一所不住



2011年 06月 24日 ( 1 )


基地の島

昨日23日は、沖縄戦没者慰霊の日だった。
沖縄出身の戦没者らの名を刻む「平和の礎」には、24万1132人が刻銘されているという。
太平洋戦争末期に日米最後の激戦地となった沖縄戦では、双方合わせて20~24万人の犠牲者が出たそうだ。沖縄出身者に限っても12万人を超え、そのうち94000人が民間人だったと資料にある。

大勢が決してもなお、何ゆえに勝ち目のない戦いを続けたのか。思考停止に陥り客観的な判断ができなくなった大本営は、沖縄を「本土防衛」の捨て石にしてでも守りたいもののために、敗色濃厚な戦いを突き進んだ。
沖縄戦の悲劇は、決して忘れてならない現実である。

戦後66年、「本土」は沖縄を犠牲にして高度経済成長を謳歌してきた。
この間、1972年までは米軍の占領地であったし「返還」された後も米軍基地はそのまま残された。
実際に沖縄本島へ足を運べば、「沖縄に基地がある」のでなく「基地の中に沖縄がある」のを実感する。基地の金網は延々と続き、市街地を米軍機が当たり前のように低空飛行して恐怖心を覚える。否応なく米軍に支配されている実態を目の当たりにするのだ。

米軍は頻繁に事故を起こし、また米兵は何度も事件を起こしてきた。そのたびに沖縄の人びとは悲痛なる抗議の声を叫びこそすれ、日本政府とほとんどの日本人は他人事として捉え、沖縄に米軍基地があるから守られているものに気付かない振りをしてきた。

宜野湾市の中心部で同市の面積の25%を占める「世界一危険な飛行場」である普天間基地の移設問題は、民主党政権になって混乱させただけで、打開策を探る動きすら見せないまま先送りする体たらくだ。
いつもの手で「地元が反対するから先に進まない」と、責任逃れの魂胆が見え見えである。
まずは「県外」あるいは「国外」と決めて、そこから議論を始めるべきなのは言うまでもない。

私たちも現実を見る目を養い、沖縄の人の思いを受け止める努力をしようではないか。
安全保障で基地が必要とあらば「本土」で引き受けるべきだし、必要なければお引取り願おう。簡単なことだ。
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by rurou-no | 2011-06-24 13:49


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