっているので、泣き寝入りするしかないのが腹が立つ。

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# by rurou-no | 2017-11-30 10:36

よこしまな有象無象が掻き回し

早々と冬がやってきた。先週の冷え込みは一時的なものでまた晩秋の季節にもどる、と高を括っていたけど見通しがあまかった。もっとも天気が良ければ、昼間は小春日和の陽気で助かる。冷えに弱い体ゆえ、温かくしてくれるお日さんあればこそだ。

大相撲九州場所がたけなわだが、土俵の上より場所前にあった暴行事件問題の方が、世間の関心を集めている。事は先月26日未明、鳥取巡業を控えた夜の酒席で起こったそうだ。それが表面化したのは、場所が始まった今月14日のスポーツ新聞だった。

横綱日馬富士が平幕貴ノ岩を殴った。連日情報戦でその場に居合わせてない者が、それぞれを擁護する立場である事ない事を喋り、メディアは憶測で報道するものだから真相は混乱してわからなくなってきた。

翌日、巡業の会場で双方が和解して握手を交わした(白鵬の証言)。被害者の貴ノ岩は何事もなかったかのように土俵に上がっている。
29日、貴ノ岩は診断書を添えて貴乃花親方とともに鳥取県警へ被害届を提出。
今月2日、県警からの問い合わせで八角理事長が事件を知る。
同日、貴ノ岩は田川市長を表敬訪問し、場所への意気込みを語っている。
3日、鏡山危機管理部長が伊勢ケ浜、貴乃花両親方へ事情聴取。2人とも「よくわからない」と答えたという。

貴ノ岩が5日から9日にかけて福岡市内の病院に入院。医師の診断書「全治2週間」。これは9日に全治したという意味だと医師の証言。「症状は安定しており相撲を取ることに支障がない。現状は問題はない」とも。
10日、貴ノ岩の休場が発表された。13日、相撲協会へ診断書が出される。

時系列に整理してみるとこうなる。不可解なのは貴乃花親方の行動だ。巡業部長として報告と説明をするべき立場であるのに、逃げ回っているようにしか見えない。場所中なのに仕事を放棄しているし、問題を大きくすることだけが目的なのか。
貴ノ岩は全治しているにもかかわらず休場して姿を見せない。

警察の捜査が進めば事件の概要が明らかになってくる。そして日馬富士への処分も下されるだろう。ただ、今回の件はそれだけですっきりしないかもしれない。
現時点の疑念として、貴乃花が弟子と横綱を利用して自らの野心のために動いた、という印象が強くなるばかりだから。

ともあれ本場所の土俵は、相変わらず白鵬の強さが群を抜いているが、日馬富士より横綱の品格に欠ける見苦しい振舞いも変わらないままだ。
一方、その相撲が好きで応援している北勝富士が好調を維持しているのはうれしい。

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# by rurou-no | 2017-11-24 11:10

さりとても思い離れし己が身よ

今朝は少し冷え込んだ。といっても部屋の温度計は17.1℃だから、寒いなんて叱られそうな気温やけど。温暖な土地に馴染んだ体には、これでも血圧が上昇するレベルの冷えで、頭がふわふわと落着かない。

先月下旬からの腰痛が長引き、月が替わって歯痛にも悩まされている。腰痛は若い頃からの持病で自分なりに改善方法はあるものの、歯痛はどうにもならない。行きつけの歯科医院は暫く行ってない間に、予約が取りにくいと評判が立つほど患者が増えたみたいで、やっと2週間後を予約できた(まだあと1週間の辛抱だ)。

思えば「谷間の世代」と名付けられ、前を行く「団塊の世代」という大きな山を追いかけるばかりの人生だった。越すに越されぬ団塊山は常に中心で聳え立っており、とうとう近付けないまま今に至っている。

