毎度お馴染みの上方落語から「堪忍袋」
日に何回も喧嘩が絶えない長屋住まいの留とお咲さん夫婦。
この日も大きな声で怒鳴りあいの喧嘩をしているところへ仲裁に入った平兵衛さんは、腹の中に溜まっていることを相手の顔を思い浮かべながら袋に向かって言うと、袋が全部吸い取ってくれて気分がすっきりとする「堪忍袋」というのを教えて、作ることを勧める。
お互いの不満を袋に吐き出してうまくいった留とお咲さんは、この袋を長屋の連中にも貸し出したため袋がパンパンに膨れてしまった。
江戸落語にも同じ噺があって、最後には袋の中で喧嘩が始まって滅茶苦茶になるオチだったと覚えているが、上方の方はサゲにも関西人らしいくすぐりを入れて洒落っ気を感じさせる。
大きな壺に悪口雑言のありたけを吐き出す噺は別のネタだったか?
この堪忍袋は夫婦円満や対人関係のアドバイスに引用されることが多いと聞く。
今、堪忍袋の緒が切れているのは、敗戦後ずっと米軍基地の島として日本の犠牲を一身に受けてきた沖縄の人々だろう。戦後65年、「返還」されてから38年経ってもその実態は変わらないままだ。日米安保の人質、或いは人身御供として、土地を奪われ基地に囲まれて危険と隣り合わせで生活をしている。彼らの怒りは政府のみならず、日本人全体に向けられていると考えた方がいい。
懸案の普天間基地移設問題は、米軍基地が日本に必要だと思うのなら全国各県が持ち回りで引き受けるぐらいのことをしてもいいくらいだ。身近に米軍基地があるとはどういうことなのか、少しなりとも沖縄の人の気持ちが分かるかも知れない。そしてこのままアメリカの植民地であっていいのかどうか、もっと真剣な議論ができるはずだ。
ところで我が家でもたくさんの袋が目に付くが、あの中に堪忍袋もあるのやろか?
もしやお咲さんが言っていたのと同じのが入っていたりして。「
毎日仕事もせんとダラダラダラダラ暮らしやがって、もっと一生懸命仕事せぇ、このド甲斐性なしぃっ!」。