青林堂が出していた月刊漫画雑誌「ガロ」は、1970年代にあらゆるものに飢えた20代を過ごした私たちにとって、数多ある漫画誌の中でも特別視され大事に扱われていた。バックナンバーを揃えることに喜びを見出した友人の1人が、発売日を待ちかねるように手に入れた雑誌は仲間内で順番に回し読みされ、掲載作品について語り合う場を与えた。
「ガロ」は商業的な雑誌に比べれば異色な作品が多く中でも異彩を放っていたのが、つげ義春。
刹那的で厭世的、エロスとシュールが入り交じった暗いタッチの作風に目が離せなかった。寡作なため、なかなか作品を発表しなかったことが、読者に多くの言葉を費やさせる結果となった。
彼の作品はタイトルを並べるだけでも興味深い。「ねじ式」「紅い花」「李さん一家」「オンドル小屋」「ゲンセン館主人」「ほんやら洞のべんさん」「もっきり屋の少女」「やなぎ屋主人」「峠の犬」「通夜」「長八の宿」「リアリズムの宿」「枯野の宿」「夢の散歩」「退屈な部屋」「庶民御宿」「無能の人」「石を売る」「鳥師」「蒸発」等々。
代表作の「ねじ式」(石井輝男監督、浅野忠信主演)や「ゲンセン館主人」(石井輝男監督、佐野史郎主演)、「無能の人」(竹中直人監督・主演)など映画化された。
作品には「古本と少女」のようなヒューマンな物語もあるが、たいがいは鄙びた温泉宿か安下宿を舞台にしたあまり救いのない、なおかつどことなくユーモアにあふれた内容で、つげ作品の特徴を表している。それらは私小説を思わせる文学性にあふれたもので、キクチサヨコやコバヤシチヨジらヒロインを生み出した。
つげさんは、漫画を描かなくなってから「貧困旅行記」なる随筆集も出している。
つげ作品は今読み返しても色褪せることなく面白い。驚くべきは漫画の中の出来事はリアルな風景として身の回りにあったが、今では大部分が現実感を失いつつある。その一方でより深刻になった若い世代の現実も。
自分自身を考えると、つげ漫画の世界へ戻って行っているような気がして、成長出来ないままジジイになっても変わらない自分をへらへらと笑って誤魔化す体たらくだ。