50代のころは60代の元気な彼らを見て、還暦を過ぎたら体の細胞が入れ替わってあんな風になれる、と思い込んでいた。その60代になった自分の体は、50代よりも経年劣化が目立つばかりで、ちっとも団塊っぽくないやないか。気持ちと体のズレが広がり、思うに任せられない体を持て余してしまう。ところが70代のなんと元気なことよ。

冷静に考えれば、歳のとり方は個人差が甚だしく人それぞれである。活動的な団塊世代が気になるのも、単純に人数が多いから目に付くだけなのだ。それはわかっていても、堂々と本流を行く彼らを超えられないのが悔しい。
さりとても思いと裏腹に、体は勝手に離れていくのがままならない。

12日夜(日本時間13日未明)、イラン・イラク国境付近でM7.3の大地震があったそうだ。映画などで知るこの地域は、日干しレンガを積み上げた建物が多いので、地震などには弱くて簡単に倒壊してしまいそうだから、その被害が心配である。

千葉県市原市田淵の養老川沿いにある地層が、約77万年前に地球の磁極が逆転した痕跡が確認できることから、地質学で地質年代の境界を代表する「チバニアン」と呼ばれる可能性が高まったという。
こんな面白いニュースにもっと接したいが、世の中の出来事を伝えるニュースは、そもそもつまらないことの方が幅を利かせているものかもしれない。人の不幸は蜜の味というし。

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# by rurou-no | 2017-11-16 10:14

襟ありて役割一つ知る寒さ

先月のこと、急に寒くなった朝、「歳とると冷やくいの、こたえるなぁ」とぼやいてたら、連れ合いが「襟のある服着た方が温いで」と教えてくれた。その時身に着けていたのは首筋が出ているトレーナーで、ポロシャツに着替えたら慥かに暖かかった。
人のいう事は素直に聞くものだ、と思い出して今日の表題に。

暑い時は首筋を冷やしたら涼しくなるし、寒い時はマフラーを巻けば暖かくなるのはわかっていたけど、ついつい横着してしまう。からだに老いを感じるのは、暑さ寒さに弱くなったことで、若いころ平気だった薄着が出来なくなっているのだ。あまり重ね着はしたくない方だが、そうも言ってられないからだの衰えに直面する日々である。

衰えは身体だけでなく頭もで、楽しみは専らテレビのスポーツ観戦になっている。
4日、プロ野球日本シリーズは、ホークスがベイスターズを4勝2敗で下した。
ホークスの日本一は既定のこととして何の疑いも持っていなかったが、ベイスターズが思っていたより粘り強さを発揮して、ハラハラさせられた。

同じ日、サッカーのルヴァン杯でセレッソがフロンターレを2対0で破り、初優勝を成し遂げた。開始直後と終了寸前の得点以外は終始押され気味の試合だったものの、最後まで先取点を守り切った。
野球もサッカーも応援していた方が勝ったので、めでたしめでたし。

5日、全日本大学駅伝は、学生最強ランナー鈴木健吾選手を擁する神奈川大学が優勝した。出雲優勝の東海大が2位、2連覇を狙った青学大が3位だった。
駅伝は長時間のため、1区と8区だけをテレビで。

同じ5日、トランプ米大統領が来日、日本側の過剰接待とアメリカから言いなりのまま戦闘機やミサイルを購入するという首相のポチぶりは、おぞましくてニュースを見る気にもならない。あまつさえ、娘(が立ち上げた世銀の基金)にまで57億円もの金を貢ぐのだとさ。税金やで!トランプにしたら、こんな楽な商談はあるまい。

国を滅ぼそうとする首相が選挙で支持を集めるのだから、あほらしいてやってられん。政府に都合のいい報道ばかりするマスコミの罪は重いで。
まあ、国民ももっと賢くならんとあかんのやけどな。

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# by rurou-no | 2017-11-09 10:18

