一所不住



蕭白

曾我蕭白 は1730年(享保15年)~1781年(天明元年)京都に生きた画家である。
「享保」といえば、紀州藩主から8代将軍となった徳川吉宗が行なった「享保の改革」がある。
「天明」は云わずと知れた「天明大飢饉」。異常気象で農作物が育たず、餓死者が続出した。

同時代の画家には、伊藤若冲 長澤芦雪 与謝蕪村 など好みの名前を挙げることができ
る。それぞれ特徴ある画風を確立しているが、蕭白の場合はアウトロー的な匂いを発する異能
の画家といえよう。絶えず何かに挑んでいるような絵ばかりが目に付く。

破天荒で奇妙奇天烈と言ったら言い過ぎか、上品な絵なんぞ糞喰らえと言わんばかりである。
語り伝えられている「不遜な奴」との人物評すら納得してしまう。それでもなお目離せない深い
味わいは何処から来るのか。この愛着心はどこか自分に近いものを感じるからかも知れない。

京の商家に生まれたそうだが、10代の頃には両親と死に別れて天涯孤独な人生だったとか。
青年期は京を離れて、伊勢や播州で絵を描いていたこともあったようだ。

有名な 「群仙図屏風」 の仙人たちの異形ぶり、「寒山拾得図」 の豊かな表情はどうだ、
「達磨図」 の達者な筆使いを見よ、「唐獅子図」「蝦蟇・鉄拐図」 の愛嬌がたまらん。
見るほどにその魅力を発見して惹かれていく。

想像するに、蕭白は已むに已まれぬ思いで絵を描き、それを売って口を糊していたのではない
か。人付き合いもあまりせず、数少ない贔屓のおかげで生きながらえていたのかも知れない。
絵を学びこそすれ技巧に走ることを良しとせず、その勢いで筆を走らせていた姿が目に浮かぶ。

案外と真面目で堅物な人物であった、との個人的な見立ては考えるほどに愉快になってくる。
今でも、とんでもない奇妙な作品を作ったりしている作家は、押しなべて地味な人が多いから。
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by rurou-no | 2007-06-22 13:05 | 美術
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一瞬を、永遠に
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