一所不住



弱法師(よろぼし)

そんなつもりはなかったのに、近ごろの文章にはとげとげしくて攻撃的な言い回しが目に付く。
3.11後、無力で不甲斐ない自分に苛立っているのだ。それに、こんな時のために楽な仕事と高待遇が保障されているにも拘らず、動きが鈍い公的機関に対する歯痒さがある。

本来なら、芝居や落語を愛好する好々爺然としていたかったのが、いつの間にやら知ったかぶりのうるさいオッサンになってしまっていた。

「よ」で初めに思いついたタイトルは「夜のピクニック」。再開した夜の散歩のことでも書こうか、と思っていた。ところが書き出しに、と考えた恩田陸の同名小説は期待はずれの内容だったので、悪口を書いてしまいそうだから却下。

次に浮かんだ言葉が「弱法師」。
『弱法師』は「俊徳丸」伝説を下敷きにした観世元雅(世阿弥の長男)作の能。
伝説では、継母の呪いで俊徳丸は失明させられライ病に侵されて家を追放される。四天王寺で物乞いとなったが、許婚と再会して観音菩薩へ祈願することにより病は癒えるという筋。

能では、讒言で父によって家から追い出された俊徳丸は悲しみのあまり盲目となる。四天王寺で乞食坊主となって、落日を拝むと極楽浄土へ行けると信じられている「日想観」を行う。祈りが通じ目が見えたと思ったら錯覚だった、と救われない。よろよろとした姿から「よろ法師」と呼ばれた。

ちなみに俊徳丸が河内国高安から四天王寺へと歩いたのが「俊徳道」で、生駒へ向かうと「十三峠道」となる。十三峠越えは在原業平の「高安通い」で知られた同じ道だ。

人形浄瑠璃と歌舞伎では『摂州合邦辻』となって、継母の玉手御前が主役。
説経節には『安護若』と『信徳丸』がある。
『身毒丸』(しんとくまる)は、寺山修司が演劇実験室「天井桟敷」で舞台化した。最近では寺山と共同台本だった岸田理生が改訂して蜷川幸雄演出、白石加代子主演の舞台が話題になっている。

胃がんで早世した桂吉朝が、最後の高座で演じたのが上方落語『弱法師』だった。
これは文楽劇場で聴く機会を得た。
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by rurou-no | 2011-06-10 14:20
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