語られぬ思いとどけよ虫の声

先週は午前も午後も所用があって、投稿は休みにした。
この2週間は、週末ごと台風21号、22号がやってきて散々だった。それでなくても風が強い岬の台地では、雨戸を閉め切ってじっとしているしか手立てはない。
21号の時は2時間の停電、22号では断続的に7回も停電になった。「備えあれば患いなし」とはいかないもので、前触れもなくいきなり真っ暗になるとやっぱり慌てる。

秋台風が去った31日、季節は冬になった。といっても日が差すと暑い南紀では、長袖のダウンと半袖Tシャツ姿が同居することになる。それぞれの体感温度の違いもあろう。若いころ薄着をたしなめてくれた大人の心遣いがわかるようになってきた。

先月、熊谷達也『希望の海 仙河海叙景』を読んだ。9編からなる連作短編集で、読み始めてすぐ、これは 佐藤泰志『海炭市叙景』へのオマージュやな、と感じた。だんだん読み進めていくと、井上光晴『明日ー1945年8月8日・長崎』、映画では黒木和雄監督『TOMORROW 明日』へのオマージュにもなっていることに気が付いた。

「その日、その時」まで、確かにあったどこにでもある暮らしが突然断ち切られる。さまざまな事情を抱えながらもなんとか折り合いをつけながら市井に生きる、なにげない日常を切り取って、一人ひとりの人物を丁寧に描く手法は三つの作品に共通している。

東北大震災に遭って、積極的に発信した人や沈黙を貫いた人など、それぞれの立場でそれぞれの振舞いがあった。『希望の海』も、気仙沼市と思われる地方都市が舞台となっている現代小説ゆえに、震災は避けて通れない。
9編のうち最後の2編は「その後」の話で、『ラッツォクの灯』は出色だった。

震災の情報はおもに新聞記事から入手していたが、その新聞以上に、また他の震災関連の小説とも違って、この小説はそこに住む人びとの息遣いが生々しく伝わってきた。おそらく作家自身がその街と人を、肌感覚で知っているからではないか。
さらに『海炭市叙景』への敬意を忘れず、同じ位置と目線を持っていることだ。

そんなこんなで、今回の表題となった。
現実の出来事を報道する新聞記事やテレビの映像からは伝わらないものが、小説という形で伝わることもある。事実と真実あるいは本質の違い、見えている現象とその裏側にある見えないもの、主張する声と発せられない声、そしてとどかぬ思い、なんてことをつらつら考えさせられた。

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# by rurou-no | 2017-11-02 11:00

凄まじき音に抗い夢の中

いつだったか、聴覚障碍者の症状の一つとして、頭の上を飛行機が飛んでいる漫画を見たことがあった。その絵を覚えているのは、まさに今の自分そのものであったから。
健聴者には理解し難いと思うが、聴覚障害にも症状は人によってさまざまであり、難聴だからといって聞こえないわけではない。

禿頭爺の場合は、頭の中で常に騒音ノイズがしている状態で、人の声が届かないのだ。
テレビの砂嵐のノイズが始終している、頭の中に蝉を飼っている、機械音がやかましい工場の中にいる、工事現場の騒音が四六時中している等々、言葉で説明は難しい。
一番近いのが件の絵だった。頭のすぐ上すれすれにジェット機が飛んでいる、又は頭の中でジェット機が飛び回っている。

人の声は言葉の輪郭を成さず、別の騒音となって襲ってくる。ゼリー状の物がからだにまとわりついてくるようで息苦しくなってくる。気持ちが悪くて倒れそうになる時もあるので、できるだけ人が集まるところを避けてはいるが、そうとばかり言ってられないから色々と大変な思いもする。
とりあえず1対1で向かい合って、大きな声ではっきりと話してもらえば会話はできる。連れ合いとの会話でも何度も聞き直し、時に声を荒げることがある。

耳に入ってくる音が小さくて聞こえないと誤解されがちだが、人の声は聞こえても輪郭がぼやけてわからないのだ。視力の弱い人と同じだと思う。
たとえば何かが当たる音は必要以上に突き刺さってきて、ちょっとした音でも驚いて可笑しくなることがある。

