今年は6月になっても例年になく涼しい日が続き、おてんとさまは夏になるのを忘れたんやろ、と冗談口をたたいていたものだが、カレンダーを1枚めくって7月になったとたん、夏のど真ん中へ突入した。
そがい急に変わらいでも、と文句のひとつも出てくるほど夏真っ盛りである。部屋の温度は34度。エアコンも扇風機も苦手な禿頭爺は、自然の風だけが涼を感じる唯一の手段で、風が止む時間は「心頭を滅却すれば火もまた涼し」を地でいく態勢になる。
「小暑」日あしは徐々に短くなるが本格的な暑さが始まる。ってもう十分に暑いでぇ。
「七夕」連れ合いが朝、「七夕の日に晴れるなんて珍しいね」と話してたように、このところ七夕は雨と相場が決まっていた。今夜は久しぶりに牽牛と織女の逢瀬が成る。「2人とも長いこと会ってなかったから、お互いの変わりようにびっくりするんとちゃうか」とは禿頭爺。さて、久方ぶりの邂逅や如何に。
前置きが長くなったが、「テグサ」とは寒天や心太の材料となるテングサのこと。
数日前農協系のスーパーへ立ち寄ったところ、地元の農家が名前入りで農産物を並べているコーナーの一角に、海産物のテグサが紛れ込んでいるのを見つけた。
子どものころ、テグサの口開けになると、早朝から総出で浜辺へ出かけた。小さな子どもでも、浅い岩場にあるテグサを引くことができるほど、海藻類が豊かな時代だった。
もっともガキどもの楽しみは、ひと仕事終えたあと浜で食べる弁当にあった。
朝が早いから、おかずは梅干しとコンコ(沢庵漬け)、そして前夜の残り物であるが、残り物といっても新鮮な魚を煮たり焼いたりしたものに、イソモン(連れ合いの地元ではマギ)やらサザエなどが加わる。今から振り返ると贅沢なものだった。
禿頭爺は梅酒に浸かっていた梅が大好きで、その味が磯の記憶と結びついている。
バットに出来上がった寒天を、水羊羹と勘違いしてつまみ食いしたものの、食感は似ていても期待していた甘さはなく、裏切られたような気持ちになったのも、食の記憶。