一所不住



裸眼よ、お前もか

朝起きると布団の上でストレッチ、布団を押入れに片付けて着替えたあと外へ新聞を取りに行く、コップ一杯の水を飲んで新聞を開く、十年一日のごとく変わらぬ1日の始まりである。
そこにもう一つ、新聞を読み始めてまもなく老眼鏡をかける、が加わった。

テレビは母屋で風呂上りに約1時間だけ(それも音声が聞き取れないから画面を見てるだけ。他に相撲中継やサッカーの国際試合、今年はラグビーW杯とプロ野球日本シリーズも見た)だし、パソコンのディスプレイの長文文字は読めないため、世の中の動きを知るのはもっぱら新聞が唯一の手段、といっても差し支えない(パソコンの文字が読めないくせにブログは書けるのか、との突っ込みもあろうかと思うが、これは手が文字列を作り出す作業だからできる)。
朝は元新聞少年朝刊太郎新聞愛の時間なのだ。

それが、近ごろは眼鏡の力を借りないと活字が読めなくなってきている。
子どものころから片方の耳が聞こえないというハンディがあった一方で、視力はずっと2.0を維持していた。これは不肖の耳を目で補うためにそうなっている、だから目が衰えるなんてことはありえない、と思い込んでいた。

10年ちょっと前に聞こえていたほうの耳が駄目になり、何度も聞き返さないと会話が出来ない苛立ちや、止まない耳鳴りに日常生活へ支障が出てきた。
いよいよ目に活躍してもらわねばと出番を乞うていた矢先、思わず「目よ、お前もか」と叫びたくなる事態に直面することになった。いつの間にか老眼がすすんでいたのである。

耳は別にして、頭髪、歯、目と加齢による衰えは順調にやってきた。もちろん、からだもあちこちにガタが生じているのを感じる。これはもう、そのまま受け入れるしかないのだ。
好きな音楽が聴けない、本が読めない、老後に目一杯楽しもうと手元に残していた音源や書籍は、日の目を見ることなく埃に埋もれてしまうのか。暗澹たる気分とはこのことや。

まぁ、たいがい好きなことをやって好きなように生きてきたから、やり残した感はないのがなによりで、今さら欲もなく虚靜恬淡とした境地にある。
もっとも最近流行りの「下流老人」ど真ん中にあるビンボー生活では、お先真っ暗やけど。
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by rurou-no | 2015-11-12 15:02
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一瞬を、永遠に
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