本日の表題について。頭の中のジェット機がうるさく眠れないことがしばしばで、毎夜2~3時間は騒音に耐えられず目を覚ます。そんな日々でも起床前1~2時間はよく眠れて、夢をみることが多い。
今朝はまんじりともせず朝を迎えたが、その前の日は森の中を延々と歩いていた。畑に出て畑の中を歩いていると蜘蛛の巣がからだに絡みついて困った。そしてやっと民家のある場所へ出たところで、目が覚めた。

一昨日、自衛隊ヘリの墜落事故が発生し、昨日は戦闘機が火災を起こした。このあたりでもドクターヘリや、海に落ちた釣り人を捜すヘリがしょっちゅう飛んでいて、ホバリングの音がすごい。
集落を米軍のヘリパットに囲まれた東村高江の人たちのことを思う。11日に高江で墜落事故を起こした米軍は、事故原因の説明もなく昨日同型ヘリの飛行訓練を再開したという。米軍の前で尻尾を振ることしか知らない日本政府とはいったいなんや。

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# by rurou-no | 2017-10-19 11:04

てんでにとわかっていても君探す

東北の大地震をきっかけに、「てんでんこ」ということばがキーワードとして広まるようになった。災害のときは、めいめいが自分の身を守るために素早い行動を促す意味で使われる。この辺りでいう「てんで」とほぼ同じだと理解している。

朝日新聞の連載企画記事「てんでんこ」は、あの地震のとき、地震のあと、そこで何があったのか、その後どう行動したのか、何がどう変わったのか等々、住民に寄り添った記事は注目に値する。中でも、すこし前に掲載された「音楽の力」が心を打った。

音楽は、隙間風に震えて風邪をひきそうになった心の隙間を埋め、冷えて弱った心を温める蒲団の役割も果たしてくれる。それまで聴いてきた音楽がその人の個人史と重なり、また新しく聴いた音楽は、新たに書き加えられる。人びとの心が荒んでいるときほど音楽は力を発揮するし、趣味嗜好を超えたところで人の心を救う力を秘めている。

前回触れた映画でも、印象に残ったのは映画そのものよりも音楽の方だった。ミュージシャン志望の青年が雑貨店の前で吹くハーモニカのメロディが胸に染み入ってきた。その音楽が物語の核の一つとなるのだが、女性歌手が歌い出すと禿頭爺は太鼓の革になって感情を乱打された(ちょうど祭りの時期、獅子舞が荒獅子を舞うときの太鼓や)。

さらに、彼女のダンスにも魅せられた。確かな表現力に支えられたダンスだったからこそ、シルエットでもいいから身体の線の動きをもっと見たかった(監督は風になびくドレスを見せたかったのだろうが)。

あれっ、音楽から離れてしまった。要は表現されたものこそが人の感情を揺さぶり、心の栄養になるのだということ。からだの栄養となる食べ物と同じで、人間にとって必要不可欠のものなのだ。それは例えば絵でもいいし、文章でもいい。

月に1回だけ新聞で読める、石牟礼道子さんの『魂の秘境から』は、なんて美しい文章なんや、と心が洗われる思いで読んでいる。一部抜き書きさせてもらうと、「海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。」

こうしたものに包まれて歳を重ねてきた。

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# by rurou-no | 2017-10-12 10:11

寝首搔く魑魅魍魎が跋扈して

近ごろテレビのニュースを見るのが気持ち悪い。悪事の言い逃れが出来なくなった首相が自分の困難を「国難」と言い換えて、憲法に違反する国会冒頭での解散を強行した。選挙の告示まで空白の2週間にあたり、慌ただしく動き回る魑魅魍魎がニュースで頻繁に報道されている。各党の党首が画面に映るたび、気持ち悪くて顔を背けるかテレビを消すのが習いとなった。

