一所不住



流布したるウソとマコトがせめぎ合う

今シーズン最強の寒波がやっと落ち着き、今日は春の陽気になるとか。
記録的な大雪を伝えるニュース映像や写真を目にするにつけ、大いなる自然の力を前にした人間の小ささを思い知る。
試練ともいえる困難な状況に繰り返し遭いながら、そこから離れられずそこで生活していくしかない、人間のしぶとさと逞しさには憐憫の情さえ抱く。

さて、このところ訳が分からなくなっているのが、ウソとマコトが等価値として扱われるようになったことだ。
時代に置き去りにされている感もなくはないが、嘘は方便のときだけ有用であり、あまねく人や社会とのかかわりの中で嘘はつくべきでない、正直をよし、と信じてきた。
ところがどうだ、今はたとえ事実でないことであっても大きな声で相手に伝われば、「もう一つの事実」として世間に通用して、「事実」を超えてしまう。

「事実」かどうかは問題ではなくて、「伝わる」かどうかを問われている。
「メディア・リテラシー」というカタカナ語が市民権を得てきた。世の中に氾濫する情報を読み解き、真偽を見抜き、活用する能力が必要なんやて。
これまで伝える側にあったものが、いつの間にか受け取る側の責任になってきた。
ネット時代の嘘八百情報に慣れて、寛容になるのも甚だしい。

それにしても、妄想による作り話を撒き散らす権力者にメディアが振り回されている、という図はいただけない。
抱えきれぬほどの貢ぎ物を手に忠犬ぶりを発揮したポチに、喜ぶ統領が並ぶ写真は誠に似たもの同士で、両者ともさぞご満悦だろう。見てる方は反吐と嘲笑や。
前大統領とは知性と非知性の対照が際立ったツーショットも、バカップルの2人では面白味に欠ける。「嘘つき合戦」の記念撮影と見ようか。

金子ふみ子『何が私をかうさせたか』 関東大震災の混乱の中で朴烈とともに「予防検束」された文子。治安維持法、共謀罪から大逆事件に発展して死刑判決を受けた。国会審議中の「テロ等準備罪」は、いつでも一般市民を死刑にできる法である。

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by rurou-no | 2017-02-16 10:47
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