退院して我が家へ帰り、真っ先にしたことは 音楽を聴くことだった。
もちろんその時は 何も聞こえないのは承知の上でだ。
まず、アンプのスイッチをオンにして真空管を暖める。次はLPレコードを
ターンテーブルへ載せる。そして針を落とす。
ベッシー・スミスの掠れた声が流れてくる。振動が皮膚を通して伝わる。
2枚目は、ビリー・ホリディ。そのあとはマイルス・デイビス。
そうして、日が暮れて辺りが暗くなってからも スピーカーの前から動かずに
ずっと音楽を聴いていた。
やがて、少しづつ聞こえるようになってから あることに気がついた。
聞こえる周波帯が アンバランスなのだ。
音が満遍なく耳へ入ってくるのでなく、聞こえる音と聞こえない音にばらつきがある。
その結果、どうなったか
ジャズは 録音状態の悪い古いレコードを聴いているような 妙な効果で何とかクリア。
クラシックは いただけない。音がバラバラになり、とても聴いていられなかった。
いつも身近に音楽があった。
小さいころ ラジオで軽音楽として紹介されていた洋楽に惹かれた。
今にして思うと それはジャズであり、タンゴであり、シャンソンであった。
三つ子の魂はシツコイ。
音を楽しめないなんて、了見が許さないのだ。