野党第一党が解体され新党へ合流したが、ここは海外から客観的に見れば「極右ポピュリズム政党」だ。大阪の差別排外主義政党と同じや、と思ってたら案の定、手を組んだ。
おいおい、中道リベラルはどうすんねん、戦前の翼賛体制になってしまうのか、と危機感を抱いていたところ、なんとか受け皿となる政党も現れた。

今や、戦争を是とするのか、非とするのか分岐点に立たされてしまった。平和ボケしたバカどもがゲーム感覚で戦争を始めようとする。そこには戦争とはどういうものか、想像力が欠落しているのだ。「正しい戦争」なんてあろうはずはないし、始まってしまえば醜い殺し合いが悪化するのを止められなくなる。

単細胞脳の連中が北朝鮮の危機を煽ろうと躍起になっているが、冷静に考えてみれば戦前の日本とよく似た体制である。ちゃんと戦争の総括をしていれば、どう対応すればいいのか処方箋はできていたはず。愚かな戦争を始めて300万同胞の命を奪い、国土を荒廃させたことについて反省しないまま曖昧に済ませているから、また戦争をしたがるバカが大きな顔をして恥ずかしげもなく出てくるのだ。

先週末、久しぶりに映画へ出かけた。前に(2012年6月)読んだ東野圭吾の小説で、雑貨店のシャッターにある郵便受けを通して手紙が過去と現代を繋ぐ、という設定が面白かったのを覚えていた『ナミヤ雑貨店の奇蹟』が映画化された。山下達郎作詞・作曲、門脇麦が歌う「REBORN」が秀逸だった。

昨夜は十五夜、今夜は十六夜、そして明日は満月の立待月。暦のずれもそれはそれで、よしとしよう。

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# by rurou-no | 2017-10-05 10:35

八雲立つ天地(あめつち)のこえアキアカネ

「八雲立つ」は「出雲」にかかる枕詞と中学校で習った。枕詞は特に意味を成さないが、「八雲」には雲が重なっているという意が含まれている。
今日の表題に困ってふと見上げた空に、幾重もの雲が重なっていたのを目に留め「八雲立つ」のことばが出てきた。

このところ続く前例のない極端な気象や地震など、さまざまな理由が後付けで説明されるものの、やはり天地のこえに耳を傾けることが必要とされているのではないかと思う。雲を見て、風を感じ、虫や草花などを愛でて、小さな変化を見逃さず気付くことで、私たちの活動を謙虚に見直すべきなのだ。

「頭の悪い犬ほど吠える」「弱い犬ほど吠える」とよく言われるが、その両方を兼ね備えた2匹の犬が相変わらず吠え合いしている。そうこうしているうちに、大型犬に隠れるようにして子犬がキャンキャン吠え出したのにはたまげた。恥ずかしくて見てられない。周りから嘲笑が聞こえてきそうである。

そんなどさくさに紛れて、政府は陸上に配備する迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を、2ヶ所に配備することになったという。1基約800億円もする役に立つかどうかわからないものを2基も買うのだと。
オスプレイしかり、アメリカの不良品の在庫を高値で買い取る従属国やあわれ。

99年ぶりの異常事態となったのは、大相撲秋場所。3横綱2大関が休場して、それぞれ1人ずつしかいなくなった。なんとかその2人で優勝決定戦までしてくれたが、11勝4敗で優勝(金星4つの大盤振舞い)では、いささか物足りない。

それでも優勝した横綱日馬富士は責められない。満身創痍なのに、3人が休んだから休めなくなってしまい、千秋楽まで責任を果たした。
若くて活きがいいガチンコ力士が幕内上位に揃って、大相撲にも世代交代の波が押し寄せてきている。ただ、力尽くの大味な相撲が増え、技の攻防が少なくなったのはいただけない。業師の登場を切に願う。

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# by rurou-no | 2017-09-28 10:56


一瞬を、永遠に
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